#9:意外な存在
御堂が会社を出る事が出来たのは、遊弦が飛び出していってから1時間後の事だった。
立場のある役職はこういう時不便だ、と御堂は溜め息を吐き出す。
本当は柳のもとへ向かう碧を引き止めたかったし、そんな碧を追い掛けて行った遊弦の様に何かしらの行動を起こしたかった。
しかし、立場上仕事を抜ける事は叶わないし、私情を仕事に持ち込む事も本来なら出来ない。
結果、御堂に出来る事は何時も通りの仕事をこなして帰路につく事だけだった。
(損な役回りやなぁ…)
もう一度、深く息を吐き出してから御堂は煙草を口にくわえた 。
ライターで火を灯し、煙で肺を満たせば少しだけ気持ちが軽くなった。
吸い込んだ紫煙を吐き出せば、白く濁る視界。
その時、ベンチに座る見覚えのある姿を見つけ御堂は思わず「あ、」と声をあげた。
相手もその声に反応し、顔を上げる。
「あぁ…さっきの…」
「…御堂や。葉山の上司。」
「柳透耶です。アイツから聞いたかもしれないですが…」
「昔の友達、やろ?」
「はは。ま、そんなもんです。」
柳が少し身体をずらして場所を開けたので、御堂は遠慮なくその隣に腰掛けた。
「会えたんか?葉山には。」
「えぇ。後輩が来て拐われちゃいましたけど。」
「秋月か…」
その行動力が羨ましくもあり、妬ましい。
自分には出来ない事だから。
「御堂さんは、そーゆー事出来ない人?」
「…まぁ、立場上は出来へんな。」
「損っスね。」
目付きの悪さからもっと無愛想かと思っていたが、柳は意外とよく喋る人間だった。
御堂の表情で思っている事を汲み取ったのか、柳が苦笑いしてみせた。
「よく誤解されるんですよ。無愛想だ、とか。喧嘩売ってるとか。」
「自分、目付き悪いもんなぁ。」
「アイツだったんです…俺の誤解を解いてくれたの。」
アイツ、とは碧の事だろう。
普段の彼女を見てれば、納得がいく。
誰に対しても分け隔て無い、その姿を。
「そりゃ、惚れるわなぁ…」
その言葉に柳の表情が曇る。
何故柳がそんな表情をするのか御堂には解らなかった。
碧が好きなのは間違いなく柳で。
そして柳が好きなのも、ほぼ間違いなく碧の筈なのに。
「両想い、ちゃうの?」
「その時は…ね、でも俺は、それに気付けなかった。」
「どういう…事や?」
「敵に塩を送るみたいであんまり言いたく無いけど…俺、中学の卒業式でアイツの事をこっぴどく振ってるんスよ…」
意外な言葉に一瞬柳が何を言っているのか理解出来なかった。
ゆっくり反芻して漸く意味を飲み込む。
しかし、理解したとて沸き上がってくるのは疑問ばかり。
「なん…で?」
先程からまるで小さい子供のように、何故?何で?という言葉を繰り返している気がする。
しかし、それ以外の言葉が御堂の口からは出てこなかった。
しかし、それ以外の言葉が御堂の口からは出てこなかった。
そして柳もただ、淡々とその質問に答える。
「俺がガキ過ぎたんです…恋愛と友情の区別もつかない。」
柳がそう言って目を伏せた。
彼も彼なりの悩みを抱えて今日の日至ったのだ。
初対面で彼を睨み付けてしまった事を御堂は少しだけ後悔した。
「まぁ中坊なんて、友達と遊んでる方が楽しい年頃やしなぁ…」
「…あん時は友達として一緒に居るっていう選択肢しか、頭に無かったんスよね…今更後悔しても遅いけど、」
「っうか、そん時自覚されとったら、俺らに勝ち目無いやんけ。」
柳の目が大きく見開かれる。
意外と目大きいんやな、なんて事を御堂がぼんやりと考えていると…
次の瞬間盛大に柳が笑い始めたので、御堂は更に面喰った。
「ア、ンタ…、面白、い人…だな、」
「そ、うか?」
「アンタもアイツの事好きなんだろ?普通はあの後輩みたいな反応するんじゃ無いっスか?」
確かに、碧の事を好きな御堂としては柳の存在は確かに疎ましいものだろう。
過去に彼女が好きだった、そして今でも好きかも知れない相手なんて今更出て来て来られても迷惑以外の何者でもない。
御堂も最初柳を見た時は焦りを感じた。
しかし、実際にこうやって柳と会話してみると全てが全て憎むべきものではないような気がしたのだ。
その点では自分は遊弦より大人なのかもしれない、と御堂は思った。
「実際に話して、そうでもないんかな…って思ってん。」
「そ、ッスか。」
「まぁ大人や、っちゅー事やな。」
それが良いのか悪いのかは分かない。
変に考えが大人びていた所で、また損をするかもしれないのだから。
思うままに行動できれば、とは思うが積み重ねてきた歳がそうはさせてくれない。
それに今更そのスタンスは変えられないし、変えられるものでも無い。
その点で御堂は、遊弦ではなく柳に近い存在なのだろう。
だから何処となく彼に親近感を覚えるのかもしれない。
「負けへんよ。」
「それは…手強いっすね、」
「俺も本気やから。」
遊弦も柳も手強いライバルには違いない。
それでも彼女をどうしても手に入れたかった。
これ程までに誰かに執着した事は今まで無い。
初めてなのだ、誰かを欲しいと思ったのは。
「迷うなら、迷っとき。」
「…ッ、」
「その隙に俺が奪うから。」
立ち上がった御堂が不敵な笑みを浮かべた。
柳の目は少し戸惑いを含んでいて。
彼はまだ土俵に上がりきっていないのだという事を御堂は確信した。
「ほんならな、」
柳は何も言わなかった。
御堂は込み上げて来る笑いを噛み殺し、駅へと足を進めた。