#25:レストラン
好きだ、と。
そう自覚したのは何時だっただろう。
初々しいリクルートスーツに身を包んで、真っ直ぐ自分を見上げてきたあの瞬間。
その時には、もう彼女に堕ちていたのかもしれない。
「御堂さん…?」
大きな目でじっと見詰められて。
心の奥底まで覗かれているような気分になる。
これ以上は、駄目だ。
「なんて、言い訳やな。」
咄嗟に誤魔化す。
誤魔化し切れていないのなんて分かっていたが、そうする他無かった。
半ば無理やり話を打ち切り、碧をレストランへと押し込む。
碧はまだ何か言いたげな表情ではあったが、御堂はそれに気付かないふりをした。
「いらっしゃいませ。御堂様。」
ウエイターが恭しく頭を下げ、二人を案内する。
案内された座席は海が一望できる特等席だ。
「御堂さんは、良く来るんですか?」
「休みの日とか一人で寂しくな。オーナーが同級生やから、良おしてくれんねん。」
「全くだ。」
ドリンクを運んできた男が溜息を吐き出す。
サングラスをかけ、髪をオールバックにした彼は何時見てもレストランのオーナーには見えない。
せいぜい町のチンピラだ。
「お前なぁ、そんなナリやから客付かへんねんで?」
「ホストみてぇな、お前に言われたかねぇな。関西弁。」
「酷!」
何時も通りのやり取り。
しかし、目の前に座る碧は目をまん丸くして二人を見ていた。
何処か可笑しな所があったのだろうか、と御堂は不安になる。
「葉山…?」
「いえ…上司じゃない御堂さん見るの、なんか新鮮で…」
笑いだした碧に、御堂は拍子抜けした。
嫌われた訳でないなら良い。
釣られるように御堂も笑った。
「へぇ、貴志のお気に入りって君か。」
「いや…そんな、」
「申し遅れたな、俺は松田忍。御堂の大学の時の同級生だ。」
「あっ、私は葉山碧です!御堂さんの会社の後輩で…」
深々とお辞儀をした碧に、忍が口元を綻ばせる。
そして、流れるような動作でサングラスを外し胸ポケットに仕舞った。
彼の色の無い右目が露わになる。
それは彼の最大のコンプレックスだ。
珍しい事もある、と御堂は驚いた。
「可愛いじゃん。貴志なんかやめて、俺にしとかねぇ?」
碧の顎を持ち上げて、艶っぽい声を出す忍。
慌てて御堂は忍の手首を掴んだ。
「可愛い子をあんまりからかうモンやないで…?」
「本気だったら良いか?」
「阿呆!良いわけあるか!お前にナンパさせるために連れてきたんちゃうぞ!?」
碧から手を放すと忍は再びサングラスをかけ直した。
「男の嫉妬は見っともねぇぞ?」
「わかっとるわ!」
碧のグラスにはワインを、御堂のグラスには葡萄ジュースをワザとらしくなみなみと注ぐ。
「ごゆっくり。」と言い残し忍は厨房へと消えていった。
「あかん。アイツは気に入った子には手ぇ早い…」
「私を…?」
「めっちゃ気に入ったらしいわ。」
連れて来るんじゃなかった、と今更ながら後悔した。
忍は目が悪い代わりに、人の空気を読む事に関しては神がかっているのだ。
そんな彼が碧を気に入らない訳はない。
「良い人ですね、松田さん。」
「んー…まぁな。基本的には良い奴やねんけど‥ドSやで?」
「誰がだ。」
料理を運んできた忍が御堂の椅子を蹴る。
「余計な事言うならお前にはやらん。」
「横暴や…」
「五月蠅い。」
何だかんだ言いながらも、忍はイタリアン料理を二人の前へ置いてくれた。
若干量が多いのが気になる。
食器が3人分に増えているのも。
そして案の定。
忍は椅子を引いて二人の間へ座った。
「何で座るん?」
「俺も昼飯まだなんだ。」
「裏で食えや…」
「俺の店だ。何処で食おうと俺の自由だろ?」
睨み合う御堂と忍。
碧がその空気を割るように呟いた。
「すっごい美味しそう…頂いても良いんですか?」
キラキラと瞳を輝かせて料理を見詰めている碧。
忍が思わず吹き出した。
「おう、食え!自信作だ。」
「コイツ、料理の腕だけは確かやからな!」
「頂きます!」
目の前に置かれたパスタを一口食べて、碧が忍を見上げる。
「美味しい…!」
「…!」
本当に幸せそうに碧が笑う。
少しは償えたのだろうか。
心の奥底で燻る罪悪感を隠すように、御堂も目の前に置かれた料理を頬張った。
美味しい筈の料理は、何時もより味気なく感じた。