#42:ストレート
初めて会ったあの日からずっと好きだった。
迷う事無く、ずっと。
だからこの手は絶対に譲りたく無い。
「遊弦?」
困った様に眉を寄せた彼女を強く抱き締めた。
話は少し遡る。
少し早めの時間に出社してみれば、其処には既に先客が居た。
昨日も見た姿だが、二人きりになるのは久しぶりだ。
「おはようございます…」
「あ、おはよう。遊弦」
「今日からですか?」
「うん。迷惑掛けてごめんね、」
決して彼女の所為では無い。
それでも素直に仕事に穴を開けた事を謝罪出来る彼女はやっぱり凄いと遊弦は思った。
「昨日の…」
「あ、ごめんね!何か勢いで行っちゃって…」
「いえ…大丈夫だったのかなって…」
「多分…大丈夫だと思う。」
そう言いながら、碧は僅かに頬を赤らめた。
2人の間に何かあったのでは無いかと、否が応でも勘ぐってしまう。
「付き合うんスか…?」
「まさか…!」
「でも、柳さんとは別れたんでしょ?」
「それは、そう…なんだけど…」
戸惑いながら首を振る碧に少し安堵した。
それでも不安は残ったまま、遊弦の胸に痼りを残す。
「それより、まだ時間あるしコーヒーでも飲もっか。淹れて来る…」
気まずい空気を払拭するように給湯室へ碧が足を踏み出す。
その碧が目の前を通り過ぎていく瞬間、咄嗟に遊弦はその手を掴んだ。
「遊弦…?」
困った様にその瞳は揺れている。
「、なんで…」
溢れる言葉を止める事が出来ない。
「何で、俺を見てくれないんですか…?どうしたら、俺を見てくれるんですか…?」
掴んだ手を引き、そのまま彼女を抱き締める。
碧は抵抗もせず、ただその腕の中でじっとしていた。
それが余計に遊弦を虚しくさせる。
「柳さんと別れたって聞いて…やっと俺を見てくれるって思った…なのに、御堂さんがあんな事になって…碧さんに頼るしかなくて…結局、また俺は何も出来ないまま…」
想うだけで良い、なんて嘘だ。
格好をつけたいだけの強がり。
そんな鍍金はどんどん剥がれて、格好悪い自分自身を認めざるをえなくなった。
「めちゃくちゃ格好悪いッスよね…俺」
それでも…
「でも…碧さんを逃したら俺は一生後悔するだろうから…」
だから、何度でも。
「お願いです…俺を好きになって下さい。」
何度でも、
「馬鹿みたいでも、格好悪くても、何回でも言います。誰に聞かれても胸張って言えます。」
この手に入るのなら。
「貴女が、好きだって…」
何度でも言える。
これしか自分には無いから。
ーで、お前は直球ド真ん中ストレートでしか勝負出 来ない奴。
(そうだ…俺はこうするしかやり方を知らない。)
「遊弦…」
少しだけ碧が身じろいで、伸びてきた手がそっと背中に添えられる。
たったそれだけの事で心臓は張り裂けそうな程脈打つ。
ほんの少しでもこの想いは貴女の心に響いただろうか。
「碧さん…」
「うん‥」
何に対する返事かは解らない。
それっきり彼女は口を閉ざす。
二人はそのまま暫くの間、ただ抱き合っていた。