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Square  作者: AkIrA
37/44

#37:知りたい事

年は取りたくないものだ。

30歳手前にしては、体力の有る方だと自負してはいるが何の準備も無しに走れば少々堪える。

たどり着いた高架下で、御堂は漸く立ち止まった。

切れた息を整えるように、数度深呼吸をする。


呼吸が落ち着くに従って、今度は思考が戻ってきた。

軽率な自分の行動を思い出して、溜め息を吐き出す。




「何やってんねん…俺…」




幾ら頭にきたからといって、殴る事はなかったのかもしれない。

抵抗の一つもせず、受け止めていた柳の方がよっぽど冷静だった。


抱えた頭を掻き毟り、御堂はスーツのポケットへ手を突っ込んだ。

くしゃくしゃになった煙草のケースから、一本を口にくわえて火を灯す。

吐き出した紫煙で視界が白く煙った。





『俺ら、今…別れたんで、』




どれほど自分が求めても、手に入れる事すら叶わなかった事をいとも簡単に柳は手放したのだ。

瞬時に頭へ血が上り、彼を殴り倒してしまったが。

どう考えてもやり過ぎだったかもしれない。


其処まで考えて、御堂はふと気付いた。





(アイツ…どんな顔、しとったっけ…?)



御堂が知る限り、碧の心には常に誰かの影があった。


好きな人はいない。と公言する割には何時も誰かを待っているような顔をする。


タクシー乗り場で出逢ったあの日。

その『誰か』が柳透耶であると、御堂は確信した。

そしてその後直ぐに二人は付き合い始めたのだから、間違いは無いだろう。

漸く両想いになれたばかりなのに…

彼女は泣いたりはしていなかっただろうか。

今になってそんな心配が頭を擡げる。




(遊弦も居ったし…大丈夫か…少なくとも…)



「俺より…ええか…」




溜め息を吐き出し、短くなった煙草を御堂は靴の裏でもみ消した。

頼りない街灯を何とはなしに御堂が見上げたその時…






「御堂さん!」



なんの前触れも無く、彼女が御堂を呼んだ。

息を切らせて、顔を紅潮させて。



「葉、山…お前、なんで…」

「良か、った…」



戸惑いながらも御堂が口を開くと、ほっとしたように彼女が笑う。

その額にはうっすら汗が滲んでいた。


彼女の手にはパンプスが握られていて。

足元に視線を落とせば、ボロボロのストッキングに包まれた足があった。

よくよく見れば、所々に切り傷が出来て血が滲んでいる。

御堂は俄かに表情を歪めた。



「ぁ…これ…は、ストラップ切れちゃって…走り難かったし…」

「阿呆か…怪我、しとるやんけ…」



まさか追い掛けてくるとは思わなかった。

靴を脱いで、裸足になってまで。



「秋月から、何か聞いたんか…?」



そうでなければ、わざわざ碧が御堂を追い掛けてくる理由がない。

藤森との事もばれたのかもしれない。

仕方の無い事の筈だが、心は更にざわつく。

そんな御堂を真っ直ぐ碧が見上げた。

 


「いいえ。遊弦からは何も…っていうより、聞く前に出てきちゃったんで…」



碧の言葉に御堂は驚いた。

何の理由も無く、彼女が追い掛けてきたとは思わなかったから。



「何で…」

「理由…要りますか…?御堂さんだって、私を何時も助…」

「それは…!」



御堂が声を荒げた。

聞いて居られなかったからだ。

御堂と碧では、根本的に違う。



「それは…俺には、お前の事好きやっていう下心があるからや!…お前とは、ちゃうねん…」



好きだから、欲しかった。

でも、彼女の心は遠かった。

だからせめて、護りたいと願った。

彼女が本当に好きな人と笑い合えるように、と。



「だから、アカン…こんな、どうしょうもない俺やなくて、柳君を捕まえとかな…それに秋月かて居るやろ…?葉山は、幸せにならな、アカンねん…それが、俺の願いやから…ッ、!?」



言い終わるとほぼ同時に、何かが投げつけられた。

それは碧が手に持っていたパンプス。

御堂に当たったパンプスは、それぞれ明後日の方向へ散らばった。



「御堂さんは…自分勝手です…」

「な…っ、」

「私の幸せは…私が決めます…!柳と離れたのは私の意志です…御堂さんの事も遊弦の事も、真剣に考えたいから!」



碧の目には、うっすら涙が滲んでいた。

彼女は必死に言葉を紡いでいく。



「2回も…御堂さんは私に自分の気持ちを伝えてくれたのに、私はまだ何一つ返してない…」

「!…お前、記憶が…」

「戻ってます。何で怪我したのかも、ちゃんと思い出しました…」



逃げることを許さない視線が突き刺さる。

真っ直ぐ見つめられ、何も言葉が出て来ない。

しかし此処で引いてしまえば、今までの決意が無駄になる。

御堂は唇を噛み締め、碧から目を逸らせた。



「なら、余計にや。俺から離れて幸せになり?返事はもういらん…」

「御堂さ…っ、」

「それとも…」



最後の手段だった。

碧の両手を掴み、高架下の壁へ縫い付ける。

痛みに彼女が小さく呻いた。



「それとも…葉山は俺を選びたいなんて、本気で思ってくれとんの?」

「…!」



動けない彼女の首もとへ唇を寄せる。

びくりと碧が身を竦ませた。

掴んだ手は僅かに震えていて、御堂は自嘲気味に笑った。



「震えとるやん…それが、本心やろ?解ったらこれ以上は関わらんといて…俺が、辛いねん…」



碧からゆっくり身を離し、御堂は散らばったパンプスを拾い上げた。

それを彼女に手渡そうとした時…



「嫌です…」



小さいながらも、碧はきっぱりと言い切った。

彼女はまだ震えていたが、その瞳だけは変わらず強い光を灯していた。



「私は、まだ…御堂さんの事何も知らない…これから知りたいんです…!」



その瞳に捕らわれる。

逃げることはもう出来なかった。



諦めたように溜め息を吐き出した御堂は、碧の前で背中を向けて腰を下ろした。

それが何を意味するのか解った碧が、恐る恐るその背中へ身を預ける。

そのまま彼女をおぶると、御堂はゆっくり歩き出した。



「取り敢えず、会社戻ろか…車で送ったれるし。」

「…ごめ、なさい…生意気ばっかり…言って…怒ってますか…?」



さっきまであれ程強気だった彼女が、そんな事を聞くから御堂は思わず笑ってしまった。

沈み込んでいた気持ちは、いつの間にか少し浮上していた。


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