第九帖 姫様、部活で新しい世界を知る!
「あれが……太陽の神術か?」
冬木がぽつりと呟いたが、太陽の神術を見たのは、四臣家の四人も初めてであり、誰も答えることはできなかった。
飛拳術ができなくて申し訳ないと、日和が毛野に頭を下げているのを見ながら、秋土が口を開いた。
「日和ちゃんができなかったのは、きっと……」
「ああ、俺もそう思う」
口にはしなかったが、夏火も同意した。
「あの大きさであの光度……。冬木、おそらく大変なエネルギーなのでしょう?」
「うむ。とんでもないエネルギー量だと想定できる。もし、放たれていたら、学校ごと消滅していただろう」
春水の問いに、顔を青くした冬木が答えた。
専任教師の毛野も、威力測定ができなかったことに気を取られて、一瞬でも日和が出したエネルギー量に気がつかなかったようだ。
そして、四臣家の四人以外の生徒達は、日和に「卑弥埜家に生まれただけの半端な能力しか持たない神術使い」というレッテルを貼ってしまった。
神術実技測定の時間が終わり、日和が制服に着替えて教室に戻ると、四臣家の四人は既に全員が席に着いていた。
日和が席に着くと、秋土が話し掛けてきた。
「日和ちゃん、誤解は解いた方が良いんじゃない?」
「誤解?」
「うん。さっきの神術実技測定の時間で、日和ちゃんが飛拳術をしなかったことで、クラスのみんなに誤解されちゃったと思うんだ」
「……別に良いのじゃ」
「どうしてだよ?」
夏火が怒ったように言った。
「ただでさえ頼りない姫様なのに、その上、実力も伴わない名ばかりの姫様だと、みんなに馬鹿にされるぜ!」
「わらわは、別に、姫として扱われたいなどと思ってはおらぬ。だから良いのじゃ」
「変わった姫様ですね。そんなところも、日和さんが面白いと思う一端なのでしょう」
春水も少し呆れ気味に笑いながら言った。
「卑弥埜」
振り向いた冬木が真顔で日和を見た。
「あれより小さくできないのだろう?」
「まだ、修行が足りぬのじゃ」
「百の力を一パーセントに抑えると一の力だが、百万の力を一パーセントに抑えても一万の力だ。修行と言う問題ではないと思うが?」
「いや、わらわの修行が足りないのじゃ」
四臣家の四人は、お互いの顔を見渡して、ため息を吐いた。
放課後。
日和は、足取り軽く、新校舎一階の手芸部の部室に向かった。
部室の扉を開くと、和歌が一人でいた。
「あっ、卑弥埜先輩! こんにちは!」
「せ、先輩?」
「どうしたんですか、卑弥埜先輩?」
早生まれの日和は、真夜より誕生日が遅く、家でも一番年下だったが、初めて自分より年下の女の子から「先輩」と呼ばれて、デレデレになってしまった。
「せ、先輩……、えへへへへ」
「卑弥埜先輩、顔が変ですよ?」
「あっ! ……こ、こほん! 部長は、まだなのか?」
「はい。三年生の皆さんは、ちょっと遅れると連絡がありました」
「そうなのか? ……和気さんは、今日は何を作るつもりなのじゃ?」
「昨日の続きです。それより卑弥埜先輩! 三年生の先輩方も、私のことを名前で呼んでくれているので、卑弥埜先輩も名前で呼んでくれると嬉しいです」
「な、名前で?」
「はい」
「それじゃあ、わ、和歌ちゃん」
「はーい!」
一人っ子の日和は、後輩のみならず、妹までできたみたいで、嬉しさが爆発していた。
「和歌ちゃん。昨日の続きって?」
「これですよ」
和歌が自分の道具箱から、作りかけの枕カバーを取り出した。白い小さな布地に、笑っている熊の顔がいくつか刺繍されていた。
「卑弥埜先輩は、何を作られるおつもりですか?」
「わらわはこれじゃ」
日和は、初日に指定された和歌の隣の席に座って、鞄から作りかけの小さなパッチワークを取り出した。
童話の挿絵に出てくるような小さな家をモチーフにしたデザインで、家の煙突から出た白い雲がぷかぷかと空に浮かんでいた。
「昨日まで家で作っておったのじゃが、ここでも作ろうと思っての」
