第十三帖 姫様、その力を見せつける!
真夜が、校門で日和と美和達を見送っていると、ちょうど、四臣家の四人が校舎から出て来た。
「皆様、お疲れ様でした」
「真夜か。先に帰ったんじゃなかったのか?」
「おひい様をお持ちしていたのですが、おひい様は、手芸部の皆様とお茶をしに行きました」
「何だよ、日和に振られたのか?」
「おひい様が拙者以外の方とおつき合いされることは、拙者としても喜ばしいことでございます」
「で、日和は、どこに行ったんだ?」
「駅前のスターパックスとおっしゃっていました。拙者も影からおひい様を守るため、これから向かいます」
「それなら、僕達もスターパックスに行かないか? 何か喉渇いたし」
秋土が他の三人の顔を見渡しながら提案した。
「そうだな。慣れない勉強なんかしたからな」と夏火。
「そう言えば、この四人でお茶することなんて久しく無かったですね」と春水。
「男四人で行っても面白くはないが、たまには良いだろう」と、冬木も同意した。
「じゃあ、真夜さん、一緒に行こうか?」
秋土の誘いを受けて、真夜は四人と一緒に、駅前に向かって歩き出した。
しかし、数歩歩むと真夜が足を止めた。
「皆様! ご油断なさいますな!」
真夜に注意されるまでもなく、四臣家の四人も不穏な雰囲気を嗅ぎ取っていた。
辺りは夜の帳が下りて真っ暗だったが、突然、周囲が明るくなり、同時に地平線まで広がる一面の草原になった。
目の前には、黒いローブを着て、フードを深くかぶった百人からの男達が立っていた。
「何者だ?」
真夜が叫ぶと同時に、その手には三日月剣が握られた。
しかし、男達は、そんなことをまるで気にすること無く、滑るように横に広がっていき、ぐるりと五人を取り囲んだ。
「部長、そろそろ、真夜が迎えに来る頃なのじゃ」
日和が腕時計を見ながら言った。
「日和ちゃんの時計は、かなり進んでない?」
「そ、そんなことはないと思うのじゃが……」
「そう? 残念だわ」
三人が揃ってコーヒーショップを出ると、駅前なのに人通りが無く、日和は何となく怪しい気配を感じた。
金髪碧眼の男性が一人、日和達に近づいて来た。
「こんばんは」
声を掛けられて、その男性を見た日和は、その瞳から催眠魔法の光が出ているのに気がついた。
すぐに、美和と和歌に声を掛けようとしたが、二人はその場で倒れ込んでしまった。
「そなたが卑弥埜の姫か?」
一人、催眠魔法が効かなかった日和を本人と特定した男性が左腕を大きく横に振ると、辺りは、周囲を小高い丘で囲まれた窪地のような草原になった。
美和と和歌も一緒に結界に入り込んでしまったようで、日和の足元に倒れたままであった。
「お命、頂戴つかまつる」
真夜達を取り囲んでいた黒いローブを着た男達の中から一人の男性が進み出て、フードを下ろした。
明らかに日本人ではない容姿の男は、穏やかに口を開いた。
「我々は、そなたらと戦いをするために来たのではない。事が終わるまで、ここにいてくれれば、それで良い」
「事が終わるまで? ……貴様ら、まさか、おひい様を?」
「おひい様?」
「卑弥埜日和様だ!」
「『幼女』であれば、今頃、我らがボスのベリアル様が始末をされているはずだ」
「馬鹿め! 始末されているのは、そのベリアルとか言う奴だ!」
「それなら、どうして、それほど焦っておる?」
「焦ってなどおらぬ! ただ、おひい様を危険な目に遭わせる奴を許しがたく、怒りに打ち震えているだけだ!」
「我々も日本の神術使い達とは、できるだけ争い事を起こしたくないのだ。事はすぐに終わる。しばし待たれよ」
「日和ちゃんが襲われているのに、ああ、そうですかと黙って見ていられる訳がないだろっ!」
秋土が、全身から怒りを放ちながら、一歩、前に出た。
「秋土の言うとおりだ。ここは日本だ! てめえらの好き勝手にはさせねえぞ!」
「そこをどいてください! 私達は日和さんの元に向かいます」
「どうしても卑弥埜の元に行かせないというのであれば、戦わざるを得ないな」
夏火、春水、冬木も、自ら進み出て、秋土と並んだ。
「皆様方、ここは拙者と一緒に戦っていただけますか?」
「真夜さん、僕達は約束を守りますよ」
秋土の言葉に、後の三人も頷いた。
「ということだ。そこをどけ!」
「できぬな」
「ならば!」
真夜が真正面の敵に突進すると、目にも止まらぬ速さで三人をぶった切った。
「僕達も行くぞ!」
四臣家の四人も、四方を取り囲んでいる男達に向かって行った。
「そ、そなたは何者じゃ?」
日和は怯えながらも、足元に倒れている美和と和歌を何とか助けなければの一念で、男に向かって訊いた。
