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空白の部屋

作者: 中条 眞

前半部分は、わざと物語の核心部分を濁らせています。読んでいるうちにわかると思いますが、前半は少々意味が分からない部分が多く、盛り上がりもないしつまらないと思います。ですが、中盤になると答えが出るので、できれば中盤部分である、森に入った先まで読んでいただけると嬉しいです。


 愛に飢えた少年が一人。

 一人の少女に魅せられて、少年は少女の心を手に入れた。

 狂気に踏み入れた男が一人。

 一人の少女に魅せられて、男は少女の体を手に入れた。

 

 思いが通じた方が勝者だろうか。依存させた方が勝者だろうか。

 愛に満ちた少年から言わせれば、少年が勝者である。狂気に満ちた男から言わせれば、男が勝者である。

 少年に愛を与え男に依存した少女から言わせれば、どちらも勝者であり敗者である。

 勝敗など関係ない。彼女にとって、探し物さえ見つかればそれが全てだからだ。

 男に手によってバラバラにされ、少年の手によって拾い集める。長い時間をかけた2人の依存は、いつしか14年と5カ月の時を流していた。


 


 男との出会いは一瞬だった。後は恐怖しか覚えていない。今は怒りを通り越して、何も感じなくなった。

 少年との出会いは唐突だった。孤独を埋める代わりに協力しろと訴えた。そして今、少年は少女の束縛を受け入れ、青年になった。





 岸辺翔太は泣いていた。

 この家に住み始めて六年。十人以上もいる兄弟は、いつも翔太を畏怖の目で見つめていた。四人の親も、この少年に対する接し方にいつも悩んでいた。

 血のつながりの無い彼等を結ぶものは、同じ境遇に立たされる同族の仲間意識と、親からの無償の愛情の代わりの同情だけだった。

 この家はいつも愛であふれていた。我が子のように多くの子供たちに接する大人。子供たちも、本当の親のように大人達になついた。

 しかし、どの愛も少年には向かれなかった。誰もがまだ六歳程度の小さな背中に、罵倒と軽蔑の念を含ませた陰口をたたきつける。

 愛に飢えた少年は、いつもこの家の隅で膝を抱えて涙を流していた。

 兄弟に気味悪がれる毎日。今日もそのいつもと同じ日だった。

 家の外にある小さな庭の隅、翔太はそこで体を小さくしていた。

 とめどなくあふれ出る大粒の涙は、小さな頬を伝い渇いた地面に落ちていく。喉の奥に押し込められた嗚咽は、我慢できずに小さなしゃくりとなってあたりに響いた。しかし、暗い翔太の場所とは違う、日のあたる庭ではしゃぐ子供達の笑い声にかき消され、翔太の声は誰の耳にも届かない。

 毎日のように繰り返されるこの“日課”を、翔太は幼い心ながらでもいたしかたないものだと受け止めていた。「自分が悪い」「自分が他の人と違うから」などと繰り返し呟く。自分が異端者であることは理解していた。しかし、それを受け止め強く生きるという行為をするには、翔太はまだ幼すぎた。

 出口の見えない絶望の中、誰にも気づかれずに翔太は幼い自分の存在を消すことを考えていた。誰にも必要とされず、誰にも認知されない自分は、この世にいても意味が無いことだと。

 幼い子供は死を決意した。この決意を誰にも悟られることなく実行しようと、翔太は虚ろな瞳のまま伏せられていた顔を上げた。

 「――――っ」

 しかし、目の前にある光景に、大きな瞳を瞠目させた。目の前には、幸せそうに笑う家族がいるはずだった。しかし、翔太の眼前には白いワンピースを着た、自分と同じ位の、まだ年端の行かぬ少女だった。

 座り込んでいる翔太を上から見下ろし、少女は口角を上げた。

 少女の容姿は、今まで見たどの姉妹達よりも綺麗で、見惚れるように翔太は凝視する。しかし、少女の愛らしい顔立ちに似合わない、口の端だけ上げた笑みは、どこか少女に大人の雰囲気を感じさせた。

 「あんたがショータ?」

 昼時の空には太陽が熱く照らしており、少女を見上げる翔太の眼には太陽の光がひどく眩しかった。翔太は眼を細めつつ、戸惑いながらも頷いた。

 すると、少女の顔は目に見えて嬉しそうな表情になった。口の端だけではなく、その大きな瞳を細めた顔全体の笑みに、翔太は目が離せない。

 「ちょっとした情報でね、あんたがあたしの願いを叶えてくれるかもしれないと思ってね」

 少女は喜悦に染まる表情のまま、視線を合わせるようにその場にしゃがみこんだ。目線が近くなり、少女の小さな体の全体を見て、ここで初めて翔太は気付く。

 「どう? あたしの事、助けてくれる?」

 少女に似つかわしくない喋り方で、少女は交渉してくる。太陽からの逆光にも関わらず、はっきりと見える少女の顔を見て、翔太は確信した。

 「それとも、あたしのこと怖い?」

 「……ううん、怖く、ないよ」

 舌足らずな言葉、さらに先程まで泣いていたせいか、翔太の言葉はひどく掠れていて聞き取りにくい物だった。それでも少女はその言葉に笑いかける。

 「なら、協力してくれる?」

 本来ならば警戒しなくてはならない少女の存在なのに、翔太の中で少女に対する懸念というものが一切無くなっていくことが分かる。

 ただ、協力を求められた、自分を必要としてくれたということだけの理由で、翔太はこの少女に全幅の信頼を感じ始めていた。否、“信頼”とは少しばかり違うかもしれない。裏切られても構わない、拒絶されても構わない。ただ自分の存在を認め、そして自分の力を必要としてくれるなら、どんな仕打ちにも耐えられる。いわば、それは“信仰”の域だった。

 妖艶な笑みを浮かべた少女は、翔太に笑いかける。その笑みに、翔太はこの家では決して見せられなかった、何かに必死で縋るような、必死な笑みを顔全体に広げた。

 「する……! 協力する! なんでもするよ!」

 少女は「よし!」と声を発し、前のめりになる翔太を見つめてニヤリと笑う。

 「あたしの名前は小早川杏子。アンズって呼びな。これからよろしくね、ショータ」

 「うん! 僕、頑張るよ!」

 幼い2人は笑いあい、そして口で契約を交わした。決して違えることのないよう、深く意味を込めた「よろしく」の言葉を告げた。

 



 縋りついた先が蛇な道でも良かった。居場所が無いのはもう辛い。死しか考えられない日々など、棄ててしまいたい。

 だからこそ少年は少女にすがった。想像できる未来を見ない振りをして、少年は少女の願いをかなえようと奮闘するのだ。





 「ただいま」

 ギシギシときしむ古い玄関を開け、翔太は自分の暮らす部屋に入った。

 自分が育った孤児院を出てから、すでに四年が過ぎた。つい先月二十歳を迎えた翔太は、惣菜と度数の低いチューハイの缶が入った袋を台所の傍に置くと、暗い一室の明りを点けた。

 「おかえりー」

 途端に明るくなった部屋の中心で、翔太を迎えたのはまだ十歳にも満たない容姿をした少女だった。

 少女は腰まである茶の髪を二つに結んでいた。幼さが際立つ髪形だが、しかし少女の出す雰囲気や翔太を見つめ微笑むその顔はどこか大人びたものを感じさせた。

 狭い部屋は特にこれと言った特徴の家具は何もなく、とても殺風景な光景だった。数冊の本がきれいに 並ぶ本棚は隙間が所々開いている。小さな窓につけられているカーテンは、外の街灯の明かりを遮断するほど厚くはなく、ぼんやりとした光が浮かんでいた。シンプルなこの部屋はあまりにも特色が無く、翔太の個性を表す物は何一つなかった。

狭い部屋の中心に置かれたちゃぶ台の傍で胡坐を掻く少女は、袋に入った缶を目ざとく見つけると翔太にからかいの混じった笑みを向けた。

 「そうえばショータもう二十歳過ぎたのよねー。早いもんよね、あんたと出会った日なんて、こーんな小さい時だったのに」

 日と差し指と親指で大げさに小ささを表す少女に、翔太は遅い夕食の準備に取り掛かりながらも答えた。

 「アンズ、それは言いすぎだ」

 「冗談よ、馬鹿。てか、酒なんて珍しいじゃない。なんでまた?」

 「祝い酒だ」

 そう言いながら、二つの酒を小さな二つドアの冷蔵庫に入れる。冷蔵庫の中身は生活感の無い淡白なものだけだ。そろそろ買い出しにいく必要がある。

 「なにそれ、なんかあったの?」

 翔太の言葉に、杏子は小首をかしげる。その姿はとても愛らしく、誰もが頬を緩める光景なのだが、生憎と翔太は変わらない無表情のまま低い声音で答えた。

 「富士に行く金がたまった」

 その言葉に、杏子の大きな瞳が見開く。

 「当面の俺の生活に困らないほどの貯金もある。遠出しても、余裕があるほどにな」

 「ってことは……」

 ゆっくりと言う杏子の声に、翔太は口の端をわずかに上げた。

 「お前の最後の“探し物”、取りに行くぞ」

 微笑む翔太に、杏子は未だ瞠目したままだ。しかし、暫く経ってからようやく翔太の言葉が理解できたのか、勢いよく立ちあがって歓喜に思わず叫んだ。

 「いよっしゃあぁぁぁ! ホント? 本当なのね! やっと富士いけんだな!」

 「アンズ、落ち着け」

 押さえる気などない杏子の声に、思わず耳をふさぐ翔太。しかし、その塞ぐ手さえも突き抜けて杏子は嬉々とした叫びを部屋の中で響かせた。

 「これが落ち着いてられっかつうの! よっしゃ、やっとかよどんだけ待たせてんだよ、遅えよ馬鹿ちくしょうこのクソガキが!!」

 可愛らしい笑顔を携えながらの、汚い言葉づかいはひどくミスマッチだった。もう聞きなれていたものだが、翔太は呆れて言葉を吐く。

 「アンズ、仮にも元令嬢だろう。言葉遣いには気をつけろ。聞いていて疲れる」

 「うっさいわね、何年前の話してんのよ。てか、あんたと出会う前の暮らしが染みついてんの。治せるもんじゃないわよ」 

 嬉しさを滲ませた笑みを浮かべる。心の底から喜びを表す杏子に、思わず翔太の頬が緩んだ。

 翔太は手早く材料を包丁で切っていった。油の引いたフライパンが熱をおびていく。この部屋に来たばかりの時は、まだ包丁に慣れなくていつも遅い夕食を取っていた。今では、随分と料理の腕はよくなったのだが、安月給の仕事の関係上、遅い夕飯は既に当たり前となっていた。

