#5:早く
強い力で抱きしめられ、耳元に落とされた言葉。
それは碧を動揺させるには十分だった。
良い上司だと思っていた御堂は今此処には存在しない。
居るのは男の顔をした御堂高志だ。
彼に好きだ、と言われれば断る女はまずいないだろう。
彼に気がない碧でさえ、この顔と声でこんな事を言われれば動揺しかない。
「ちょ…御堂さ、」
「…!」
ハッと我を取り戻した御堂が慌てて碧から離れる。
その顔は耳まで真っ赤だった。
「ごめ…!俺、なんちゅう事を…」
「や…そんな…」
「ほんまに…ごめん…アイツと喋ってんの見たら…思わず…」
御堂が余りにも慌てふためいているから、碧は思わず吹き出してしまった。
「びっくりしましたけど、大丈夫ですよ」
普通なら信頼していた上司にこんな事をされれば怒って道理だろう。
しかし、御堂の表情を見た瞬間そんな考えは無くなっていた。
好意を向けられるのは、悪い事ではない。
「さっきのは、中学の時の…友達です。」
それだけでは無いが、碧は言葉を濁した。
しかし、鋭い御堂は直ぐに気がついた様で核心を突いてきた。
「お前が恋愛する資格無いって言うてた原因…アイツ?」
碧が息を呑む。
沈黙を肯定と取った御堂は言葉を続けた。
「やっぱり、な…」
「柳のせいじゃないんです…私がアイツを裏切ったから…」
「葉山…」
言ったら急に涙が込み上げてきた。
あの日あんな事を言わなければ…
「御堂さん…此処で解散して良いですか?」
「アイツんとこに行くんか?」
「はい…」
今すぐ会いたい。
少しでも早く彼に謝りたい。
碧は御堂に深く頭を下げた。
「…わかった…」
「ありがとうございます!」
「その代わり、カタ付けたら俺との事も一度ちゃんと考えて欲しい…」
御堂の言葉に碧は顎を引いて頷く。
そしてもう一度頭を下げると、踵を返して柳の後を追った。
(確か、こっちに…)
携帯を弄り、先程交換したばかりの番号を呼び出す。
数コールした後相手が出た。
『はい』
「柳ッ…今、どこ?」
『仕事、良いのか?』
「もう、今日は終わりだったから…」
『そっか…じゃあ北竜駅のコンビニで待ち合わせよう。』
「うん…」
通話を切ると、自然に足が早くなっている自分に気がつく。
夢にまで見る程焦がれた相手と漸く言葉を交わせるのだ。
今は一秒でも早く柳に会いたかった。
「柳!」
「セージ、」
変わらず昔の呼び名で呼んでくれる彼に、また涙が溢れてきた。
「私…ッ、ね…私…」
「落ち着けって。取り敢えず、場所移そうぜ?」
柳が碧の肩を抱く。
大きな手が触れた部分が、火傷しそうに熱かった。