第二十帖 姫様、不良に絡まれる!
日和が教室に戻ると、四臣家の四人は既に席に着いていた。
日和が席に着くと、早速、春水が声を掛けてきた。
「日和さん。先ほど、麗華さんとは、ちゃんと話をしてきました」
「わらわもちょうど中庭にいて、たまたま見ておった」
「そうですか。それはお見苦しいところをお見せしました」
「いや、春水さんの誠実さが伝わってくるようじゃった」
「いえ、お恥ずかしい限りです。それで、日和さんをモデルにして絵を描くことを麗華さんも了承してくれました」
「麗華さんから直にわらわも聞いた」
「そうですか。それで、そのモデルの話、もう一度、お願いをさせていただきたいのですが?」
モデルになった経験も無く、恥ずかしくてたまらなかったが、春水に好きな絵を描いてもらい、それを美術展に出展してもらいたいという麗華の願いを思うと、断ることはできなかった。
「分かったのじゃ」
「本当ですか?」
「うん」
「ありがとうございます」
「いつ、するのじゃろう?」
「他の部員がいない部室で、集中して描きたいんです。今度の日曜日に学校まで出て来ていただくことはできますか?」
「えっ!」
日和と同じタイミングで、夏火、秋土、冬木も反応して、春水を見た。
「な、何ですか?」
春水が一斉に自分の方を向いた夏火、秋土、冬木の顔を見渡した。
「い、いや、今度の日曜日、日和は、俺のライブを見に来てくれるはずなんだ」と夏火。
「何だ、それ? 聞いてないぞ! それこそ、今度の日曜日は、卑弥埜は自分の実験につき合ってもらうことになっている」と冬木。
「いつの間にそんな話になったの? 今度の日曜日には、テニスの地区大会があって、日和ちゃんは応援に来てくれる約束をしてくれたんだ」と秋土。
四人が一斉に日和を見た。
「おい! 日和! これはどういうことなんだ!」
「ダブル、いや、トリプルブッキングか?」
「ちゃ、ちゃんと全部に回って行けるはずなのじゃ!」
「順番に回るってこと?」
「うん。真夜と相談して順番も決めたのじゃから間違いないのじゃ」
「真夜が言ったのなら大丈夫だろうな」
その有能な仕事ぶりの真夜が言うのであれば間違い無いだろうと、四人も納得した。
そして、春水が他の三人の予定を確認して、秋土のテニスの試合と夏火のライブの間に絵のモデルをやることとなった。
そして、秋土の提案で、日和を「独占」できる時間が一人二時間までと決まった。
内訳は、午前十時から午後零時までは冬木、隣の区までの移動時間を取って、午後一時から午後三時までが秋土、午後四時から午後六時までが春水、午後六時から午後八時までが夏火ということになった。
放課後。
日和が手芸部に行くと、いつもどおり、和歌がいた。
「和歌ちゃん、いつも早いのじゃなあ。最後の授業を早引けしておるのではないのか?」
「卑弥埜先輩! いくら私でも、そこまではしないですよ。『起立! 礼!』の時には消えてますけど」
「……」
「それはそうと、今日のお昼休み、大伴先輩と橘先輩の間で修羅場があったそうですね?」
「だ、誰から聞いたのじゃ?」
「うちのクラスにいるスプリングウォーターズのメンバーからです」
「そ、その子は何と言っておったのじゃ?」
「何でも、大伴先輩をそそのかしたビッチがいて、橘先輩が可哀想だと泣いていたんです」
「春水さんをそそのかしたビッチ?」
「心当たりがあるんですか? 卑弥埜先輩」
「な、無いことは無いのじゃが……」
「じゃあ、そいつに襲撃を掛けるのかもしれませんね」
「ど、どういうことじゃ?」
「今日、スプリングウォーターズの緊急集会をやるみたいなんですけど、私の同級生を含めて、メンバーみんな、何だか殺気立ってたんですよね」
「ほ、本当か?」
「ええ。流血の惨事は避けられそうにないですね」
部外者の和歌は暢気に言ったが、日和は気が気でなくなった。
麗華がスプリングウォーターズのメンバーに対して、どんな説明をしたのかが気になった。
和歌の話のとおりだとすれば、春水が、一方的に、かつ理不尽に婚約を破棄したと思われているかもしれなかった。
しかし、春水との話し合いの後、麗華は笑顔だった。あれは、春水を心配させないように無理に作った笑顔だったのだろうか?