 「来週の水曜から三日間、有給も取れた。あとは道具をそろえるだけだ」

 慣れた手つきで野菜炒めを作る翔太の後ろで、杏子はリズムよく動く彼の背中を眺めている。その瞳には幼い少女が持つにはあまりにも早すぎると言えるほどの、憂いと悲しみ、そして喜悦の感情が織り交ぜられていた。彼女の瞳の奥に隠された感情は、恐らく簡易な言葉では表せないほどの渦を巻いているだろう。しかし、彼女の心を理解できるような唯一の存在である翔太は、未だコンロに向かっていた。

 少女はその感情を声音に億尾にも出さずに、言葉を翔太の背中に投げかけた。

 「道具って、またお隣さんに借りんの?」

 「あぁ、さすがに道具を買うほどの余裕はない。まぁ、もう五回目だからな。相田さんは優しい方だから、これで最後だと言えば貸してくれるだろう」

 「何に使うと思われてんだろねー。この前近所の井戸端会議、盗み聞きしたけど、あんた結構評判悪いわよー。“得体の知れない一人暮らしの青年”だってさ」

 「毎度のことだ」

 翔太は隣に置かれている鍋に手をかけた。昨日多めに作った味噌汁が冷たいままだ。味が濃くなるのはいただけないが、このまま温めてしまおうとコンロに火をつける。

 簡素な食事を完成させ、翔太はちゃぶ台の上に平皿に乗せた野菜炒めを置いた。軽い音を立てて置かれたそれは、湯気が立ち込めて野菜の香ばしい香りが翔太の鼻をくすぐる。

 「祝い酒は用意したくせに、料理は貧相なのね」

 「文句を言うな」

 両手に白米の入ったお椀を手にした翔太。それらを置いたのちに味噌汁と箸を二人分用意する。それらをお互いの真正面に置き、翔太と杏子は向かい合うように座った。立ち上る湯気は天井まで届き、密室な部屋の中に暖かさをともらせた。

 丁寧に食卓に並べられた料理。胡坐を掻いた翔太は仕上げとばかりに、杏子の目の前にある白米の入った椀の中心に、箸を突き刺した。ちゃぶ台と直角に刺された箸は倒れることなく、不動に白米に突き刺さっている。それをそのままに、二人はそれが当然とばかりに平然とした表情で目の前に並ぶ食事を見ている。

 翔太は両手を合わせ目を伏せた。しかし、目の前に座る少女の下ろされた手を見つけ、先を促すように少女の瞳を見つめると、杏子は仕方ないと言わんばかりの表情で両手を合わせた。満足げな顔をした翔太の口が開く。

 「いただきます」

 「……いただきます」

 翔太の声音はとても静かで、杏子のそれはとても不服そうに高い声を僅かばかり低いものにしていた。

 料理に手を伸ばし始めた翔太は、目の前の彼女がじと目で自分を見ていることに気付き杏子を見やった。

 「どうした?」

 「……毎日のように思うけど、あたしがこれ言う必要ってないわよね」

 「食事を行う前の礼儀だ。そう、親に教えてもらえなかったか?」

 「教えてもらったわよ、大昔にね」

 どうでもいいと言うような彼女の声音は、酷く冷めている。しかし、翔太はそれを気にする風でもなく、箸を進めた。

 「あんた、酒は?」

 「あぁ、忘れていた」

 「肝心なもの忘れてんじゃないわよ」

 冷蔵庫から取り出された2つの缶は、程良く冷えていた。次いでに小さな食器棚からグラスを二つ取り出す。

 鮮やかな色をした液体がグラスに注がれていく。小さな気泡を伴わせた水の動きをしばしば二人で見つめていると、杏子が不意に翔太の瞳をじっと見つめてきた。

 「どうした、アンズ」

 「……いーや、なんだか長かったような短かったような。感慨深いわー」

 肩肘をつき、手に顎を乗せる彼女の瞳は、まるで遥か昔を懐かしむように細められていた。

 「そう言えば、今更何だがどうして俺を選んだ?」

 何気なしに訊ねた翔太だが、この疑問は彼女と出会った当初から思っていたことだ。十年以上も共にいれば聞く機会など何度もあったのだが、次の機会でいいかと思っていたらここまで来てしまった。

 杏子はその問いに一度瞠目したが、すぐに大人びた表情で目元を和ませ、逆に翔太に問うた。

 「ねぇ、絶望に囚われた人間はどうやって復活すると思う?」

 こちらが質問したというのに、全く関係のない質問を返され、翔太は口へ運ぼうとしたグラスの手を一瞬止めた。少女の瞳は翔太を捕らえて離さない。彼女のわがままで自分の気が済むまで相手を付き合わせる性格を翔太は十分に理解している。故に、この質問に答えなければ自分の出した問いの答えは返ってこないと判断し、翔太は嘆息してグラスを置いた。

 「そうだな……。その絶望とやらの内容にもよるだろうが、時間が経てば自然と復帰できるんじゃないのか?」

 そう対して考えもせずに答えたものを、杏子はひどくつまらないと言うように、そして小馬鹿にするように鼻で笑った。失礼極まりない態度だが、適当に答えてしまった自分が文句は言えないと、翔太は「なんだ」と言っただけだ。

 「それで復活できたら誰も苦労しないわよ。この世にどれだけ絶望感じて彷徨ってる奴がいると思ってんのよ」

 「……悪い」

 「あたしに謝んないでよ。まぁ、あながち間違ってないけど」

 最後の言葉はぼそりと小さなものだったが、この狭い室内では十分に翔太の耳に届いた。「まぁとにかく」と、いつもの調子で杏子は話を続けた。

 「それが自分のせいであったりしても、他人のせいであっても、最後にその地獄の様な場所から救ってくれるのは――――第三者の手よ。あたしとあんた、そしてあたしの家族もそのいい例だわ」

 以前、といっても三年ほど前の話だが、珍しく杏子が両親の様子を見たいと言った日があった。彼女の要望に答え、なけなしの金を使って電車で彼女の家を訪れた。美しいガーデニングを柵の外から覗きこみ、窓ガラスの向こう側で食事をする親子の姿を見た。

 幸せそうに笑いあう夫婦の向かいに、よく笑う自分よりも年下の高校生ぐらいの少年。ハッとして隣を見れば、こちらも幸せそうに目を輝かせていることに、胸をなでおろした。その時の彼女の言葉をよく覚えている。

 「アレがあたしの弟よ。イケメンでしょ?」

 喜悦に踊る彼女の瞳で笑う彼女は、遠目でもわかる程あの少年と青年の間にいる彼に似ていた。確かに、杏子に似て顔立ちが整っている。

 悲しいという感情を浮かべると思っていたが、杏子は全く予想とは違う表情をしている。心から、自分のいない家庭を見つめて幸せそうに微笑を浮かべていた。

 あの時の杏子の表情を思い出していると、杏子の声が翔太を現実へと引き戻した。

 「あたしが消えて、母さんと父さんは絶望の真っ只中だったわ。父さんは仕事があるから無理矢理這い上がろうとしてたけど、母さんはダメだった。毎日泣き崩れて、自分の夫を責めて、警察を責めて、そして自分を責めていたわ」

 「ずっと、見ていたのか?」

 「弟の妊娠がわかるまでね」

 いつも傍で見ていた。仕事と家庭を上手く両立していた、優しく時には厳しく娘を正していた父が、だらしのない格好で呆然と見もしないテレビを眺めていた姿を。常に明るく娘を笑わせてくれた母の、泣きはらした暗い瞳を。どれだけ悲惨だっただろうか。どれだけ見ることが辛かっただろうか。何度か目をそらそうとした。その場を離れてどこかへ行ってしまおうかと思った。でも、自分のせいでこうなってしまった家族を、自分が見捨てることはできなかった。

