#43:向き合う
再開した日も、彼はこうやって真っ直ぐ気持ちをぶつけてくれた。
あの日も、何かがざわめく感じがした。
その手を取りたくなってしまうような、不思議な感じ。
はっきり出来ない自分に苛立ちを覚える。
柳や御堂に対しても同じように甘く疼く自分の心。
よっぽど尻軽なのか、と情けなくなった。
このまま縋ってしまいそうになる手を無理矢理引っ込め、その肩をそっと押しのける。
それだけで遊弦の身体は存外簡単に離れた。
「ごめん…」
今出す答えはきっと弱さを孕んでいる。
だから頭を冷やしてから答えを出さないといけない。
「今度こそちゃんと選ぶ…もう少しだけ、待って」
何だかんだと理由付けて結局また、逃げている。
とことん狡い自分に嫌気がさす。
それでも彼らは待ってくれているのだから余計に。
遊弦が口元を歪めて笑った。
無理に作った笑顔は緊張が滲んでいる。
「はは…望んでたはずなのに、いざこうなると怖いッスね…」
「…だね、」
碧も同じように笑ってみせた。
ぎこちなくとも、今はそうする他無かったから。
誰かを選べば誰かを失う。
後悔しない決断なんて、自分に出来るのだろうか。
「じゃあ…コーヒー飲んで、仕事戻ろっか」
「ッスね、」
何時の間にか入り終わっていたコーヒーをそれぞれのカップに注ぎ、碧はそれに口をつける。
口内に広がる苦味がざわつく心をほんの少しだけ誤魔化してくれた。
仕事は滞りなく終わり、定時には帰れそうだった。
心配していた藤森からの接触も無く、碧は少し拍子抜けする。
纏めた資料をホッチキスで製本していると、御堂が声を掛けてきた。
「お疲れさん。定時に上がれそうやな。」
「はい。」
「あー…その……この後、暇か?」
少し躊躇いがちに御堂が尋ねてきた。
特に用事は無かったので頷くと、御堂はほっとしたように表情を緩めた。
「忍が…ディナーコースの試作作ったらしくて…どうしても葉山に食べて欲しいんやて…」
「松田さんが?」
「おぅ。せやから、この後一緒に行かん?」
「はい。私で良ければ…」
その答えに御堂は少し複雑そうな顔をした。
「ええんか?」
「…はい、」
「二人で、行くんやぞ?」
そこまで言われて、御堂が何を言わんとしているかわかった。
「デート…って事ですか?」
「…そうや。だから…嫌やったら断ってくれても…」
「いえ、行きます。」
だから御堂が言い終わる前に碧ははっきりと言い切った。
答えを出すと決めたからにはもう逃げる理由はない。
「今度はちゃんと…御堂さんの話を聞きたいです。だから…行きます。」
「…わかった、ありがとう。じゃあ6時に正面入り口集合な、」
ほっとした様に笑った御堂はそのまま踵を返し自分のデスクへ戻っていった。
そんな後ろ姿を見送ってから碧も残った仕事を片付けるべく作業を再開した。