そうだとすれば、その麗華のいじらしさが、スプリングウォーターズのメンバーにとっては、逆に、春水への敵意となって現れてもおかしくないが、憧れの対象である春水を直接攻撃するとは考えにくい。
すると、その矛先は……。
部活も終わり、日和は、真夜と一緒に歩きながら、春水と麗華のこと、そしてスプリングウォーターズの緊急集会のことを話した。
「すると、そのスプリングウォーターズの生徒達が、おひい様に何らかの害意を持って、やって来るかもしれないということですか?」
「無いとは信じたいが、あるやもしれぬ」
縮地術の扉がある公園に向けて歩いていた二人は、その途中にある大きな川の堤防上の道に多くの人影を認めた。
十人ほどの普通科の女生徒が、通せんぼをするように立っていた。
「残念ながら、おひい様の予想どおりでございましたね」
真夜が、やれやれという顔をして日和を見た。
「真夜。相手は普通科の女生徒じゃ。できれば穏便に収めてたもれ」
「分かっております」
女生徒達は、日和達が近くまで来ても、道を開ける気配を見せなかった。
「拙者達に何かご用ですかな?」
相手は、神術使いでもない、ただの女子高生であって、真夜も穏やかな口調のまま問い掛けた。
「卑弥埜さんにお話があります」
その中でリーダーと思われる、ショートカットで背の高い女の子が一歩進み出た。
「おひい様お一人を大勢で取り囲まれて、何をされるおつもりか?」
「あなたには関係の無いことです!」
「何をされるか分からない状況で、おひい様をお一人にすることはできませぬ! どうぞ、このままお話ください」
女生徒達はお互いの顔を見渡したが、すぐに結論は出たようだ。
「では」
リーダー格の女の子が、更に一歩、日和の前に進み出た。
「卑弥埜さんが春水様をそそのかして、過去の話を蒸し返したという噂があるのですけど本当ですか?」
「わらわが何を蒸し返したと言うのじゃろう?」
「春水様と麗華様の婚約破棄の話です」
「確かに、春水さんから、その話はしてもらったが、蒸し返したという訳ではないぞ」
「婚約の破棄は家同士の話し合いでされたそうです。麗華様はもちろん、春水様も納得されていなかったのに、無理矢理、二人は引き裂かれたのです」
日和が春水から聞いた話と微妙に違っていた。
「えっと、……わらわが聞いたのは、婚約破棄は、春水さんから言い出して、麗華さんも納得したと言うことだったのじゃが?」
「だから、それは卑弥埜さんが捏造して、春水様にそういうことにしておけと勧めたのでしょう?」
「ど、どうして、わらわがそんなことをしなくてはならぬのじゃ?」
「春水様を奪うためです!」
日和は、春水の整った顔に見とれることはあったが、春水のことが好きだと確信したことはないし、ましてや、麗華から春水を奪おうなどと思ったこともなかった。
「は、話が分からぬ!」
話の錯綜ぶりに混乱してしまった日和の前に、真夜が進み出た。
「今の話は誰が言っておるのだ? 麗華殿か?」
「答える必要はありません」
「ならば、こちらも答える必要はありませんな。と言うより、そもそも、あなた方が言ってることは事実では無いのだから、答えようがないと言う方が正確だ」
女生徒達は、憤懣やるかたないという表情で、日和と真夜を睨んだ。
「話はそれだけですかな?」
真夜が尋ねたが、女生徒達は、ただ二人を睨み続けるだけであった。
「では、失礼いたす」
真夜が日和の肩を抱いて守りながら、女生徒の間をすり抜けたが、その先にも多くの人影があった。
「ねえねえ! どこ、行ってるの? 可愛い顔してる女の子二人がさあ」
不良を絵に描くとこうなるというような、ちゃらちゃらした男子高校生六人が、日和達に近づいて来た。
「何だ、お前達は?」