 「あたしは何もできなかったし、両親は傷のなめ合いで前進はできなかった。でも、そこに関係の無い第三者の存在ができたのよ。それが弟」

 新しい命にようやく両親は希望を見出してきた。娘の代わりにとは思っていない。今度こそ、この小さな命を守ろうと決意し、前に進めた。

 「何も知らない存在が、親を救った。当事者が何をやっても前進できなかったのに、たった一人の存在が全てを救ったのよ。すごいでしょ」

 絶望から立ちあがった両親と、それを救った弟の存在を、自慢の強い家族だと杏子は言う。得意げに笑う杏子に、翔太も緩く笑い返した。

 「やっと念願だった親の笑顔見て、あたしも満足しちゃってさ。そっからは、あてもなく彷徨ったわよ」

 「お前の言う、黒歴史か」

 「まぁね」と、苦笑を洩らす杏子。時たま話題に出る杏子の“黒歴史”とは、両親の元から離れ、遠くへいくこともできずに夜の繁華街を彷徨う日々だ。

 「渋谷に池袋、新宿だったか?」

 「主な場所はね。てか、東京はどこにでも行ったわ。おかげで、連中の柄の悪さが移っちゃったわ。昔はあんなに礼儀正しくて可愛かったのに」

 「自分で言うな。初めて聞いた時は、言葉遣いや身の振る舞いを学習できたことが、俺は驚いたな」

 「身につく、っていうより魂に刻み込まれた、って感じなんじゃない?」

 曖昧な表現に、どうやら杏子自身、自分の体についてよくわかっていないことを悟る。彼女自身が解らないのならば、翔太が理解できるはずもない。

 「話がずれたわね。――――で、両親の次は、あたしの番よ。今度こそ本当に絶望的だったわ。何年とっても歳もとらないし、話し相手は常に自分と同じ存在。しかも、皆暗いわ」

 「明るいお前がおかしいと思うがな。俺も様々な奴を見てきたが、ここまで俺達とそう変わらない奴はお前以外いない」

 「たぶん、あたしも第三者に救われたからじゃないかしら」

 彷徨い始めて一年半、都会から離れまだ昭和の臭いの残る住宅街へ来たという。その時、一人の老婆に出会った。

 杏子は自分の話を聞きながら、黙々と食事をする翔太を上目に見て、微笑する。

 「あんたと同じ人種よ」

 その言葉に、翔太の食事をする手が止まる。目に見えて動揺した翔太を、杏子は短く笑い続けた。

 「結構あんたとおんなじような人いるのよ。まぁ、話しかけても適当にあしらわれたり逃げられたりして、まともに相手されたことはないけどね」

 「……普通はそうだろうな」

 「でも、あんたと、そのおばあちゃんは例外だったのよ」

 翔太自身は、幼さの甘さに加え、孤独に悩まされた弱い心があった。だからこそ、杏子の存在に縋りつくこととなった。翔太もまた、全くの違う存在である第三者に、救われた。

 「そのおばあちゃんはね、目が見えなかったのよ。だから、あたしを“普通の女の子”として話を聞いてくれたのよ。そのおばあちゃんが、あたしを救ってくれた第三者。当事者はあたしと、“あの男”。でも、“あの男”は会う術なんてないし、会う気もないからね」

 肩をすくめて見せた杏子は、本気でそう思っているようで、若干翔太は安堵した。彼女の中に“あの男”を恨む気持ちがあったなら、恐らく長年協力してきた努力は無駄になるだろうと思っていたのだ。

 翔太の安堵を余所に、杏子はその“盲目の老婆”について続ける。

 「話し相手になってくれたのがすごく嬉しくてね。いろいろ話してるうちに仲良くなっちゃって。今じゃお友達よ」

 「その人に協力は頼まなかったのか?」

 「目が見えないんじゃ、無理よ。でも、そのおばあちゃんに会えたから、あたしはあんたの様な協力者を探す気力ができたの。自分のために全力を出そうと思えたのよ」

 そこで、ようやく最初の翔太の質問の答えが出た。杏子は協力してくれれば誰でもよかったのだ。そこで、ちょうど良く自分と同じような存在のうわさ話を聞いた。「自分たちが見える少年がいるらしい」子供ならばと、杏子は早速会いに行き、翔太との出会いが生まれたのだ。

 「つまり、あんたを選んだ理由は、なりゆきよ」

 「……そうか」

 ふっと笑みを零す翔太に、杏子は意外そうに見つめた。

 「あら、もう少し残念そうな顔すると思ったのに」

 「いや、別に期待していたわけでもないし、特別な理由があるとも思っていなかった。むしろ、安心した」

 「安心? ……まさかあたしがあんたのこと殺すとでも思ってたの?」

 「そのまさかだ」

 そう冗談めかして答えると、杏子は心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。

 「あたしをそんじょそこらの奴等と一緒にしないでよ」

 「あぁ、わかってる」

 談笑は暫く続き、翔太が夕飯を食べ終え少ない祝い酒を飲みほした後も、二人で過ごした長いようで短い歳月を思い返し互いに笑いあった。たった二人ぼっちの、寂しくしかし互いの孤独を癒した思い出は後を絶たない。

 夜の街灯が照らす道では、窓の開いた部屋から一人分の穏やかな笑い声が聞こえていた。



 カーテンの隙間から射す旭の光で目覚めた翔太は、眠気眼を擦りながら辺りを見回した。いつもなら睡眠をとらない幼い少女の姿が見えるはずなのだが。ワンルームの部屋にはその存在はどこにもいなかった。

 杏子が家から出ることは別に珍しくはなかった。しかし、今日は互いで過ごす最後の朝となるはずなのに、共に過ごしてきたパートナーがいないことに翔太は内心落胆した。

 目的地はお互いに分かっているのだから、先に富士へ行ってもなんら問題はないだろう。そう思い、翔太は寝起きの気だるげな体を起こし、支度を始めた。

 大きめのリュックサックに、炊飯器に余っていた米で作った握り飯を入れ、三日分必要となる飲み水を入れる。それから、軍手に百円均一の店で買った小さなシャベルと柔らかい素材のハケ。財布や時計等の必需品を詰め込む。

 準備がひと段落終え、翔太はリュックサックを足元に置いて、敷布団の仕舞われた押入れへと視線を移した。

 襖独特の開ける音を出し、二段ある内の下の部分を見る。そこには、家賃の安いボロアパートに不釣り合いの、黒い鉄でつくられた四角い金庫があった。ダイヤル式のカギを開け、翔太は重苦しい扉を開く。

 「……アンズ、もうすぐだ」

 遠くを見つめるような瞳で、翔太は呟く。

 金庫の中にある、現金でも通帳でもない、ただ白い粉の入ったガラスの瓶を、翔太は取り出した。それを大事そうに抱え、無地の黒い風呂敷でくるみ、リュックサックの奥へと仕舞いこむ。

 「もうすぐ、終わる」

 



 電車を乗り継ぎ、バスに揺られ、目的地である富士の樹海についたのは日が落ちたころだった。かちゃかちゃと重いリュックを揺らし歩いていると、前方から幼い少女が表れる。

 「遅かったわね」

 足取り軽やかにやってきた杏子は、翔太の真横に並び、街灯の少ない道を歩き始める。

 「どこにいっていたんだ?」

 「知り合いのところにちょっとね。お別れを言いに行ってきたのよ」

 「……そうか」

 答えた言葉は思ったよりも暗かった。翔太の気分が落ちていることは、杏子もよくわかっていたが、その事を口に出す気はない。

 「相田さんからシャベル借りてきた?」

 「あぁ。これで最後だと言ったら、変な顔をされたよ」

 「はは、そっか」

 折りたたみ式のシャベルは無理矢理リュックサックに詰め込んだ。所々シャベルの形に合わせて布が張っている姿はいささか不格好だ。

 森に近づくにつれて、いよいよもって街灯が無くなり暗闇が続いた。明かりと言ったら半月よりも少し丸みをおびた、中途半端に膨らんだ月の光ぐらいだ。と言っても、それもまた薄い雲に隠れてしまえば雀の涙ほどなのだが。

 翔太は一度リュックサックを下ろし、手を突っ込んで中から懐中電灯を取り出した。さすがにこの先は明かりが無くては洒落にならないことになってしまう。方位磁石と簡易な地図を取り出し、変えるべき道の方角を確認し、翔太は杏子を横目で見た。

 「行くぞ。道案内と、“会話”は任せる」

 「いつも通りってことね。帰りは?」

 「コンパスも地図もあるが、一応木に包帯を巻きつけようと思う。それが帰る時の目印だ」

 「遭難なんかして、また会ったわね、とかそんな会話したくないわよ」

 「大丈夫だ」

 荷物を背負いなおし。目の前の闇で前が見えない樹海を見る。

 「よし、行くぞ」

 翔太の言葉を合図に、二人は同時に足を踏み出した。暗闇に吸い込まれるようにして翔太の背は消えて行き、やがて懐中電灯の光すら闇に消える。

 翔太達が入っていった森の入口付近には、所々小さな看板が立たれていた。『獣注意』と、それから『命を大切に』という、近年増え続ける自殺者へ向けた、命の大切さを綴ったメッセージだった。



 夜の森というのはうすら寒く、非常に不気味だった。今にも草むらから、得体の知れない何かが飛び出してきそうだ。

 先日雨でも降ったのか、ぬかるんだ土を踏みしめ、足早に奥へと進んでいく。時たま立ち止まり、木の幹に包帯を巻きつけるのを忘れない。そして、一歩先に歩く杏子の背を見失わないよう、小さな少女の後を追う。疲れを感じさせない杏子とは打って変わり、翔太の息は段々と上がってくる。足を捕らえる土は着実に体力を蝕んでいる。足に来る重みにも他に、この森独特の空気に翔太は気分を害していた。小休止に木の根に座り水分を補給することを繰り返し、樹海の奥へと進んで行った。