「欧州魔法協会のベリアルと申す者。と言えば、なぜ、命を狙われるか、お分かりでしょう?」
「……」
ベリアルが両腕を広げると、その背後に、長さが五十センチほどの短い槍が数十本、現れた。その尖った先端は、すべて日和に向けられていた。
「アデュー」
ベリアルが短い呪文を唱えると、槍が一斉に日和に向かって飛んで行ったが、槍は全てがへし折られて、日和の手前に落ちた。
「な、何?」
目を剥いてベリアルが見た先には、左手を突き出している日和が無傷で立っていた。
「西洋魔法の遮蔽幕術を張れるとは、さすが、アランの血を受け継いでいるだけのことはあるな。やむを得まい」
ベリアルのその言葉が合図だったようで、ベリアルの背後に、フード付きの黒いローブを着た男性が百人以上、現れた。
「大の大人が寄って集って、幼女を手に掛けることは本意ではありませんが、あなたには、必ず死んでもらわなくてはいけませんからな」
いつの間にか剣を手にしていた黒ローブの男十人ほどが一斉に日和に襲い掛かって来た。
しかし、日和が、左掌を相手に向けて突き出すと、その男達は、まるでトランポリンで跳ね返されたかのように、後ろにすっ飛んで行った。
その様子を見て、ベリアルが驚いている間に、日和は、両手を下に向けて、足元に倒れている美和と和歌を指差すと、二人の体がふわりと浮かんだ。そして、日和が両腕を勢いよく後ろに振ると、美和と和歌が投げられたように、すごい速度で飛んで行き、はるか後方の丘の麓に着地する直前には、白い光が二人を包み込むように現れた。
白い光は繭のような形になって、二人をゆっくりと地面に横たえた。
もっとも、ベリアルの関心は、日和だけにあるようで、その視線が美和と和歌を追うことはなかった。
「こしゃくな!」
ベリアル自身が巨大な剣を手に持って日和に迫った。
しかし、日和が小さく呪文を唱え、その足元に現れた魔法陣に沈むように消えると、取り囲んでいたベリアル達の背後に、地面からせり上がるようにして現れた。
できるだけ、美和達から離れるように距離を取ったのだ。
「どれだけの魔法が使えるのだ? 影移動術まで使いおるとは!」
ベリアルが腕を伸ばすと、ローブ姿の男達が地面を滑るように移動していき、あっという間に、日和を取り囲んだ。そして、徐々にその範囲を狭めてくると、四方から蜘蛛の糸のような細い紐を投げつけてきた。
その紐が手首と足首に絡まり、日和は身動きができなくなった。
「その紐には、すべての魔法を封印する力がある。影移動術もな。もはや逃れることはできぬぞ」
ベリアルが勝利を確信したように不敵な笑みを浮かべた。
「アランの娘よ。天国で父親と仲良くするが良い」
ベリアルが巨大な剣の剣先を日和に向けると、ゆっくりと日和に向かって歩み寄って来た。
「終わったな」
夏火が呟いた。
五人の周りには、黒ローブの男達が折り重なって倒れていた。
「結界が消えないな」
「おそらく別の場所にいる奴が張っているんだろう」
「おひい様を襲っている奴だと思われます! 急がないと!」
真夜が四臣家の四人に言った。
「この結界を破ります! 皆様、お力を貸してください!」
「よし!」
真夜と四人が揃って印を結ぶと、草原の風景の一角にひびが入り、まるでガラスが砕け散るように、学校前の風景に戻った。
「駅前のスターパックスです!」
真夜と四人が全力疾走で駅前に向かうと、神術使いでなければ分からない空間の歪みが感じられた。
「すでに結界が張られているみたいだ!」
結界の中から出るのは、先ほどのように結界を壊せば良いことから容易いが、結界の外から中に入るのは、かなり困難である。その空間のどこに結界があるのか正確に把握できないからだ。
「おい! あれは何だ?」
夏火が指差した先には、駅前の風景が一部切り取られ、その隙間から見渡す限りの草原が見えていた。
「おひい様!」
「えっ?」
「おひい様が中から入口を開けてくれているのです」
「たった一人で結界に穴を開けたのか?」
「そんなことは後から考えようぜ! とにかく早く行こう!」
「夏火殿の言うとおりです。一刻も早く、おひい様の元へ急ぎましょう!」
真夜は、四人の返事も訊かずに、その切れ目から「草原」に入って行った。
四人も躊躇することなく、真夜の跡を追った。
「おひい様!」
結界の中は、あちこちに小高い丘がある、見渡す限りの草原で、人影は見えなかったが、真夜は何かを感じ取って、すぐに、ある方向に向かって走り出した。
「こっちで良いの?」
四人の中では一番足が速い秋土が、真夜に追いついて尋ねた。