「うわあ、可愛い! 卑弥埜先輩のセンスもぱないっすね!」
「ぱ、ぱない?」
「『半端なくすごい』ということですよ。本当に素敵です」
「あ、ありがとうなのじゃ。でも、昨日見た部長のパッチワークの方がもっと綺麗じゃった。わらわもあんな作品が作れるようになりたいのじゃ」
「部長は、本当にお上手なんですよねえ。部長の縫製技術を盗みたいくらいです」
「本当にそうじゃな」
「ところで、卑弥埜先輩」
和歌は、「にひひ」と笑いながら、日和を見た。
「何じゃ?」
「卑弥埜先輩は、彼氏とかいるのですか?」
「な、な、な、何を、い、い、言っておるのじゃ?」
意表を突かれた質問に、日和は焦ってしまった。
「いないんですか?」
「おらぬ!」
「そうなんですか? でも、卑弥埜先輩って、神術学科の二年壱組ですよね? 四綺羅星の皆さんと同じクラスじゃないですか?」
「四綺羅星?」
「大伴先輩、蘇我先輩、葛城先輩、物部先輩の四人のことを言うんです」
「わらわは聞いたことはないが?」
「うちの高校で最高のイケメン四人組という意味で、普通科の女子が名付けたグループ名なんですよ」
「そうなのか?」
「はい。だから、四綺羅星の皆さんと同級生の卑弥埜先輩がすごく羨ましいです!」
いつも女生徒を引き連れて登校している春水と、爽やか系スポーツ少年の秋土がモテモテなのは想像できた。しかし、夏火と冬木も、ハンサムだとは思ったが、春水と秋土と並び称されるまでとは、日和も思っていなかった。
「和歌ちゃんも春水さんのファンなのかえ?」
「う~ん、ファンと言えばファンですけど」
「ですけど?」
「蘇我先輩とのペアが萌えるんです!」
「へっ?」
「大伴先輩って、どう考えても『受け』ですよね? 野獣系の蘇我先輩は、当然、『攻め』です!」
「……えっと、春水さんと夏火さんは、喧嘩でもしておるのか?」
「えっ、そうなんですか?」
「いや、和歌ちゃんが春水さんと夏火さんの名前を出して、『攻め』とか『受け』とか言うものだから」
「違いますよ! お二人は、私の脳内で恋人同士なんです!」
「こ、恋人って……。春水さんって、やっぱり女性なのか?」
「はあ? 男性ですよお」
「男性同士で恋人って?」
「うえへっへっへっへ。決まってるじゃないですか! 禁断の恋ですよぉ!」
和歌の瞳はキラキラと輝いていた。
「先輩、秘密ですよ~」
和歌はそう言うと、足元に置いていた自分の鞄の中から、枕カバーサイズの白い布を取り出した。
「じゃーん!」
その両端を持ち、日和に向けて、布を広げると、そこには、裸の男性が二人抱き合っているように見えるアップリケがされてあった。
「こ、これは?」
「へへへへ、部長の目を盗んでは、こっちの熊のやつと交換して、部活中にコツコツと仕上げたんですよ~」
「な、何で、裸で抱き合っておるのじゃ? それに男同士に見えるが?」
「大伴先輩と蘇我先輩をイメージして作ってみました!」
「あ、あの、二人は、こんな関係なのか?」
日和は、恥ずかしくて、頭から湯気が出ている気がした。
「だから、私の脳内イメージですよ! これが完成したら、毎日、これを枕にかぶせて、顔を埋めながら寝るのです」
「そ、そうなのか」
「卑弥埜先輩! 三年生の先輩方には内緒ですよ。特に、部長はこう言うの嫌いですから」
「ど、どうして、わらわには教えてくれたのじゃ?」
「だって、大伴先輩と蘇我先輩と同じクラスじゃないですか? ここは気脈を通じておくべきとのお告げがあったんですよ~」
見た目は、日和同様、ロリっぽい容姿の和歌であったが、その中身は、かなり腐っているようだった。
部室の扉がノックされると、美和と稲葉姉妹が入って来た。
和歌は、禁断のアップリケをすぐに鞄に仕舞うと、何事も無かったように「こんにちは!」と元気な声で挨拶をした。