 樹海に入り込み、二時間が過ぎようとした時、突如前方から男の声が聞こえた。

 「お、なんだい兄ちゃん、こんな時間でなにやっとんだ?」

 「…………」

 話しかけてきた男は、チェック柄のシャツにズボンというラフな格好をしていた。首から下げられた一眼レフのカメラから見て、どうやら写真家の様だ。昼間見れば木の保護色にも見えるつば付きの帽子を被り、伸びきった髭を指でさすりながら、翔太の許へと近づいてくる。

 しかし、翔太は男とは目を合わせることなく、無言で進んで行った。

 「なんだよ兄ちゃん、無視すんじゃねぇよ。って、そりゃあ無視するか! ぎゃははは!!」

 品の無い豪快な笑い声は、森の闇に吸い込まれすぐに消えて無くなる。すると、翔太の代わりに前方を歩いていた杏子が男に返事をした。

 「こんばんは、おじさん」

 「おぉ、嬢ちゃん。なんだい、嬢ちゃんはこの兄ちゃんについてきたのか?」

 「まぁ、そんなところよ」

 「へぇ、なんでこんな兄ちゃんのところに?」

 歩きながら、二人の姿を交互に見て問いかける。しかし、杏子は首を軽く横に振り、意地悪く笑んだ。

 「コイツ、あたしの“弟”」

 親指で背後にいる翔太を差すと、男は目を丸くしたが、また豪快に大口を開けて笑いだした。

 「そうかそうか! “弟”か! へぇ、こんな歳になるまで、あんたいい姉ちゃんじゃねぇか」

 「まぁね。姉は弟が心配なのよ」

 弟と言う言葉を強調して言う杏子は、楽しそうだ。翔太は前方を歩く二人をしり目に、呆れて溜息を吐いた。

 「はっはっは、そうかいそうかい。ちなみに俺は、三年前に撮影で来たここで熊に襲われてよぉ。それ以来、この森に惹かれて住んでんのよ」

 「あらそうなの」

 「嬢ちゃんもどうだい? ここは居心地がいいぜ。なにせ“仲間”が多いからな。悪い奴も含めだが」

 「誘ってくれて嬉しいけど、遠慮しとくわ」

 「なんでぇ。いつまでも弟についてまわっちゃあ、弟によくねぇぜ」

 「いいの。あたし今日でさよならだから」

 “さよなら”の言葉に、男は瞠目した。そして、先程まで笑みの形となっていた口が閉じ、やがて穏やかに微笑んだ。

 「そうか、“さよなら”か。そこの弟君が何かしてくれんのか?」

 「えぇ、こいつはね、“ここ”にいる“あたし”を探してるのよ」

 男は柔らかな笑みを更に深めて、帽子のつばを下に下げ、杏子から目をそらした。

 「……いい姉ちゃんなら、弟もいい奴なんだな。羨ましいぜ。ま、おめでとさん。たっしゃでな」

 言葉穏やかに言う男に、杏子は「あなたもね」と言い、立ち止まった男を通り越して先を歩いた。

 男の気配が消えたころに、翔太が小さな声で漏らした。

 「俺はお前の弟じゃないぞ」

 「いいじゃない。一番ややこしくないわ」

 「まぁな。……あいつ、最後目を反らしたな」

 「もしあたしがおじさんの立場だったら、目を反らしたわ。直視なんてできないわよ。たぶん、見たら恨めしくて恨めしくて、仕方が無くなるわ」

 「……ここにいるような奴は大抵性質が悪いのばかりだが、いい奴じゃないか」

 「そうね。運がよかったのかも」

 それを最後に、二人にまた沈黙が流れる。時たま杏子に声をかける人物がいたが、特に長く会話もせずに離れて行った。

 そして、ようやく目的地へと着き、杏子が足を止めた。辺りに何の気配が無いことを確認し、息の上がった浅い呼吸をしながら杏子に問う。

 「ここか?」

 雲の晴れた夜空の月明かりが照らす場所。そこだけ、木々の葉がちょうどよく避けられ、月明かりが直接差し込み、随分と明るい場所だった。

 杏子は音もなく歩み出し、月明かりに照らされた一本の巨木の付け根に立ち、地面を指差した。

 「ここよ」

 真っ直ぐに見つめる杏子の瞳は揺らがない。翔太は汗が滲む額をぬぐおうともせず、杏子の視線を真正面から受け、そして荷物を下ろした。

 「……最初は沼だったな」

 道具を取り出しながら、翔太は呟いた。

 「そこに、最初のお前がいた。誰にも見つけられず、誰にも悟られず、お前の一部がそこにいた。――――次は海だった」

 折りたたみ式のシャベルを組み立てる。本来の姿に戻ったところで、翔太は懐中電灯を足元に置き、杏子が指差した場所を照らす。

 「その次も海が続いて、林にも、湖にもいったな。そして、最後が富士。……ここまでくるの、長かったな」

 「ううん、短かったわ。ショータと過ごした日は、一人の時より、短かったわ」

 過ごした時間は、翔太と共に居た方が長い。しかし、孤独に過ごす時と、誰かと共に過ごす時の感覚は大きな違いがあった。辛い時ほど長く感じ、幸せな時ほど短く感じる。だが、その明確な“楽しかった”という言葉は、互いに決して口にはしない。

 翔太はシャベルを強くぬかるみ掘りやすい土に突き刺す。足で押しこむと、更に深く突き刺さり、掘るのにそう時間はかからないことを感じる。

 「そうか、短かったか。……俺も、短く感じた。気付いたら、今日だった」

 十四年前、少女は少年を尋ねた。そして始まった奇妙な二人の関係。それが、今日終わる。

 「ショータ。あたしね、あんたに言いたいことたくさんあるのよ」

 翔太の手は止まらない。僅かに、彼の手が震えていることを、杏子は知っているだろうか。同時に、杏子の声が、僅かに揺れていることを、翔太は知っているだろうか。

 「あたしは、あんたと出会えてよかったわ」

 ぴたりと、翔太の手が止まる。掘るために屈んだ姿勢が、翔太の崩れた顔を杏子に見せることはなかった。

 「あんたのおかげで、今あたしはこんなにも穏やかな気分でいれたのよ。全部、あんたがいたから。あたしは、ショータのおかげで、幸せよ」

 喉が鳴る。焼けるように熱い。熱さに渇ききった喉につばを押しこむと、今度は鼻の奥が痛んだ。同時に、目頭にも熱が帯びる。

 しかし、翔太は嗚咽を無理矢理押しこみ、作業を再開させた。

 「ショータは? あたしと会ったことで、何を思った?」

 翔太は気付かない。杏子の大きな瞳に涙の膜が張っていることを。

 杏子は気付かない。翔太の眉間に皺が大きくより、堅く下唇を噛んでいることを。

 「お、れは……」

 言葉が震える。今にもこの眼から滴が垂れそうだ。杏子は黙って掘り続ける翔太の言葉を待った。

 「俺は……っ」

 しかし、翔太の本音はシャベルに突き刺さった堅い音によって阻まれた。まるで壊れ物に当たったかのような堅い感触に、二人の思考が止まる。

 無言のまま、翔太はシャベルを置き、その場にしゃがみこんだ。視界の隅に、白い杏子の足が見える。泥で汚れた翔太の靴とは大違いな、奇麗なままの杏子の足が。

 軍手をはめた手で、丁寧に柔らかい土を掘り起こす。七十センチほどの深さに、二人の求めていたものが、そこにはあった。

 ぼこりと、翔太の手によって丁寧に土を払われ掘り起こされたのは――――小さな子供の頭蓋骨だった。

 「…………」

 跪いた状態のまま、目の高さまで頭蓋骨を持ち上げ、両の黒い目の穴を自分に向けさせながら、杏子を頭蓋骨越しに目を合わせた。小さな頭蓋骨の大きさは、ぴたりと少女の頭に比例している。

 「……アンズ」

 声が一層強く震えた。これで最後、これで“杏子はようやく解放される”。

 「ショータ」

 杏子の声が翔太の名を呼んだ。出会った時は泣き虫な少年、そして今は泥まみれになった青年を、杏子は見つめた。

 掘り続けてからずっと目を合わせなかった二人が、ようやく互いの瞳を見つめる。見つめ、見つめ返し、そして名を呼ぶ。

 静寂が流れ、そして翔太が呟いた。

 「右腕、左足の指5本、右足、背骨の一部、大腿骨、そして――――頭蓋骨。これが、最後の、お前の体だ」

 リュックサックの中身から、僅かに顔を覗かせる白い粉の入った瓶。一部が手元に、そして一部が遠い場所にある墓石の中に。遺骨は全て揃った。

 杏子の瞳から、大粒の涙がこぼれおちる。咳を切ったように、杏子は奇麗な顔を歪めてしゃくりを上げながら泣き始めた。それに伴い、翔太の顔もまた、泣き笑いにも似た表情で悲痛に笑い始める。

 「こ、れで、お前は、自由だ」

 胸が締め付けられる。

 「ショータ、ショータ……っ」

 鼻を啜りながら、大きく震える両手で頭蓋骨を杏子に奉げながら、翔太は必死に言葉を紡ぐ。

 「お前は、もう、この世にいなくていい」

 月明かりが、二人を照らす。まるで、悔いの消えた少女を天へと導くような月明かりだ。

 「ショータっ」

 杏子の小さな手が、翔太の髑髏を奉げる両手を包み込む。感覚など無い。冷たい、空気が触れている。

 「一度だけでも、お前に触れて、みたかった……っ」

 杏子の涙の滴が小さな顎を伝い落ちる。しかし、それは髑髏を、翔太の手を擦りぬけ消えてなくなった。

 「遺骨は、必ず俺が埋葬してやる。遺族の許へ、返せないかもしれないが、必ず、……っ必ずお前が安らかに眠れる場所を捜し出してやる」

 杏子の両手が離れ、翔太の首に抱きつくように回される。決して触れることのない彼女の体温を感じようとしたが、翔太の体は相変わらず空気に包まれているだけだ。翔太の手と髑髏は、杏子の体を擦りぬけ、少し離れた杏子の顔に重なるように髑髏の位置が収まった。まぎれもなく、少女の形だった。

