#28:残酷な優しさ
「今日は本当にありがとうございました。」
「…ぁ、うん‥」
目的地まであと僅か。
レストランを出てからずっと無言だった空間に耐え切れず碧が言葉を紡いだ。
しかし御堂の耳にその言葉は届かず通り過ぎる。
『あの子に必要なのは何か、無い頭使ってちゃんと考えろ。それがお前の役目だろうが』
忍の言葉は何時だって重たく御堂の心を抉る。
好きな子の気持ちを最優先に考えて行動に移せない、という美談も彼にかかればただの『根性無し』だ。
言葉や言い方は悪いが、正論なので言い返すことも出来ない。
店を出てから此処までずっと考えて、まだ答えは出ないが決心は着いた。
すっかり重くなってしまった口を無理矢理動かす。
「葉山は…」
ずっと黙っていた所為か、声は思った以上に掠れていた。
それはもう、情けない程に。
しかし、此処で言葉を止める訳にはいかない。
「葉山は、何時だって一生懸命で…真面目で、…お気に入りの後輩やった…」
「御堂さん…」
「でも、何時からやろ…ただの後輩とは思えんようになってた…」
車のブレーキを踏んで、路肩へと寄せる。
助手席に座る碧に真っ直ぐ視線を向けた。
「今、お前にこんなん言うのは狡いんやろな…」
「…っ、」
「でも…ごめん…好きや…」
御堂の指が碧の頬を撫でた。
視線を逸らす事が出来ず、時間が止まる。
碧は大きな目を見開いて、御堂をじっと見詰めていた。
「二回目やな…告白すんの。」
「二、回目…?」
「…」
碧が首を傾げる。
何かを思い出すかのように、その目の奥は揺らいでいた。
それをみて、御堂は柔らかく笑う。
「御堂さん…?」
「俺は知っとるよ?葉山が幸せになれる方法。」
柳透耶が現れたあの日。
自分は既に失恋していたのだ。
気付きたく無くて、格好つけて。
口では色々足掻いてはみたものの、それは単なる体裁だけだ。
良い人ぶって、本当に手に入れる為の努力なんかしてこなかった。
遊弦のように足掻く事も出来ず、ただ淡々と目の前の出来事を処理することしか。
「お前に、『良かったな』なんて…言った時点で、俺は戦う資格を無くしてたんやな…」
「御堂さん…話が、見えないんですが…」
「うん‥そやな…ごめん、でも、何時か分かるから…」
この子を幸せにするのは自分じゃない。
でもその手助けぐらいはさせて欲しい、そう願うのは傲慢だろうか。
「最後に、ちゃんと言っときたかってん…」
「…」
「碧の事が好きや…誰より。」
吸い込まれそうな綺麗な目。
碧は思わず息を呑んだ。
その瞳の裏側に隠れているのは強い決意。
何なのかは解らないが、それはきっと悲しい決意。
「御堂さんの気持ちは嬉しい…でも偽物の私じゃ、答えは出せないです…」
「お前は一言、『ごめんなさい』って言えばええんや。」
「でも‥!それじゃ…御堂さんは…!」
「ええよ。それで俺は前に進める。」
御堂が優しく碧の頭を撫でる。
そうされる事でますます言葉は詰まる。
溜息を吐き出すように、御堂は苦笑した。
「碧は…優しい子やね‥」
御堂はそっと碧を引き寄せた。
突き飛ばすことも、身を捩ることさえもしないで大人しく腕に抱かれる碧に。
御堂は悲しげな笑みを深めた。
「でも、残酷や…」
御堂の言葉に碧はただ押し黙る事しか出来なかった。