「お姉ちゃんには、そんな乱暴な言葉遣いは似合わないぜ」
美少女にしか見えない真夜に男子高校生達も興味津々といった顔付きをして、日和と真夜を取り囲んだ。スプリングウォーターズの女生徒達は、自分達は無関係とばかりに少し距離を取った。
「拙者達をどうするつもりだ?」
「一緒に遊ぼうぜ」
「そんな時間は無い! そこをどけ!」
「へええ、可愛い顔してるのに威勢が良いな。めっちゃ、俺の好みだ!」
「おめえ、Mだろう? 俺はSだ。気の強い女を虐めるのが気持ち良いんだよ」
「俺はロリだ。そっちのちっこい女は俺のもんだ!」
男が一人、日和に近づいて来た。
「このゲスが!」
真夜が、その男の手首を握ると、次の瞬間、男は三メートルほど吹っ飛んでいた。
「いてててて! いてえ!」
地面に倒れた男が腰を押さえながら大袈裟に痛がった。
他の男達は、真夜の鮮やかな技に一瞬たじろいだが、すぐに、にやけた表情を浮かべた。
「あれあれえ、良いのかなあ?」
「何?」
男達は、次第に取り囲んでいる輪を小さくして、日和達に近づいて来た。
「俺達は、何にも手を出していないのに、そっちから先に手を出したんだからな」
「その制服は、耶麻臺学園だろ? 学校に言いつけちゃうぜ」
「あんなに痛がってるんだから、すごい怪我をしてるんだろうなあ。喧嘩で大怪我させたとなると停学くらいは食らうかもな」
真夜は気がついた。
停学を食らうと、日和と一緒に学校に行くことができなくなる。
その間、行き帰りの護衛だけであれば、停学中でもできるが、学校の中に入ることはできない。四臣家の四人に在校中の護衛を頼むこともできなくはないが、少なくとも「男ではない」真夜でないと、日和と一緒にいることができない場面もあるはずだ。
かと言って、日和に通学を控えてもらうことも避けたかった。
「へへへへへ。どうするよ?」
「どうするとは?」
「俺達と朝まで遊ぼうぜ。あんたらの彼氏といるより、ずっと面白いと思うぜ」
「拙者らの彼氏?」
「彼氏との関係が冷え切ってて、遊びたいんだろ? 誘ったら、どこでもついて来るって聞いてるぜ。何、格好をつけているんだよ?」
「なるほど。貴殿らは、そんな拙者らのために、わざわざ誘ってくれているのか?」
「そういうことよ。善意のボランティアさ」
おそらく、この男子高校生らは、詳しく話を聞かされておらず、一晩中、日和達を連れ回して怖い思いをさせてやれと頼まれているだけであろう。
そんな素人さん相手に神術を発動させることはできず、かと言って、暴力的に排除すると学校に行けなくなる可能性があり、真夜は困ってしまった。
「あらっ、日和ちゃん?」
聞き覚えのある声に日和が振り返ると、美和が立っていた。
「部長! どうして、こんなところに?」
「どうしてって、ちょうど帰り道なのよ」
美和は、今日は一番最後に部室を出たはずで、通学バックを肩に掛けており、確かに帰宅の途中のようだった。
そして、日和を取り囲んでいる男子を汚らしい物を見るような目で睨んだ。
「それより、この汚い男達は何なの?」
「何だと! 汚いったあ、どういうことだ?」
「男は、みんな、汚いのよ!」
日和達を取り囲んでいた男のうち、三人が美和に近づいて行った。
「お姉ちゃん、邪魔すんなよな!」
「しかし、近くで見ると、なかなかのナイスボディじゃねえか」
「本当だな。その胸に顔を埋めてえ!」
そう言いながら、不用意に美和に近づいて行った男が、突然、腹を抱えてうずくまった。
どうやら、美和の右フックが男の腹部に炸裂したようだ。
「近づかないで! この薄汚い発情犬!」
言葉の端々に男を嫌悪している美和の気持ちがちりばめられていた。
「てめえ!」
今度は別の男が、美和を抱きしめようと飛び掛かった。
――バキッ!