 「アンズ、いけ」

 大粒の滴を流しながら、杏子の見慣れた黒い大きな瞳が翔太を見つめる。悲痛な表情しかできない翔太の代わりに、杏子が泣きながら満面の笑みを漏らす。

 「ショータ、ありがとう」

 瞬間、翔太のギリギリまで張っていた涙が一筋、頬を伝った。

 「――――っ逝けぇ! アンズ!」

 十四年間、決して離れることのなかった、『殺された少女』と『霊の見える少年』が、別れを告げた。




 二十八年前、由緒ある家柄の長女が、九歳の誕生日に誘拐された。少女の名は板野杏子。心優しき、美しい少女だったと言う。

 身代金目当てかと、警察は犯人からの連絡を待ったが一向に来ず、やがて両親の元に小さな小包が発送された。身元不明の小包を開けると、そこにあったのは一本の小さな右手の小指だった。

 やがて、警察が全力をあげて捜査すると、バラバラとなった少女の体の一部が次々と見つかっていった。体の一部が見つからないまま、少女の墓標は建ち、両親は泣き崩れた。

 三年の月日がたったころ、指名手配中の犯人が空き家で首を吊っている姿を、近所の老婆が見つけた。遺書はなく、その手には白骨した小指のない右手が握りしめられていたという。

 誰もが恐怖した事件の真相はわからずじまいのまま、両親は娘の死から立ちあがり第二子を産んだ。

 犯人の動機の真意も分からず、少女の行方もわからないまま、世間はこの事件を忘れて行った。

 誰も、少女の魂が彷徨い、一人の少年の許を訪れ、残りの体を見つけたことを、世間は知らない。




 そう明るくもない月を見つめながら、翔太の手は力なく下げられていた。両手に握られた髑髏を離さず、ただただ少女を連れて行った月を見つめた。

 どれくらいそうしていただろうか。月の位置が木々の葉に隠れ、光が差し込まなくなった所で、翔太はようやく重い体を動かした。

 杏子の頭蓋骨を丁寧に布でくるみ、遺骨の入った瓶と一緒にリュックの奥へと仕舞う。そして、借り物のシャベルや道具を力なく詰め込み、膝の泥をはらうこともせずにその場を後にした。

 樹海の中は変わらず不気味で空気が重かった。しかし、その空気を苦痛とも思わず、心ここにあらずと言った感じで翔太はゆらゆらと進んで行った。

 途中にあった幹に巻きつけた包帯を回収しながら、翔太は進む。すると、横からある気配が近づいた。

 「お、さっきの兄ちゃんじゃねぇか」

 途中で出会ったあの男だった。カメラをぶら下げた男は辺りを見回すと、少女の姿がいないことに息を吐いた。

 「そうか、やっぱりあの嬢ちゃんは成仏したか。うんうん、それがいい」

 「…………」

 「それにしても、自分だってまだ小さいくせに、弟がこんなでかくなるまで傍にいるたぁ、いい姉ちゃんだったな」

 「…………」

 「いい姉ちゃんを持てて、幸せだなぁ弟君よ!」

 「…………れ」

 「つっても、普通の人間にゃあ俺の声は聞こえねぇか!」

 「黙れ!!」

 突如、“自分に向かって怒鳴った”翔太に、笑っていた男の瞳が大きく見開く。しかし、問いただそうとした瞬間、翔太は走り出した。

 「ちょ、待てよ! お前、もしかして俺が、いや霊が見え……」

 段々と消えて行く男の声に、翔太はわき目もふらずに樹海の中を走り抜けた。

 気付いた時には、既に森を抜けていた。肩を大きく揺らしながら、翔太は樹海を見ようともせずにその場を去った。

 それからは、翔太の記憶は曖昧だった。夜行列車に揺られ、一睡もせずに夜明け前までに家へと帰ってきたことは思考力が停止した脳でも理解できた。折りたたみ式のシャベルを布で適当に汚れを取り、隣の玄関口へと置く。それから、家へと入った。

 三日も有給を取る必要はなかった。結局午前二時前には着くことができ、実質二日も経っていない。

 だるい体を動かし、おもむろに翔太は料理を始めた。腹が減っている訳ではない。特に考えもせず、翔太は手を動かす。

 壁に掛けられている時計の秒針が、音を鳴らし進む。その音と野菜の焼ける音だけが、この部屋を支配している。

 夜行列車でも眠っていないため、疲れと睡眠欲で眠気は最高潮のはずが、虚ろな瞳は眠気を起こさなかった。

 やがて簡易な野菜炒めが出来上がり、小さなちゃぶ台に並べる。ご飯をよそった二つの茶碗と二膳の箸も、ちゃぶ台の上に並べる。味噌汁はない。

 リュックサックの中から遺骨を取り出し、瓶は畳の上に、そして髑髏は向かいの茶碗の前に、向かい合うように置いた。最後に、箸を湯気が立ち込めるご飯に突き刺す。

 「…………」

 いつもしていた、食事の前にするあいさつをする気が起きない。両手を合わす気が起きない。だらんと下げられた両手が、どうしても動かない。

 「アンズ」

 もういない少女の名を呼んだ。目の前に少女だったものはある。だが、望んでいる姿が見えない。

 「アンズ」

 『ショータ』

 まるで、目の前にいる髑髏から、幻聴が聞こえてくるようだ。あの子供特有の高い声で、自分の名を呼ぶ声が。

 「アンズ」

 幻覚が見える。幼い姿なのに、まるで大人のように振る舞う姿が。いつもそこで胡坐を掻いて、頬杖をついて、こちらを見ていた。あの瞳が、目の前にあるはずで。

 「アンズ、アンズ」

 目の前の杏子は笑っている。変わらない幼い顔に大人の笑みを見せて、笑っている。

 「アンズ……『逝くな』」

 目の前にいる、かつての杏子に、いるはずの無い杏子の幻覚に、翔太はあの時言えなかった言葉を言う。

 「『逝かないでくれ、俺と、このまま、一緒に』……」

 瞬間、翔太の瞳に涙が盛り上がった。瞬時に顔を歪めた翔太は一度目を伏せ、そして言葉と共に“杏子”に言う。

 「『俺と一緒に、ずっと』――――」

 『ショータ』

 いない。顔をあげた翔太に、幻覚は見えない。誰もいない。名も呼ばれない。ここに、杏子はいない。なにもない、この部屋に、翔太以外の存在はない。ただ無機質の骨があるだけだ。

 目の前が真っ暗になった気がした。視界が大きく揺らいだのは、零れ落ちる大量の涙のせい。

 「あん、ず……っアンズ、アンズ、アンズ!」

 咳をきったように、翔太は両手で顔を覆った。まるで歪む顔を引き剥がすように、指を額や頬に食い込ませ、顔を覆う。指の間から、滴が零れ落ち畳を濡らした。

 「違う、違うんだ。逝ってほしくなんかないんだ。ここに、ずっと、今まで通り、二人で……っ!」

 続きが言えない。決定的な言葉が。この場にあの少女はいなくとも、言えない。どうしても言えない。

 「言いたいこと、まだたくさんあるんだ。アンズ! 聞いてくれ、まだ言っていない……っ伝えてないんだ! 俺は、お前と出会えて――――っ」

 言えない。誰が言えようか。こんな残酷な言葉を。言葉の重みを知る翔太が、どうしても杏子の前で言えない言葉。少女の魂が消えても、決して言えない言葉が。

 「アンズ、俺は」

 もし、アンズが生きていたころに翔太と会えたなら、翔太はアンズに言えなかった言葉を何度も言うだろう。

 「俺は、お前の死を喜んでなんかいない」

 孤独を救ってくれて、傍にいてくれて、こんなにも、温かみを教えてくれて、生きる目的と出会いの喜びを教えてくれて。言えなかった言葉を、何度も何度も飽きもせずに言い続けるだろう。

 「お前を殺した男の行いに、感謝なんかしていない」

 だが、彼女は死んでしまってから少年に出会ったのだ。

 「俺は、――――お前と出会えて、幸福だとは思わない!」

 死んだ少女の行いに感謝をしたら、それは少女の死を喜んでいる事と同じではないだろうか。

 少女が死ななければ、少年と出会うことはなかった。あの男が少女を殺さなければ、少年が孤独から救われることはなかった。あの男の行いが、少女と少年を引き合わせた。少年にとって、あの男とは大切な人を殺した憎き存在、そして同時に大切な人と会わせてくれた恩人でもある。“恩人”などと、微塵も思っていないが、それでも確かに少年にとってあの男はそういう存在なのだ。

