#35:きっかけ
理解できなかった。
御堂の事が。
何故自分を犠牲にして、感情を抑える事が出来るのか…
自分もあと7年経てば彼のように割り切ることが出来るのだろうか。
しかし考えれば考えるほど、『無理』だという結論にしか至らない。
苛立ちを誤魔化すように遊弦は頭を掻き毟った。
『あ、王子だぁ!』
『めっちゃ格好良いじゃん!』
『ね、お昼一緒に食べようよー』
自分の容姿が優れているかどうかなんて良く解らなかったが、昔から女子に好かれる顔だったのは事実だろう。
何もしなくても女子は寄ってくるし、それ目当ての男子に周りは固められていた。
遊弦の周りには常に人がいたのだ。
孤独とは程遠い環境な筈なのに、心はいつも満たされなかった。
『私、秋月君(の顔)が好きなんだ…』
『付き合って欲しいんだけど…(友達に自慢したいから。)』
『遊弦は本当に(女の子を集めるのに)良い奴だよな!』
常に括弧に囲われた言葉が聞こえてくるようで。
周りに人は沢山いるが信頼できる人間は幼馴染の真田翔太だけだった。
そしていつしか、繋がりを求める事を諦めていた。
だから碧を初めて見たとき、遊弦は自分の気持ちに驚いたのだ。
別にとびきりの美人というわけではない。
クラスに1人くらいは居そうな感じの普通に可愛らしい人。
なのに彼女から目が離せなかった。
封じ込めていた感情が溢れ出す様な感覚。
実際に彼女と接してみて、更に惹かれた。
媚の無い瞳。
彼女の言葉には裏が無かった。
ただ純粋に一人の人間として扱ってくれた。
彼女を知れば知るほど好きになっていったが、決定的な出来事は新人歓迎会の時だった。
「秋月君ってカッコ良いよね~」
「はぁ…どうも…」
「ずるーい!洋子!!私も遊弦君の隣座りたい!」
「駄目よ!私が先約!」
案の定女子社員に囲まれて遊弦は辟易としていた。
碧を目で探してみれば、同期らしき人と楽しそうに飲んでいる。
その光景に肩を落とすと、目の前にドン、と
ピッチャーが置かれた。
「?」
「歓迎会なんだし沢山飲んでね?潰れたらウチに泊まれば良いし!」
濃い化粧で塗り固められた女が笑う。
確か翔太の部署にいた先輩だ。
歓迎会、は建て前で。
泊まれば、と言うのが本心だろう。
こういう打算的な物言いは好きではないが、先輩なので無碍にも出来ない。
遊弦は諦めてグラスを差し出した。
「…ッ、」
30分程した頃だろうか。
急に体が重たくなる。
飲み過ぎないようにセーブしていた筈なのにも関わらず、だ。
「遊弦君、大丈夫?」
「…、」
だるくて口を動かす事も出来ない。
視線だけを上げて、遊弦は『やられた』と思った。
『横になりたいよね?』
気付けば周りは女子社員数人で固められていて。
彼女達は一様に皆、醜く笑っていたのだ。
何を飲まされたのかは解らないが、確実に何かは盛られた。
(だから、女は苦手なんだ…)
欲しい物のためには手段を選ばない。
このままでは確実に襲われそうだ。
想像するだけで吐き気がする。
何とか逃げようと起き上がろうとした時…
「遊弦!」
「は、やま…さん…」
小さな手に、腕を掴まれた。
見えなくても解る。
この暖かな手は彼女だと。
「アンタ達、自分が何してるか解ってるの!?」
「何よ、葉山!白けることしないでよねー」
怒りに目を見開いた碧が遊弦を庇うように立ち塞がる。
女達が面白くなさげに髪をかきあげた。
「遊弦はアンタ達の玩具じゃない!」
「はぁ?じゃあ、アンタのものっていうの?」
「違う!物扱いすんなって言ってるのよ!こんな…薬のませて動けなくして良いように扱って…最低よ!」
自分を護る小さな背中は震えていた。
それも無理はない。
たった一人で大勢を相手に盾になってくれているのだから。
「どけよ、葉山!」
「嫌よ…アンタ達なんかに大事な後輩を渡すわけにはいかない。」
―― ちなみに、後輩が出来るのも初めて。
嬉しそうに微笑んでいた碧を思い出し、遊弦は目頭が熱くなっていくのを感じた。
