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Square  作者: AkIrA
36/44

#36:怒り

『なら、遊弦君が私たちと遊んでよ?』



思えばあの状況は今の御堂と同じだった。


自己犠牲は確かに美徳だ。

しかし遊弦にはそれを選ぶ事がどうしても出来なかった。

だから余計に御堂の心が理解し難い。



このまま藤森と関係を持てば、二度と御堂は碧を好きだと言えなくなるだろう

ライバルである御堂がそうなれば遊弦に、とっては好都合の筈なのに、やはり素直に喜ぶ事は出来なかった。






『大丈夫なんか?手酷くやられたなぁ…』




彼もまた、碧と同じだったから。

見た目ではなく中身を見てくれる人間。

だからこそ、遊弦も御堂を上司として信頼していた。


信頼しているから、こんな結末になるのが許せないのだ。

もっと、正々堂々と向かい合いたかったから。


「ふざけんな…」


遊弦は体の横で握り締めていた拳を、もう一度壁へ打ち付ける。

じわり、と広がる痛みをそのままにオフィスを飛び出した。


























「送ってくれて、ありがとう…」

「あぁ。」

「…もう少しだけ、話さない…?」

「…だな、」



碧の家の近くにある公園の脇で車が止まる。

あれから気まずくなり、言葉を交わす事が殆ど出来なくなっていた。

しかしこのまま別れれば、また以前と同じだろう。

それを解ってか、碧の提案に柳も頷いた。

車から降り公園へと足を進める。

公園の中心にあるベンチに腰掛け、碧は空を見上げた。

柳もその隣で同じように空を仰ぐ。




「昔、こうやって…よく話したよな…」

「うん…時間忘れるくらい楽しくて、…っていうか本当に忘れて…夜中に帰ってお母さんに怒られた。」

「はは、あったな…俺、親父に殴られた。他人様のお嬢さんを連れ回すなって。」

「そうだったんだ…」



同じ時間を共有して、笑いあって。

周りの事なんてどうでも良くて。

あの頃はただ、楽しかった。



「知らない間に…大人になってたんだね…」




ぽつり、と落ちた言葉に柳が視線を碧へ向ける。




「私ね…柳に告白した時…凄く後悔した。」



碧が苦笑う。

視線を逸らすことも出来ず、柳はただその横顔を見つめた。



「あぁ、もうこの人の傍に居れないんだぁ…って思った。」

「俺も、同じ事…思った…」

「今、思えば…『好き』って意味を…私も良く解ってなかったのかも…」



友達として、なのか。

恋人として、なのか。

そんな気持ちもはっきりしないまま、伝えた想い。

今、冷静になって考えてみれば。

ただ傍に居たかっただけなのかもしれない。


思考が沈み、俯いてしまった碧の頭に柳の手がぽん、と置かれた。




「悪かったな…」

「え…?」

「あの時、ちゃんと…お前に本心を伝えれば良かった…そうすれば、」




柳がそこで言葉を切る。

見上げてみれば、彼は苦しげに表情を歪めていた。




「そうすれば…お前の枷にならずに、済んだのにな…」




『枷』という言葉はずしり、と重く碧の中に落ちる。

柳もそれを解って、優しく碧の頭を撫でた。




「…お前の事を愛してるのは俺だけじゃない。」

「柳…」

「見ないふりを…すんな。」




年下なのに何時も一生懸命、碧を護ろうと努力してくれる遊弦。

普段ふざけてはいるが、ここぞというときには必ず助けてくれる御堂。


2人に想いを告げられた時、柳を理由に逃げようとした。

柳を好きになることで罪悪感を誤魔化した。

自分の情けなさに涙が滲む。


再び俯いてしまった碧の肩を柳はそっと引き寄せた。




「本当は、手放したくねぇけどさ…お前が、迷ってるから…」

「!」

「御堂サンも秋月も…勿論お前も。このままじゃ、進めねぇ…」




確かに、記憶を失ったとは言え碧はまだ2人になんの本心も返していない。

このまま無かったことにして柳の傍に居れば楽なのだろう。

しかし…




「中途半端な別れ方すんのが、一番辛いって…お前が一番良く解ってんだろ?」




耳元で響く低い声は優しく、強い。

ぽたぽた、と大粒の雫が碧の太腿へ落ちた。

抱かれている肩が酷く熱い。




「葉山…」



柳にそう呼ばれ、それが合図だと理解した。

友達の『セージ』じゃない。

恋人の『碧』でもない。


それは此処から、新たに進むのだという気持ちの表れだった。

柳の手が離れていく。




「帰るか…、」

「…うん、」




碧が頷き、2人は立ち上がる。

車の方へ歩いていこうとした時、前を歩いていた柳の足が止まった。












「…御堂、さん…」




公園に入ってきたのは御堂だ。

名を呼ばれた彼が、緩慢な動作で顔を上げる。

しかし2人の姿を認めると、バツの悪そうな顔をして視線を逸らした。



「あ…、邪魔したな、悪い、」

「丁度良かった…御堂サン…話、良いっすか?」

「話?」



離れていこうとする御堂を柳が呼び止める。

電灯に照らされたその横顔は酷く青白かった。

普段の彼とは似ても似つかない。

しかし柳はそれに構わず言葉を繋げた。



「俺ら、今…別れたんで、」

「…は?」

「だから、別れる事にしたんですよ…」



その言葉の意味を理解するのと同時に、御堂の表情がみるみる険しくなっていく。

滅多にみることのない表情だ。



「なんやねん、それ…ふざけんなや…」



地を這うような声音で御堂が呻く。

もともと低い声が更に凄みを増長させる。

しかし柳は全く怯むことなく、御堂を見上げた。



「色々、考えて…今は離れるのが一番だと…」

「!」



次の瞬間。

御堂が柳の胸倉を掴み上げ、その横っ面を殴りつけた。

歯を食いしばる隙もなく殴られた所為で、柳の口内にはじわりと血が溢れ出す。



「俺は…葉山が入社してから、3年間…ずっとコイツを見てきた…誰かも解らん相手に焦がれるコイツを…!その誰かはお前ちゃうんか!?」



倒れていた柳に御堂が馬乗りになり、肩を掴んで地面に縫い付ける。

茫然としていた碧は其処で漸く意識を引き戻した。

慌てて2人に駆け寄り、御堂の腕を両手で

掴む。



「御堂さん!やめて!」



御堂の手の力が抜けた。

柳がゆっくり身を起こす。




「…すまん…」

「…ッ、いえ…」

「上手く…いかんもんやな…」




整った顔を歪めて、御堂は柳を解放した。

それを認めてから、碧も御堂の腕から手を離す。



その時、遠くから走り寄ってくる音が静かな公園に響いた。



「御堂さん…ッ、」

「遊弦…?」

「あれ?何で…碧さん…柳さんまで…」



状況を把握出来てない遊弦の横を、御堂が走り抜けた。

追い掛けようと、遊弦が振り向く。

しかし、何事か逡巡した後諦めたように手を下ろした。



「すげー血、出てますよ…?」

「…怒らせたんだ…仕方ねぇよ、」

「遊弦は、どうして…?」

「あぁ、御堂さんを…追い掛けてきたんスけど…」



遊弦が碧へ向き直る。

戸惑いがちに伏せた目に、影が落ちた。

弱々しく遊弦が呟く。



「御堂さんを…助けて下さい…碧さんにしか、無理だ…」



静寂に落ちた遊弦の声は、何処か切羽詰まっていた。


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