 元をたどれば、全てが一人の男が犯した罪に繋がる。それを知っているからこそ、少年はやすやすと少女に感謝の言葉を言うことができないのだ。

 翔太は嗚咽を漏らし、咳き込み、ただただ泣き崩れた。この身の内に震える感謝の言葉を言えない苦しみと、生まれて初めて味わう大切な人を失った悲しみが、翔太を襲った。

 「アンズっ」

 ただ名前を叫ぶことしかできない。他の言葉を言えば、感謝の言葉を告げそうで、ひたすらきつく唇を噛みしめた。

 十四年間共に居た杏子は、翔太にとって唯一の家族だった。孤児院にいた壁のある形だけの家族ではない。気の許しあえる、翔太の思う理想の家族を、杏子に感じていた。

 幼い頃から自分を見つづけたあの優しい瞳に、いるはずだった母を重ねた。

 時たまからかうように笑い、時には年上の威厳にて自分を叱咤する姿に、いないはずの姉を重ねた。  

 年相応の幼い笑みに拗ねたように頬を膨らました姿は、いるかもしれない妹を重ねた。

 杏子の表情や行動の全てが、翔太の望む家族を連想させた。翔太にとって、杏子はまぎれもなく家族だったのだ。

 そのたった一人の家族が、今日逝ってしまった。身内を失う初めての感覚は、翔太の心を粉々に砕かせるには十分だった。

 拳を堅く握りしめ、小さな机に突っ伏する翔太は、無意識にこの絶望感を晴らせようと、足掻いた。派手な音と共に料理を乗せた皿が真横に吹っ飛ぶ。皿の破片が拳にかすめるが、痛さなど感じない。自分の茶碗を掴み上げ壁に叩きつける。米の熱さが掌を焼けようとも、気にもかけなかった。

 言葉にならない、獣の様な叫び声が、真夜中のアパートに響いた。



 

 「この部屋だよ」

 「どうもありがとうございます」

 大家に案内された部屋は202号室。尾崎翔太の名の名札が飾られた扉からは、すでにどこか鼻にくる臭いを出していた。

 大家はある日を境に部屋に引きこもってしまった青年を尋ねた、まだ高校生にも見える若い娘を訝しげに見つめた。

 「……あんた、尾崎さんの知り合いかい?」

 疑いの声音を隠そうともせずに訊ねると、娘は苦笑を浮かべて首を横に振った。

 「いいえ、私は全く知りません。ただ、ちょっとこの人に会いたいと言う人がいて」

 「ふーん。まぁどうでもいいけど、この男の事どうにかできるんならしてちょうだい。訊ねても居留守使うし電話にも出やしない。隣の相田さんからは苦情がこっちにくるし。悪臭と騒音で迷惑してんだ」

 大家は酷く嫌な顔をして娘に愚痴をこぼした。娘は愛想笑いをぎこちなく浮かべ聞く。正直、知人でもない人間にこんな愚痴をこぼしても仕方がないとも思えるが、どうやらこの大家も相当この尾崎という人間に手を焼いているらしい。

 「あの、いつごろからこの尾崎さんというかたは、部屋から出ていないんですか?」

 「一週間前からだよ。真夜中に突然叫び声が聞こえてね、驚いて住人達も心配になって尋ねたんだよ。その時は顔だけ出して『大丈夫です』の一言でね。その後叫び声は無くなったけど、今度は泣き声とか独り言が聞こえてくるんでって相田さんが。前々からおかしな所があるとは思ってたけどねぇ、気味が悪いったらしょうがないよ」

 まぁとにかく、どうにかしておくれ。そう投げやりに娘に告げると、大家はさっさときしむ錆びついた階段を下りて行った。

 廊下に一人残された娘は腰に手を当てて、一度空を仰ぐと重い息を吐き出した。

 



 あの日からどれだけの時間が経っただろうか。

 泣き咽びすぎて、枯れ果てたのどを湿らせようと近場の缶を手に取り流し込もうとするが、中身は空だったようだ。感をどれだけ傾けても水分は降りてこず、代わりに鼻につく腐った匂いが立ち込めていた。水分を補給することをあきらめた翔太は、大量の酒の空き缶の山にそれを放り投げた。

 ここ数日で、この部屋は随分と変わってしまった。小さくとも清潔感のあった部屋は変わり果て、ごみの異臭に満ちあちらこちらにゴミが散らばっていた。電気もつけず昼間だというのにカーテンも閉め切った部屋の中心に座り込む男は、一週間前と変わらないちゃぶ台の向かいをただ眺めていた。

 床一面はどこも汚いというのに、そのちゃぶ台の上だけはシンプルにものが数個置いてある。腐りきってしまった白米をよそった茶碗と、それに直角に突き刺さる箸、そしてその茶碗と向き合う白い粉の入った瓶。ただそれだけだ。 

 この数日で十も歳をくったような顔で、翔太は膝を抱えてただ瓶を見つめていた。決して帰ってこない少女を思い浮かべ、翔太は充血したうつろな瞳で見続ける。

 部屋に引きこもってからというもの、それ以来人と会話をしていない。人ではないこの世の住人も、ここ最近見かけていない。あるのはこの部屋に巣食う黒い靄のようなものぐらいだ。それらが人語を理解できるはずもなく、この部屋で翔太は孤独を噛み締めていた。

 ほぼ絶食に近い状態の翔太の思考力は極限までに低下し、現在彼の脳内を占めているのは一人の少女と一文字の漢字だけだった。体を動かす体力はまだあるはずなのに、動こうとしない彼は、常に『死』を考えていた。

 このまま飲まず食わずを続ければ、間違いなく彼はあの少女のもとへ行けるだろう。孤独に打ちひしがれる彼にとって、それは甘美なまでに魅力的な誘惑だった。しかし、ギリギリの線で止めているのは翔太の中にある理性だろう。自殺を選択すれば、自分を救ってくれた杏子に対して顔向けができない。望んでいない死を遂げた彼女に対し、これほど失礼なことはないだろう。理由はただそれだけ。一人の少女の存在で、翔太は自分の命の選択を思い悩んでいた。

 それらのことをまるで靄がかかったかのようなおぼろげな思考で、翔太は思っていた。

 無意味な時間が過ぎる中、このワンルームに異形なものがやってきた。古いアパートの見てくれに似合う、音のざらついたインターフォンの音である。しかし、この音だけでは翔太を動かすことはできなかった。二回目の音が部屋の中に響いたが、翔太は指ひとつ動かさずに瓶を見つめているだけだった。

 続いての音はノックだった。一定の間隔を開けて二回。さらに続けてノックがしたが、これも翔太の耳には届かなかった。

 ドアノブがひねる音。鍵のかかったドアが二度ほどぶつかる音。しばらくすると、鍵穴に鍵が押し込まれ、カチャリという音がした。錆びついたドアの独特の嫌な音がするが、翔太は動かない。

 「うわ、なにここゴミ屋敷じゃない!」

 嫌悪をあらわにした若い声がする。翔太が顔を上げればすぐに声の主を確認できるのだが、翔太はまるで気づいていないかのようにただ虚ろ気に瓶を見つめる。そんな翔太の姿を視界に入れたのだろう。先ほどの若い声が息を飲む。

 「あ、あのー……、尾崎翔太さん、ですか?」

 「…………」

 反応を示さない翔太に、若い娘は怪訝に眉を寄せると、足元に散らばったごみを部屋の隅に押し込み始めた。煩わしい音を立てながら、翔太へと続く道を作っていった。その騒音にも、翔太は耳を貸さない。

 娘がパタパタと小走りに玄関口へと向かうと、優しげな声音でこう言った。

 「こっちです」

 ギシリ、と二人分の体重を乗せた畳がきしむ音を放った。ゆっくりと、まるですり足をしているかのような音をたてて、二人が翔太のもとへと進む。

 「明菜さん、そこに座らせて頂戴」

 「はい」

 二人は軽いやり取りをすると、翔太の向かい側に立った。そして、明菜と呼ばれた娘が手を引き、先ほどの声の主をその場に座らせる。

 ぼやけた視界が瓶越しに座る人の姿を捕えた瞬間、翔太は突如として反応を示した。

 「そこに座るな!!」

 まるで吠えるような怒りのこもった声音とともに、翔太の体が勢いよく飛び上がり右手がその座る人物の肩へと伸ばされる。しかし、その殴るような速度で出された手は、ギリギリのところで反射的に腕を伸ばした明菜に阻まれた。

 「いっ、きなり何すんのよ!」

 「そこは杏子の場所だ! 杏子じゃない奴がそこに座るな!!」

 明菜の声など翔太は聞こえておらず、鬼のような形相で怒鳴る翔太は前のめりになった体制のまま今度こそ相手の胸倉をつかみあげた。明菜の短い悲鳴の後、翔太が追い出そうと再度叫ぼうとすると。

 「――――あぁ、やっぱりあなたは杏子ちゃんが言っていた翔太さんなのね」

 その静かな言葉に、翔太の今にも言葉を発そうとした口が、徐々に閉ざされ、やがて半開きになったころようやく、翔太の脳がその言葉を理解した。

 “杏子”という名に、翔太はやっと耳を貸し、そして見えていなかった瞳で自分が胸倉をつかみあげている人物を見た。

 相手は老人だった。細い首にしわだらけの顔、白髪の混じった髪。そして、開かれた瞳は濁り翔太よりもはるか遠くを見つめていることで、この老婆が盲目であることを知った。

 胸倉をつかみあげられた体制のまま、老婆は見えない瞳で翔太を見つめながら、言葉を発した。

 「初めまして翔太さん。私は里石と言う者です。杏子ちゃんに頼まれて、あなたに会いに来ました」

 盲目の老婆がそう優しげな声音で告げると、翔太は糸が切れたかのようにその手を里石から離した。すぐさま明菜が里石を支え、翔太を睨みながらも里石を慎重に座らせる。乱れた服を治してあげ、明菜は一度浅く頭を下げると、不安気な瞳で二人を交互に見た後玄関から部屋を出て行った。