翔太以外の他人で初めて本当に大切にされている、と感じた。
その時、両手を広げて立っている碧に洋子と呼ばれていた女が手を振り上げた。
殴られる…
そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。
「!」
後ろから碧を抱きしめ、自分の腕の中に隠す。
振り下ろされた手は遊弦の肩に当たって弾かれた。
熱っぽい体は鉛の様に重たく自由が効かない。
それでもただ碧を護りたくて、抱きしめた腕だけは放さなかった。
「遊弦君…」
「頼む‥から、やめ、て下さい…、大事、な先輩…なんス‥よ‥」
「…なら、遊弦君が私たちと遊んでよ…?その身体、好きにさせて?」
とんでもない交換条件。
即答で『はい』とは言えなかった。
好きでもない人間とセックスなんか出来るわけがない。
黙り込んだ遊弦の腕の中で碧が身を捩った。
「何処まで腐ってるのよ!!」
「アンタには関係ないでしょ?」
「遊弦の優しさに付け込まないで!!」
「!さっきからアンタ何様のつもり!?」
遊弦の腕の中から抜け出した碧の髪を激高した洋子が掴みあげた。
それに続くように周りの女子たちが次々と碧の服やら腕やらに掴みかかる。
碧の着ていたブラウスが破れ、ボタンが弾け飛んだ。
余りの騒ぎに他の社員たちの視線が其方へ集まりだした。
「みんな見てるし、裸に剝いてやろうよ!」
「良いね、それー」
碧のブラウスは胸元から大きく肌蹴て中のキャミソールが見えている。
それでも彼女は引こうとしない。
酔っ払いだらけの中で、このままでは本当に裸にされてしまう。
止めたいのに遊弦の体は動いてくれない。
護る事すら叶わなくて、もどかしい気持ちでどうにかなりそうだった。
「そこまでや。」
その時独特な訛りが凛と響く。
視線を上げると、遅れてやってきたらしい御堂がスーツの上着を碧の肩へ掛けた所だった。
「ちょっとオイタが過ぎるんちゃう?」
「だって…」
「睡眠薬やな。アルコールと一緒に摂ったら効き目倍増や。」
長い指で空になった薬のシートをいじっている御堂に、女子社員達は顔色を青くして固まった。
「葉山も、女の子やねんからそんな恰好してたらあかんよ?」
「御堂…さん…」
「襲われんで?俺に。」
「…ッ、」
茶化して言う御堂に碧が思わず吹き出した。
碧が落ち着いたのを確認すると、今度は倒れている遊弦の前で膝を付いた。
「大丈夫なんか?手酷くやられたなぁ…」
「‥っ…」
俯いたままの遊弦の腕を引き起こし、肩へと掛けた。
遊弦より御堂の方が幾分身長が高いせいで半ば引き摺られる形になる。
「葉山、付き添って。ちょっと休ませるわぁ」
「はい!」
御堂は抜かりなく碧を呼びつけて、歓迎会の会場を出た。
そして遊弦はそのまま駐車場まで引き摺られ、車の中に押し込まれた。
「葉山も秋月も今日は帰り。送ってくから‥」
「はい…すいません…」
「…すんま、せん…」
後部座席に押し込まれた遊弦の隣に碧も乗り込む。
そして遊弦の頭を自分の膝の上に乗せた。
「葉山…さ…っ!」
「こっちの方が楽でしょ?」
他意はないのだろうが、少し気恥ずかしい。
しかし確かに膝枕をしてもらっていた方が楽だったので大人しく甘えることにした。
「お、ええなぁー葉山の膝枕。」
「御堂さん!ふざけないでください。」
「すまんすまん。」
面白そうに笑う御堂に、碧も笑う。
遊弦もその笑顔に漸く少し心が落ち着いた。
「俺の所為で…すいません…葉山さんに、迷惑…」
「迷惑な訳ないでしょ?謝らないで。」
「だって、もうちょっとで…」
「裸になろうが、殴られようが、私は遊弦を護るよ。」
碧の指が遊弦の髪を優しく撫でる。
今度こそ涙が溢れた。
「遊弦がちゃんと一生懸命仕事してるの見てる。優しいのも思いやりがあるのも知ってる…」
「葉山…さ…」
「大事な大事な後輩なんだから…迷惑なんて思うわけがないよ。」
溢れた涙を隠すように腕で目元を覆う。
初めて感じた暖かさを、もう求めずにはいられなかった。