「はい! あの丘の向こう側に!」
真夜が指差した先には小高い丘があり、その向こう側は見通せなかった。
突然、目の前が明るくなった。
みんなが顔を上げると、その丘の向こう側から、巨大な太陽が昇って来ていた。
「伏せて!」
真夜の声で、全員が地面に腹這いになるとすぐに、爆音とともに爆風が襲って来て、真夜達の頭上を通り過ぎて行った。
真夜達が顔を上げると、太陽は、地上からゆっくりと昇って行き、光が弱まってくると、最後には巨大なキノコ雲となってそびえ立った。
「あれは……」
呆然としている四人より早く立ち上がった真夜がキノコ雲に向かって走り出すと、四人もすぐにその跡を追った。
丘の一番高い場所に立ち、向こう側を見てみると、ぐるりと小高い丘で囲まれた窪地の草原の一角、直径百メートルほどの円周の内側のみの地面が真っ赤に煮えたぎっているマグマの池になっており、沸騰しているような泡があちこちで吹き出していた。
まるで、虫けら一匹残らず燃やし尽くした灼熱地獄絵図の世界が広がっていた。
「まるで、あそこだけに核爆弾が落ちたようだ」
冬木がぽつりと呟いた。
「さっきの光の玉も、測定の時に見せた奴とは比べ物にならないくらい大きかったな」
「所々に見える焦げは?」
「おそらく、人間だろう。あの地面の状態から言って、一万度は軽く超えていただろうから、骨まで燃え尽きてしまったはずだ」
冬木が言うことであるから、科学的に論証した結果であろう。
「これを日和ちゃんが?」
四人が呆然としている間にも、真夜は、丘の斜面を駆け下り、地面が沸騰していない部分の周囲を見渡した。
「おひい様! おひい様!」
「ひっ……ひっ……ひっ」
しゃくり上げるような泣き声が聞こえた。
「おひい様!」
マグマの池から五十メートルほど離れた、丈の長い雑草が生い茂っている場所に走った真夜は、地面に座り込んで、泣きじゃくっている日和を見つけた。
真夜は、座り込んで、日和を抱きしめた。日和は、見た目そのままの幼女のように、しばらく真夜の胸の中ですすり泣いた。
「おひい様。また、怖い思いをさせてしまい、申し訳ございません」
「ど、どこにいたのじゃ、真夜! いつも側にいると言っておったではないか!」
「申し訳ございません」
四臣家の四人も日和の側に走り寄って来た。
「日和ちゃん!」
思いも寄らなかった秋土の声に、日和は顔を上げて、四人を見た。
「ど、どうして、みんながここにおるのじゃ?」
「日和ちゃんを守るって、真夜さんと約束したからさ。今回は、真夜さんに遅れを取ったけど、次からは、真夜さんがいなくても、僕らの姫様である日和ちゃんは、僕らが守るから!」
秋土の言葉に、後の三人も力強く頷いた。
倫敦郊外の古い教会。
「全滅だと!」
黒い司祭服を着ている三人の男達は、そう言うと絶句してしまい、しばらく、誰も言葉を発することができずに、礼拝室の祭壇の前で立ち尽くした。
「一人の生存者もおらぬのか?」
やっと、一人が、礼拝室の入口付近に立っていた黒ローブの男に尋ねた。
「はい。誰とも連絡が付きません」
「二百人を二手に分けて、百人を護衛の足止めに、もう百人を幼女に当たらせたはずだが……」
「護衛には四人の助っ人がいたようです。護衛に当たった百人は、途中の連絡から想像するに、その五人の神術使いにしてやられたものと思われます」
「さすがは、卑弥埜家の護衛を任されているだけのことはある。しかし、幼女に当たった百人は、より精鋭の百人であったはずではないのか?」
「はい。しかし、その百人が幼女一人に一瞬にして消されたようです」
「太陽の神術か?」
「おそらく」
「……幼女には、がむしゃらに正面からぶつかっても駄目だということか?」
「そうかもしれませんな」
また、暫しの沈黙が訪れた。
「……作戦を変えるしかないの」
三人の中でのボスと思われる男が、後の二人を交互に見ながら、重々しく口を開いた。
「どのように?」
「幼女にできるだけ近づいて、そして隙を見て、背後から刺す! ……しかないだろう」
「そうであれば、幼女に信頼してもらい、近くにいることができる者を選ぶ必要がありますな」
「そうすると、同じ学校に行けるくらいの者ということですね?」
「そして、日本の学校に通っても不自然ではない理由も必要だろう」
「分かりました。まずは、幼女のことを調べ上げて、その任務を遂行できる者を早急に選び出し、日本に送り込みます」
「うむ。ここまで来ると、もう後に引けぬ! 幼女の存在を消し去ろうとしている日本の勢力とも、再度、協力体勢を築くことも必要だろう。もやは失敗は許されないと思え!」