 呆然と里石を見続けていた翔太は、バタンというドアの閉まる音によってようやく我に返り、たどたどしい言葉で里石に尋ねた。

 「……あんた、杏子のことを、知っているのか」

 「えぇ、昔から杏子ちゃんとは仲良くさせていただいています。もうかれこれ、二十年来の付き合いになるかしら」

 杏子が死んだのはそれよりももっと後だ。つまり、この老婆と出会ったのはすでに霊体となった状態だ。

 そこで、以前杏子の口から聞いた、一人の盲目の老女のことを思い出した。杏子が翔太を探し出すきっかけとなった、霊の存在がわかる老女。

 翔太の心臓が早鐘を打ち始めた。理由などわからない。だが、まるで焦っているかのような感覚に、翔太の今まで虚ろ気だった思考が活性化される。歯切れの悪い言葉も、なめらかとは言い難いが、それでも聞き取りやすいものとなる。

 「さっき、杏子に頼まれて来た、と言ったよな」

 「えぇ、一週間ぐらい前だったかしら」

 翔太はあいまいな記憶をさかのぼり、一週間前が杏子と決別した日だということを思い出した。おそらく、姿の見えなかった朝から翔太と現地で会う間に、杏子は彼女のもとへ出向いていたのだろう。

 ――――『知り合いのところにちょっとね。お別れを言いに行ってきたのよ』

 あの日交わされた杏子の言葉が思い出される。悲痛に眉をしかめたのは無意識のうちだった。

 盲目の彼女が翔太の表情に気付くはずもなく、里石は続けた。

 「久しぶりに私の家へやってきてね、私にあなたのことを話したのよ――――」

 


 古びた一軒家で、一人お茶を飲んでいたところ、杏子がやってきた。

 最初はただ久方ぶりの友人との会話を楽しんでいると、杏子が今日逝くという話を持ち出し始めた。それに落胆し祝いの言葉を言えば、杏子は翔太の話をし始めた。

 『あいつがまだガキの頃に出会ってね、それから十四年ずっと一緒にいたんだ。……あいつには悪いことしちゃったな。あたしのせいであいつの人生は普通じゃなくなった。あたしがいるから友達もいらないとか言ってね。あたしがいてもあいつはずっと独りよ』

 しばらく翔太と過ごした日々の思い出話を、杏子はとても楽しそうに話した。その溌剌とした声音は、生者との区別がつかないほどだったと里石を楽しそうに言った。

 『それでね、今日来たのはお別れをいうのと、それからお願いがあって来たの。あたしはもういなくなる。だからショータのそばにいることはもうできない。そりゃずっとショータと一緒にいたい。でも、そんなこと許されるはずがないし、第一ショータに悪影響だもん』

 『……ショータ君が、心配なのね』

 そう告げると、杏子はこくりと頷き、小さく『うん』と呟いた。

 『ショータはあたしに依存してる。あたしがいなくなったら、ショータはどうなるかわからない』

 十四年前出会った時がそうだったように、孤独に耐えかねて彼はまた死を考えるかもしれない。だが、杏子という死人と接するにあたって、自殺がいかに愚かなことかを彼は知っているはずだ。だからこそ、彼は苦しむだろう。

 『あたしが逝った後でも、ショータには元気でいてほしいの』

 彼女の表情が見えなくとも、わずかに震える声でわかる。幼くして命を失った彼女が、どれだけ彼の命を大切に思っているか。どれだけ、彼に生きてほしいと願っているか。

 『たぶん、別れるときいっぱいいっぱいで、ちゃんと話せないと思うから。――――だから、お願い』

 盲目の老女にとって、他者からの視線などわかりもしないだろう。だが、この時里石には、杏子がいかに自分のことを真剣に見つめているか、容易にイメージができた。

 『なるべく早めに、できれば一週間以内。それまでに、ショータの所へ行ってほしいの。そして、あいつに伝えてほしいの。あたしがどれだけショータと一緒にいられて、幸せだったか。どれだけ、あんたとの出会いに感謝したか。どれだけ、あたしがあんたのことを愛しく感じているか』

 


 

 「杏子ちゃんは、あなたに生きてほしいと言っていました。どうか、絶望の淵から出て、新しく強く生きてほしいと」

 人は、絶望に囚われたとき、第三者の手によって救われる。

 「自分との出会いから別れの時間を、“楽しかったあの頃”と呼ばないで」

 当事者同士では、何も状況は変わらない。

 「思い出を胸に、過ごした時間を糧として、これからを生きてほしいと」

 杏子は、それを知っていたからこそ、この老女に翔太を任せたのだろう。当事者である自分は、もう翔太の所へいけないから。

 「……翔太さん。思い出すのも辛いことかもしれない。でも、私の所へやってきた杏子ちゃんは、確かに私に“幸せ”を語ってくれたわ。どうか、杏子ちゃんのことを忘れないであげて」

 里石は机伝いに翔太のほうへやってきた。やがて翔太の気配が近づき、隣へと移動しその皺だらけの手で翔太の顔を探した。手を持ち上げ、空を彷徨いようやく翔太の頭に手が当たる。あぶらだらけの髪を撫で、やがて頬へと到達する。カサカサの、ところどころ湿った頬に手を当て優しく言った。

 「いつまでも覚えて、そして時々思い出して笑ってあげて。そうすれば、杏子ちゃんの魂はいつまでも平穏になれるわ。――――だって、あなたは杏子ちゃんの大切な家族なのだから」

 濁った瞳は確かに翔太を見つめていた。しかし、翔太は彼女の瞳を直視できないでいた。なぜなら、彼の視界は今ぼやけてはっきりしていなかったから。

 瞬きをすると、時たま視界が晴れるが、すぐに歪んでしまう。さっきから呼吸がままならない。喉が焼けるように熱かった。痛いほど眉根を寄せ、眉尻を下げ、ひどく情けない顔が、どうやっても治らない。

 常に礼儀を正せと叱ってくれた姿に、いないはずの兄を重ねていた。

 自分がいなくてはとたんに情けなくなる姿に、いるはずの弟を重ねていた。

 幼いころの面影を残し成長する姿に、いたかもしれない息子を重ねていた。

 杏子もまた、翔太と同じように家族を重ねていた。

 翔太は泣いた。自分と同じように思ってくれていたということが、心底嬉しくて。そして、そんな家族にはもう二度と会えないという悲しみで、翔太は泣いた。

 まるで子供の様に、しゃくりをあげて涙を流す。両手はズボンのすそを固く握りしめ、時折喉を詰まらせ咳をこぼし、呼吸が苦しくとも翔太は思い切り泣いた。大きく息を吸い、そしてガラガラの声を出す。

 里石は笑みを浮かべながら、翔太の傍を動かなかった。慰めの言葉など言わない。彼の中にいる杏子が、きっと彼をあやしているから。ただ、時折翔太の肩や腕に触れ、人の温もりを与えてやった。翔太が泣いている間、里石がしたことはそれだけだ。

 『ほら、泣いてばかりいないで、しゃんとしなさい!』

 いつだったか、出会い初めに言われた言葉が聞こえた気がした。忍び泣きで膝を抱えていると、すぐに駆け寄ってきて叱られた。しかし、すぐに触れもしないのに頭を撫でるふりをして、何度も慰めてくれたことを今でも覚えている。

 そんな声も、もう聞こえない。彼女は確かに、あの日逝ってしまったのだ。




 愛しい人よ。唯一の大切な家族よ。どうか泣かないで。涙を止めて、その顔に笑みを見せてほしい。そうすれば、心はきっと晴れるから。

 それでも泣いてしまうというなら、一緒に声を出して泣いてしまおう。別れを悲しもう。決して同じ場所では泣けないけれど、時間を共有できないけれど、それでも心が共にいたことを忘れないで。そして目一杯泣いた後、あの頃の二人を思い出して笑おう。

 どうか微笑んで、愛しい人よ。生者と死者の境を越えた、大切な人よ。


 そして胸を張って、声を大にしてこう言ってほしい。

 「出会えて幸せだった」と。





 「翔太さーん、荷物もうないですかー?」

 下の階に止まってある車のドアを閉めた明菜は、二階の部屋にいる翔太に大きく口をあけて声をかける。すると、錆びついた音をたてて玄関口から翔太が顔を出した。髪をきっちり整え、ひげもない。初めて出会った時の面影など、微塵もない。

 「これで大丈夫だ。悪いんだが、少し待ってもらえないか? 大家さんに鍵を返さなきゃならないんだ」

 「じゃあ、私車の中で待ってますね」

 「あぁ、ありがとう」

 また頭を引っ込めた翔太を見送り、明菜は運転席へ入り込み、荷物を運んでこってしまった肩をもんだ。次いで、息を吐くと窓からボロアパートを見上げる。

 「ま、こんなところでも何年も住んでたんだし、思い入れぐらいはあるわよねー」

 気長に待つか、と独り言をこぼして座席を後ろへ倒した。

 翔太は家具のなくなった、と言っても小さな本棚とちゃぶ台ぐらいしかないが、いつもより広く感じる部屋を見渡した。

 足元にあるのは、ゴミではなく古びた畳と自分のリュックがあるだけ。リュックの中は杏子が風呂敷につつまれて入っている。

 お世辞にも設備がそろっているとは言えない、小さなキッチン。薄いカーテンのかかった狭い窓。畳には家具の置いた部分がへこんでいる。この部屋には、確かに自分と杏子が存在していた。

