#27:好き
「遊弦」
「翔太!」
昼休み、社員食堂で遊弦に声を掛けてきたのは翔太だった。
翔太は当たり前のように遊弦の前に陣取り、『いただきます』と手を合わせた。
「お、Aセット?良いな~」
「売り切れてた?」
「ん。やっぱ12時でダッシュしねぇと無理だよなぁ。」
「だよな。」
Aセットのメインであるロースカツ。
遊弦はその最後の一切れを翔太の皿へと乗せた。
不思議そうに翔太が遊弦を見上げた。
「やる。」
「サンキュ…てか、何かあった?元気無いじゃん。」
「…うん。まぁ…」
気にかかる事は唯一つ。
今日休んでいるあの2人だ。
「あの人絡み?」
「…今まで…恋愛にこんな手こずった事無いんだけどさ…」
「嫌味な奴だなー」
「そう言うんじゃなくて!」
誤解を招く言い方だったようで、翔太が白い目で遊弦を見詰めた。
慌てて遊弦は取り繕う。
「そうじゃないんだ…」
「?」
「俺、今まできっと本気の恋愛したことなかったんだよ…だから苦労したこともなかったんだ。」
碧を見ると苦しくなる。
その笑顔は独占出来ないものだから。
「どうすれば、あの人が幸せになるかなんて始めから解ってる。でも…」
「……遊弦…」
「頭では解ってても、駄目なんだ…俺も、御堂さんも。」
だから、苦しい。
碧の幸せには『柳透耶』という人物が必要不可欠で。
しかし、柳と碧がうまくいくということは遊弦の想いは破れるということだ。
それは想像もしたくない現実。
遊弦は空っぽになった皿に視線を落とした。
いつか自分の心もこの皿のように空っぽになってしまうのだろうか。
偉そうな啖呵を切って、結局は何も出来ないのでは無いか…
思考が沈みかけた時、翔太がぽつりと呟いた。
「足掻くのは、悪い事かな…?」
「え…」
「何もせずにあっさり諦められる程度なら、最初っから好きにならなきゃ良い。それが出来ない程の気持ちだからみっともなく足掻くんだろ?」
翔太は貰ったカツを頬張りながら、箸で遊弦を差す。
「何かに執着してるお前、俺は結構好きだけどな。」
「翔太…」
「学生ン時、王子とか呼ばれてた時よりは今のが人間っぽいし。」
「それは…思い出したくもねぇよ…」
「あはは。お前女子嫌いだったもんなぁ…だから一目惚れとか言った時、吃驚した。」
「そう言えば…そう…か、」
ふ、と。
碧が何故自分にとって特別なのか解った気がした。
一目惚れしただけなら、柳が現れた時点で諦めていた。
こんなに彼女に執着する事は無かっただろう。
それでも諦められなかったのは、彼女が唯一自分の本質を見てくれる女性だったからだ。
外見でなく、遊弦の中身を。
「やっぱ、碧さんは‥特別なんだよな…」
「ベタ惚れだな。」
「あぁ…すっげー好き…」
自覚した恋心はもう今更消せない。
ならば、遊弦に出来るのは諦めない事だけ。
叩いた大口を実行するしかないのだ。
「まだ、悩むけどさ…考えてみたら、俺にはそれしかねぇんだよな…」
「まぁ、諦めざるを得ないくらいフられたら慰めてやるよ。」
「もう、フられてんだよ!」
「マジで!?」
いつの間に、と翔太が驚きを隠せない様子で呟いた。
「一昨日…彼氏紹介された。」
「そっかー…ま、どっちにしろ諦める気無いんだろ?じゃあ、良いんじゃね?足掻けるだけ足掻いてみればさ。」
「…あぁ、そうだな…」
未だ答は出ないが、それでも少しは気が楽になった気がする。
遊弦は翔太に心の中で感謝した。