鈍い音とともに、男は顔を血まみれにさせながら地面に倒れた。
「くそ!」
美和の空手の腕前を見たリーダー格の男が、懐からスタンガンを出し、その先からバチバチと二、三回火花を出した。
「大人しくしろ!」
さすがの美和も身構えながら、少し離れた所に立っていたスプリングウォーターズの女生徒に声を掛けた。
「警察を呼んでちょうだい!」
しかし、女生徒達はまったく反応せず、聞こえないふりをしているようだった。
「あなた達! ひょっとして、こいつらと……」
美和が呆然としている隙を突いて、男がスタンガンを握った手を美和に伸ばした。
しかし、その手首は、いつの間にか美和の側に立っていた真夜に掴まれていた。
軽く握っているように見えたが、男は、まったく腕を動かすことができなかったようだ。
「三輪殿、おひい様をお守りいただいて感謝申し上げる! こんな状況で、拙者が停学になるかもしれないと考えていても無駄であったな」
「真夜さん」
真夜が更に手首をきつく掴むと、男は顔を歪めながら、スタンガンを落とした。
そして、真夜が、ほんの少し腕を振ると、男は宙を飛んで他の男達にぶつかり、そこにいた全員をなぎ倒した。
「三輪殿に、これ以上お手間を取らせる訳にはまいらん。残りは拙者に任せていただこう」
「て、てめえ! ほ、本当に良いのか? 学校に言いつけてやるぞ!」
尻餅をついたような格好でリーダー格の男が脅してきた。
「そうしたければすればよい! 拙者達もそちらの女生徒達のことを言い付けるがよろしいのか?」
しかし、女生徒は、真夜に背を向けたままだった。飽くまで知らぬ存ぜぬを突き通すつもりのようだ。
真夜は、日和を美和の近くに押し出し、無言でその護衛を託すと、男達にゆっくりと近づいて行ったが、すぐに足を止めた。
まだ座り込んだままの男子生徒の後ろから、黒サングラスに黒いスーツの男達が十人ほど出てきたからだ。
守旧派から雇われた刺客に似た格好だったので、真夜も身構えたが、黒服達はそのまま男子生徒達を取り囲んでしまった。
「遅いよ! お前達!」
美和が少し怒ったように黒服達に言った。
「申し訳ございやせん」
黒服のリーダーと思われる男が美和に頭を下げた。
「こらあ! 立てや!」
「ガキが、何、いきがってんじゃい!」
黒服達は、男子生徒を蹴飛ばしながら立たせた。
どこからどう見ても、プロの極道にしか見えず、不良高校生ごときが敵う相手ではないと思われた。
実際、不良男子学生達は、黒服に取り囲まれて、半泣き状態になっていた。
美和は、それを確認してから、少し離れたところに立っていた女生徒達の近くに寄った。
「あなた達! これはどう言うことなの?」
同じ普通科の三年生から問い詰められて、スプリングウォーターズの女生徒達も罰が悪い顔をしながら立ち尽くしていた。
「黙っていちゃ分からないでしょ!」
美和が怒ったが、女生徒達の態度は変わらなかった。
「三輪殿」
真夜が日和と一緒に美和に近づいた。
「その者どもは、自分の信じている者の言うことが絶対に正しくて、他の者が言うことには耳を傾けることはないでしょう」
真夜は、女生徒達に近づき言った。
「今回のことは、貴殿らが信じている者が考えたのか、それとも、貴殿らが独自に考えたのか知らぬが、いずれにせよ、貴殿らが憧れている方の考えにはそぐわないはずだ」
「……」
「もう今日は家に帰られよ! 学校には何も言わぬ」
真夜のその台詞を聞いて安心したのか、女生徒達は、とぼとぼと去って行った。
女生徒達が見えなくなると、真夜が、再度、美和に礼を述べた。
「三輪殿、どうもありがとうございました」
「い、いえ」
「部長! わらわも礼を申すのじゃ!」
「日和ちゃんが危ないって思ったら、体が勝手に動いちゃったのよ」
「でも、すごいのじゃ! 本当に空手をやっていたのじゃな」
「実は、ここ二年くらいは止めていたんだけど、昔取った何とかね」
「それで、三輪殿。さっきの黒服の男達は?」
黒服の男達と不良少年達は、いつの間にか消えていた。
「えっ、あ、あの……、たぶん、通り掛かりの親切なおじさま達じゃないかしら」
「遅いよ! お前達! と言われていたような気がいたしますが?」
「い、嫌ですわ、真夜さん。その歳でもう幻聴ですの?」
「わらわも聞いたのじゃが?」
「大変! 日和ちゃん! それは耳垢が溜まっているのよ。私がすぐに耳かきをしてあげる!」