美和は、座っている日和の背中に立ち、日和の両肩に手を置いた。
「日和ちゃん、さっそく来てくれたのね」
「うん! 朝からずっと楽しみだったのじゃ!」
「そんなに思ってくれるなんて嬉しいわ。日和ちゃんは、何を作るつもりなの?」
「これじゃ」
日和は、目の前のパッチワークを持ち上げて、美和に示した。
「あらっ、可愛い。日和ちゃんも上手ね」
「部長に比べると、まだ、下手なのじゃ。部長の縫い方を近くで見たいのじゃ」
「良いわよ。見せてあげる」
「本当なのか?」
「ええ」
美和は、一番奥の自分の席に座ると、日和を手招きした。
「じゃあ、自分のキルトを持って、こっちにいらっしゃい」
日和は、美和の隣に立った。
「じゃあ、私の膝の上に座ってくれる?」
「えっ?」
「ここよ! ここ!」
美和が自分の太ももをぽんぽんと叩いた。
小柄な日和であれば、美和に抱っこされるように座ることもできるはずだった。
「でも」
「部長命令よ!」
今まで穏やかな雰囲気の美和が厳しい口調で言った。
「う、うん。分かったのじゃ」
稲葉姉妹は、ニコニコと笑いながら、二人を見ているだけであった。
日和は、美和に背中を向けて、その膝の上に座った。
すぐに、美和が日和を軽く抱きしめて、後ろから顔を近づけ、日和の左右の手をそれぞれ包み込むように握った。
「日和ちゃんって、本当にちっちゃくて可愛いわ。お人形さんみたい」
「ぶ、部長。縫い方を?」
「ああ、そうだったわね」
美和は、日和の目の前で、日和のキルトに布を縫い付け始めた。
近くで見ていた日和も驚くほど、速く正確に縫い付けられていた。
「すごいの! 部長は、どうしてそんなに上手いのじゃ?」
「母親が厳しい人で、女の子ならできなきゃ駄目って、小さな頃から教え込まれたのよ」
「そうなのか?」
「最初は嫌でたまらなかったけど、次第に楽しくなってきてね」
日和は、美和の縫い方を少しも見逃すまいと、顔を近づけてじっと見た。
布の半分くらいを縫い付けると、美和は縫うのを止めた。
「参考になった?」
「うん!」
「じゃあ、日和ちゃんもやってみて」
「分かったのじゃ!」
縫い針を受け取った日和は、続きを縫い始めた。
美和の縫い方を自分なりに真似るようにしながら縫ってみると、最初こそ腕に違和感を覚えたが、慣れると手や腕にも優しい縫い方のような気がしてきた。
「そうそう。ほらっ、この最初の所よりは綺麗に縫えているわよ」
「本当じゃ!」
無邪気に笑う日和の顔に、美和が頬をくっつけてきた。
「もう、日和ちゃんは本当に素直で可愛いわ」
「ぶ、部長?」
「食べちゃいたいくらい。……かぷり」
「ひっ!」
美和に、後ろ髪を横に流されて、うなじを甘噛みされた日和は、思わず首をすくめた。
「ぶ、部長! くすぐったいのじゃ!」
「ああ、ごめんなさい。我慢できなくて」
「へっ?」
「日和ちゃんが可愛すぎるからよ。本当に罪な娘!」
美和が、また、日和の頬に自分の頬をくっつけた。
「私、本当に可愛いものが好きなの。手芸で作る物も、女の子も。だから、日和ちゃんも大好きなの」
「ど、どうもなのじゃ」
「うふふふふ。これ以上、スキンシップを取ってたら押さえきれなくなっちゃうわ。日和ちゃん、自分の席に戻って良いわよ」
「わ、分かったのじゃ」
自分の席に戻った戻った日和は、パッチワークの続きを始めた。
製作作業が始まると、全員が黙々と作業に没頭した。
日和が、ふと顔を上げて見渡してみると、みんな、良い顔をしていた。今まで、部屋に閉じ籠もって、一人で作業をして、出来上がった作品も自分一人が眺めて喜んでいたが、手芸好きな同じ年代の女の子達と一緒にいると、作品を作るモチベーションもあがるし、出来上がった作品の批評をしてもらうことで、次は、もっと良い作品ができるような気がした。
そんな気持ちで、午後六時の下校時間まで、あっという間に時間が過ぎた気がした日和であった。




