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Square  作者: AkIrA
38/44

#38:護る

大きな背中に身体を預け、心地良い揺れに身を任せる。

お蔭で足の痛みや冷たさは幾分マシになっていた。



「重くないですか…?」

「もっと重くてもええくらいやわ、」



斜め下にある御堂の表情は分からないが、その声はとても優しい。

拒絶されなかった事に安堵して、その背中に頬を寄せると御堂が小さく笑った。



「葉山は不思議やな…」

「不思議…?」

「人を惹きつけるって、言うんかな…」

「それは、御堂さんでしょう?」



優しくて、格好良くて、仕事も出来て。

色んな人に好かれている御堂の方がずっと魅力的だ。

碧がそう伝えると、静かに御堂は首を振った。



「良い人なんは外面だけや。それが、俺の処世術やったから…だから葉山とは違う。」

「御堂さん…」

「でも、お前に会うてから…それが、上手く出来んくなった…」



其処で会話は途切れ、御堂が碧を道の脇にある花壇の縁へ下ろす。

何時の間にか、会社の裏手まで戻ってきていたのだ。

離れていく体温に少し心許ない気持ちになる。



「ちょっと待ってて、車取ってくるわ」

「…はい」



碧の髪をくしゃり、と混ぜて御堂は駐車場へと入っていった。

その仕草はやはり優しくて、碧は自分の

鼓動が高鳴るのを感じていた。









 















『今日からこの部署に配属されることになりました、葉山碧です!宜しくお願いします!』


背筋をピンと伸ばし挨拶をする彼女は、大勢いる新人の中で群を抜いて目立っていた。

見た目とかは決して派手ではない。

でも、何処か目を引く物があった。



『じゃあ、葉山は…御堂に付いてくれ。』

『はい!』

『藤森は…』



自分の前に碧が立つ。

大きな瞳で見つめられ、体が硬直した。



『宜しくお願いします、御堂さん』

『此方こそよろしゅうな、ええ仕事、期待してんで?』

『はいっ』



碧がふわっと笑った瞬間。

人を「好きになる」という意味を初めて知った。


今まで恋人と呼べる相手は居たが、心から愛する事は無かった。

手を繋いだり、キスをしたり、抱き合ったり。

ただそれだけの関係。

愛おしいだとか、護りたいだとか…そんな感情は欠落していた。


だから自分は冷たい人間なんだとずっと思っていた。




『葉山、外回り行くで!』

『はいっ!…うぁ!』


走ってくる碧が突然躓いた。

デスクの陰で彼女の同期である藤森が足を引っかけたのだ。

御堂の位置からはその所作が見えていたので、彼女が転ぶ前に体が勝手に駆け出していた。

手を広げその体を受け止める。



『っぶな…大丈夫か?』

『っ…すいませ‥そそっかしくて…』

『…』



気付かない訳ないだろう。

抱き留めた御堂の腕の中、彼女は震えていた。



(言わへんのか…)



明らかに藤森は碧を虐めていた。

御堂にも判るくらい大っぴらに。

それでも、碧は一言だって弱音を吐かない。


その姿に、初めて人を護りたいと思った。

抱きしめる腕に力を籠め、藤森を睨み付ける。



『何度でも転んでええよ‥俺が助けたる。』

『御堂、さ…』

『そしたら、こうやってお前にも触れるし役得やん。』



悔しげに顔を歪める藤森を尻目に、更に碧を抱きしめた。

水面下で繰り広げられる冷戦。



『おい、御堂ー、あんまセクハラすっと訴えられるぞ?葉山に。』



事情を知らない御堂の同僚がその姿に突っ込んだ。

重いままだった空気が少し緩む。



『ぅ、それは困る…でも触り心地ええから離したくないなあ…』

『葉山ー、御堂の股間蹴飛ばせ。』

『ちょ、小嶋!そっちの方がセクハラやろが!葉山、聞いたらあかんで!』



クスクスと笑う碧に安心し、御堂はその体を解放した。

相変わらず藤森からは鋭い視線が向けられていたが、御堂は自分の体を盾にそれを遮った。



『御堂さん…』

『?』

『ありがとうございます…』



全てを知って耐える彼女を護りたいと思った。

自分の全てを賭けて。


彼女はきっと誰にも助けを求めないだろう。

悪意ある言葉に傷つけられても。

身を痛めつけられても。




『めっちゃ、可愛いな自分。』

『は…』

『俺と、付き合わん?』

『部長ー、御堂が葉山口説いてまーす!』

『ちょ、小嶋!?』




冗談で良かった。

それは、牽制を意味する告白だったから。


自分が碧を口説けば表立って手を出すことが出来なくなるだろう。

傍にいる口実にもなる。





『俺、葉山を本気で口説くから』

『うわ、御堂寒い!』

『うっさい!』




相変わらず藤森は不機嫌そうだった。

しかしそれで良い。

これは宣戦布告なのだから。


それに気付いたのか、藤森が腕組みをしながら腰を上げる。

醜く歪む口元に、碧がびくりと身を竦ませた。



『葉山ばっかりずるいですよぉ…?』

『好みやねん、一生懸命頑張る子が…』

『へぇ、じゃあ私も頑張ってみようかなぁ』

『…残念、計算高いのは苦手や、』




碧の肩を抱く手に力を入れ、御堂は藤森に笑ってみせた。

それは一種の使命感みたいなものかもしれない。




(俺が、彼女を護る…)




ただそれが、ずっと御堂の中核に残った。




























なのに。

今の状況で本当に彼女を護りきれるのか。

御堂は目の前に立つ女を睨み付けた。



「御堂さん、戻ってきてくれたんですね?」

「…お前の為や無い…」

「…あぁ、」



藤森が窓の外に視線を移した。

その視界に、花壇に座る碧を視界に捉える。

嫌な予感に御堂は表情を強ばらせた。



「成る程ね…」



勝ち誇ったかのように藤森が笑った。



「御堂さん、」

「っ、何…」

「3年越しの勝負でしたけど、私の勝ち。」



御堂のネクタイを掴み、藤森は自分の方へ引き寄せる。

人工的な香水の香りに噎せかえりそうだ。



「結婚しましょう?」

「な…」

「今から葉山に報告するんです。それで終わり…永遠の契約書にアナタは縛られる…」



これから先の人生は、ただの契約で終わり。

それは御堂の完全な敗北を意味する。

しかしそれしか、もう御堂に選択は残されていなかった。




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