#31:きっと
涙を流しながら、真っ直ぐ前を見ている彼はとても儚げだった。
慌てて鞄を探り、ハンカチを取り出す。
それを彼の頬にそっとあてがった。
「情けねぇな…」
ぽつりと呟いた後、柳はハンドルを大きく切り車をコンビニの駐車場に押し込む。
乱雑に止められたそれは白線から大きくずれていたが、直す素振りも無くエンジンは切られた。
「透…」
「好きだ…」
碧の言葉を遮り、はっきりと柳は言った。
胸が張り裂けそうなくらい鼓動は早い。
グイッと引き寄せられ、碧の体は柳の腕に収まった。
ダイレクトに伝わる温もり。
見た目より柔らかい彼の黒髪が首筋を擽った。
引っ張られた所為でシートベルトが少し体に食い込んで息苦しさを感じる。
それを察したのか片手で柳がシートベルトのロックを外してくれた。
そんなさり気無い仕草にすら鼓動は更に高鳴る。
「透、耶…」
「…ッ、」
柳が息を呑む。
碧の位置からはその表情を窺い知ることはできないが、まだ泣いているのではないかと思った。
宥めるように手を伸ばし、その背中をそっと抱きしめ返す。
すると柳の腕は更に力を持って碧の体を抱きしめてきた。
「解らねぇ‥んだ、俺は、本当は、どうしたいのか…」
柳の声は震えていた。
「思い出して欲しい気持ちと、忘れて欲しい思いと…混ざってて、それでもお前が、好きで…」
縋るように抱き締められ、切ない気持ちになる。
好きだ、と言われると泣きたくなる。
説明のつかない気持ちが息を詰まらせる。
「格好ばっかつけて、…その癖、秋月や御堂さんに取られたく無くて…馬鹿みてぇに足掻いてみたり…」
柳の独白は止まらない。
まるで胸の中を全て吐き出すかのように。
「自信が無くて、お前に試すような事…言ったり…なのに、お前は真っ直ぐで…何も変わって無くて…だから…俺はお前に不釣り合い…だ、」
何故、彼が其処まで自分を卑下するのかが判らない。
贔屓目無く見ても、柳は魅力的だ。
目つきは怖いが、顔は整っている。
ぶっきらぼうに見えて、実は優しい一面も持っている。
もっと関われば、きっと好きになっている…
(きっと好きに…なっている?)
自分の思考に違和感を感じる。
その瞬間…
--俺は、お前とは…ずっと友達で…
コマ送りの映像が脳裏を過ぎる。
学生服の自分と柳の姿が。
しかし、それは本当に一瞬で掻き消えた。
知らずと柳の服を握り締める指に力が籠もる。
「碧…?」
「友達…で、居たかった…?」
「!?」
柳の肩がびくりと揺れた。
温もりが離れて、正面から見た彼の目は酷く後悔を孕んだ色をしていた。
思わず口だしてしまった言葉は完全に失言だったようだ。
「思い…出したのか?」
「…一瞬だけ…」
もし、浮かんだ映像が本物だとしたら…
あの冷たい視線が自分に向けられたものだとしたら…
目の前が真っ暗になる。
「…碧…!」
その瞬間、強い力で肩を掴まれた。
漸く正面から見た彼はもう泣いてはいなかった。
「何で…一番思い出して欲しくない事を…、真っ先に思い出すんだよ…」
「…ぇ、」
「しかも、それだけ…って、」
浮かぶのは自嘲気味な笑顔。
何かを言わなければ、と思うのに言葉は出てこなくて。
ただ真っ直ぐ見詰める事しか出来ない。
このままだと、無言を彼はきっと誤解するだろう。
そして誤解をしたまま、また自分を卑下するのだ。
(…それは、嫌だ…)
そう思っていたら、目の前にある顔にそっと両手で触れていた。
「透、耶は…優しい人だよ…」
「みど、り、」
驚いたように目を見開く柳の唇に自分の唇を寄せた。
この唇から全てが伝われば良い、そう願いながら。
(私は、透耶のこと…きっと好きになるんだ…)
それは確信に近い予感。
遊弦と御堂の顔が一瞬浮かぶ。
心の中で謝罪を繰り返しながらも碧はもう一度柳に口付けた。