 感傷に浸るわけではなく、ただ空っぽとなったワンルームを見つめる。すると、開け放たれた玄関から、人の気配を感じた。振り向くと、そこにいたのは大家だった。

 翔太はすぐに駆け寄り、頭を下げた。

 「お世話になりました、大家さん。その節はご迷惑をおかけしました」

 礼儀正しくそう言えば、大家は笑って片手を振った。

 「いいさいいさ。こっちこそ、気が利かないで悪かったね。お母さん、亡くなったんだろう?」

 「はい」

 この話は、里石と明菜が大家に説明してくれたらしい。もうこの家を離れるのだから、今更取り繕っても意味はないのだが、弁解は必要だと里石の言葉でこのような形となった。嘘は嘘なのだが、翔太にとってある意味事実なので、嘘をついたという背徳感は何もなかった。

 大家はさも同情するというように、もの悲しげな表情をした。

 「そりゃあ、辛くもなるさ。わけも知らずに、煙たがって悪かったね。もう大丈夫なのかい?」

 「はい」

 「そうかい。ところで、引っ越し先は寺なんだって?」

 「里石さんがよく世話になってる寺で、住込みで仕事ができると言われたので」

 「まだ若いのに出家だなんてねぇ」

 頬に手を当てて首をかしげる大家に、翔太は苦笑を返した。

 「相田さんにも、お世話になりましたと伝えてくれませんか?」

 大家は快く返事をし、鍵をと手を差し出した。

 「後で閉めておくから、もう少しここにいなさいな」

 気を使ったのか、鍵を受け取ると大家は下へと降りて行った。下から、明菜と大家の話し声が聞こえる。

 翔太はもう一度、部屋を見回した。何もない、誰もいない部屋だ。

 ここに、杏子はもういない。いるとしたら、天だろうか。

 里石が紹介してくれた寺は、幼少のころから世話になっていると里石は言っていた。霊感のある人間に理解ある場所だと言う。周りの目線を気にしながら過ごすよりも、そこへ行ったほうがこれからのためになるだろう。そう思ってこそ、翔太はこの誘いを受けたのだ。この力とも、前向きに向き合うために。そして、寺ならば杏子の遺骨もどうにかできるだろうと考えたのだ。

 「…………」

 翔太は長年世話になった、二人の部屋をしっかりと目に焼き付け、踵を返した。

 外に出ると、部屋の暗さとは違う太陽の眩しさに思わず目を細める。錆びついた手すりに手をかけ、眼下を見下ろすと、運転席にいる明菜がいる。わずかな家の荷物を乗せた車に、太陽の光が反射して眩しい。

 翔太は空を仰ぎ、濃い青の空を見つめた。

 (アンズ、俺はまだお前に向かって「ありがとう」とは言えない)

 彼女の消失を乗り越えられたとしても、やはりあの男の存在が邪魔をする。だが、翔太はそれでも空に向けて笑みを送った。

 (お前が笑えと願うなら、俺はいつまでもお前を思い出して笑おう)

 そして、天にいるであろう君を思い浮かべてこう言おう。



 「アンズ、俺は今幸せだよ」


 さぁ、人生の門出を祝っておくれ。愛しい人よ。

 


 

                


                              END    






 ≪おまけ≫


※ここから先は、「アンズのその後」です。他作品である『サイハテ』とリンクしているので、そちらを読んでからのほうが、世界観や登場人物についてわかります。

 死後の世界を構造しているので、苦手な方はお逃げください。







 「アンズ、俺は今幸せだよ」

 そう言った翔太の顔は、晴れやかそのもので、本当に幸福そうに微笑んでいた。

 その様子を双眼鏡越しに見つめていたアンズは、安堵のため息を吐いた。その瞳は細められ、彼をいかに心配していたかがうかがえる。

 「これで一安心だな、お嬢ちゃん」

 すると、横から男の声が聞こえ、アンズは手にしていた双眼鏡を男に渡した。

 「これ、ありがとね。助かったわ」

 「もういいのか?」

 「もういいの」

 「そうかい」

 男は返された双眼鏡のひもを首に回し、それを目にあてがった。その先にあるものは、ここの景色を見る限りただのビルなのだが、男は笑みをこぼした。

 「……へぇ、いい顔してんじゃないの、お前の弟さん」

 双眼鏡の向こう側には、現世が見える。教えてくれたのはこの男だ。そのおかげで、翔太のその後を見守ることができたのだが、弱っていく翔太を見て杏子は気が気じゃなかった。だが、晴れて今日から翔太は新たな人生の一歩を踏み出す。もう現世を見る必要もないだろう。

 「いいでしょ、あたしの弟。ちなみに、あたしの兄でもあって息子でもあるのよ」

 「一粒で三度おいしいってか。はは、いいねぇそれ」

 男は豪快に大口を開けて笑い、手にしていたウイスキーの酒瓶を仰いだ。

 「お嬢ちゃんも飲むかい?」

 「さすがに、一週間も飲んでると飽きたわ。ぶどうジュース好きだけど、もういいわ」

 「さすがガキだな。ぶどうたぁ、かわいいねぇ」

 「おじさんは見かけ通りね。見かけもウイスキーで中身もそうなんて、ひねりがないわ」

 「もともと俺のだからいいんだよ」

 そういうと、男はまた酒を飲む。いくら飲んでもなくならない中身を揺らし、男は続けた。

 「で、お前の現世での悔いはなくなったのか?」

 「そうね。本当の家族だってもう心配いらないし、翔太も安定してるものだし」

 「それにしてもおもしれぇよな。何十年も現世に囚われて、やっとこさ天国逝けると思ったら、またここだもんな。がっかりしたろ?」 

 「まぁね。でも、おかげで翔太のことが見れたわ。きっと、肉体的な悔いがあると現世に囚われて、精神的な悔いだけだとこちらに来るのね」

 杏子の体はバラバラとなって、すべてが見つかることが杏子成仏できる条件だった。それは現世にいなくてはできないこと。しかし、翔太を見守るというだけなら、こちらで双眼鏡を見るだけでいい。彼の傍へ行くことができないことは歯がゆかったが、逆にそれが彼のためとなるのだろう。また杏子が翔太のもとへいってしまったら、彼はまた杏子に依存してしまう。立ち直るには、決別することが必要だった。

 そう考えると、この死後の世界というのは、よくできてるものではないのか、と思える。

 杏子が思案にふけっていると、男がこう切り出してきた。

 「お嬢ちゃん、もう逝くのかい?」

 その言葉は、男の瞳を悲しげに揺らした。たとえたった一週間でも、共にいた時間は楽しかった。もう一度独りになると思うと、楽しい気分にはなれない。

 「そうね。そろそろ逝くわ。それにしても、こっちでもまた死ぬようなまねしなきゃいけないなんて。もうちょっとシステム考え直したほうがいいんじゃない?」

 「神さんにいちゃもんつけるたぁ、なまいきにガキだぜ」

 肩を揺らす男に、杏子は一度微笑み男の前へとやってきた。

 「ねぇ、おじさんも一緒に逝かない?」

 その誘いに、男は一瞬目を見開いた。しかし、すぐにその瞳は細められ、首をゆるく横に振った。

 「悪いな、お誘いはうれしいが、おじさんロリコンじゃあねぇんだ」

 「知ってるわよ、ここ1週間で聞き飽きたわ。……奥さん、待ってるんでしょう?」

 男の悔いというのは、現世に残してきた妻だった。自分が死んでからまだ5年しか経っていない。妻が天寿を全うするのは、あと50年は先だろう。その長い時を、独りきりで待つのは、辛い。

 だからこそ杏子は男を誘ったのだが、彼の妻と一緒にこの世を去るという約束は、強いものだった。

 「俺は、ここで家内を待ってるぜ」

 優しく微笑んだ男の顔は、翔太の目に似ていた。時折見せる、翔太が杏子を見つめる視線に。

 杏子は「そう」と言い、これ以上は男を誘う言葉は言わなかった。

 「それじゃ、いろいろとありがとね。双眼鏡とか、ここについて教えてくれ」

 「おうよ。もし弟君が早死にしたら、面倒みてやるから」

 「縁起でもないこといわないでよ」

 「冗談さ」

 二人して、互いに笑いかけ杏子は手を振って男と別れた。視界の隅に、酒を口に流し込む男が見え、微笑する。

 この場所はデパートの屋上だ。あとはただ、柵を越えて落ちるだけ。

 「……今度こそさよならね、ショータ」

 杏子は、どこからともなく吹く追い風に、長い二つ結びの髪をなびかせ、下を見る。この追い風は、何によって吹かれているのだろうか。悔いを亡くした彼女が吹かせているのか、それとも次の生命を生み出そうとする神の意志か。

 「今、“あたし”は終わる。ショータ、あんたの新しい人生を、あたしは幸せなものだと願うわ」

 杏子は眼下に広がる、街並みに向けて、足を空に投げた。

 「だからあんたは、次の“あたし”の幸せを、願ってちょうだい」


 愛しい愛しいあたしの家族。さぁ、あたしの新しい命を祝ってちょうだい。

 そして願わくば、新たな命で、今度こそ生者として、あなたを尋ねます。

 あたしだと分からなくとも、互いの存在が分からなくとも、どうか微笑んでほしい。

 

 そして、どうか新たな人生を送るあたしに、あなたの家族のことを話して。それで、“あたし”は幸せになるのだから。






                         END

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