#24:言い訳
「すいません、御堂さん…わざわざ来てもらって…」
「ええよ、俺が来たかっただけやし。」
退院の日。
車で迎えに来てくれたのは御堂だった。
実際の所、上司に迷惑を掛けては、と渋る碧を半ば強引に御堂が押し切る形ではあったが。
「遊弦も来る言うてごねててんけどな、仕事サボる勢いで。」
「あははっ、遊弦らしいですね、」
「撒いて来たったけどな。今頃拗ねとんちゃう?」
「目に浮かびますよ、その姿。」
他愛の無い話をしながら、2人は車に乗り込んだ。
エンジンが掛かり、車はゆっくり進み出す。
御堂の趣味なのか、洋楽のロックが軽快なリズムを刻み始めた。
CMで使用されるメジャーな曲から、アルバムのみ収録のマイナー所まで様々な曲が流れる。
「好きなん?」
「え…」
「さっきから、楽しそうにしてたから…」
言われてから、碧は初めて自分が指でリズムを取っていた事に気づいた。
「何だか、懐かしい気がしたんです…」
「そぅか、俺も好きやねん。」
御堂が煙草を一本くわえてから窓を開けた。
少し冷たい風が髪を揺らす。
「なぁ、葉山。ちょっと寄り道せぇへん?」
「私は良いですけど御堂さんは大丈夫なんですか?」
「今日は1日有給取ったんや。葉山が嫌やなければ‥やけど…」
別に嫌な理由は無い。
今までだって、何度となく御堂とは食事に行ったりはしていた筈だ。
なのに、何故かは解らないが胸はもやついていた。
「葉山…?」
「ぁ、いえ…御堂さんさえ良ければ。」
「俺は何時でも大歓迎やで。」
悪戯っ子のように御堂が笑う。
釣られるように碧も笑った。
「んじゃ、行こか。」
「はい。」
車は信号を左折し、碧の家とは反対の進路をとる。
通り過ぎて行く景色を横目で見ながら、消えない違和感を誤魔化すよう碧は小さく溜め息を吐き出した。
一時間程走って、車は漸く止まった。
其処は海沿いにある小洒落た感じのレストラン。
「凄い…こんな所あったんですね!」
眼前に広がる青い海にはしゃぐ碧を見て、御堂は嬉しそうに微笑んだ。
「お気に召してもらえましたか?お嬢さん。」
「はい!」
嬉しそうに頷いた碧の手を、不意に御堂が引き寄せた。
バランスを崩した体はあっさりその腕の中に収まる。
「御堂…さ、」
「こんな事ぐらいしか出来んで…ごめんな、」
耳に届く声は、驚く程弱々しかった。
何時もの御堂からは想像もつかない。
「…上司って立場が無かったら良かった…そしたら…」
その言葉の続きは何時まで経っても聞こえなかった。
不思議に思った碧は身を捩ってその顔を見上げる。
御堂は今にも泣き出しそうな表情で、碧を見詰めていた。
胸が重苦しい何かで潰されそうになる。
「御堂さん…」
「なんて、言い訳やな…」
御堂の腕が解かれ、離れていく温もり。
「また、セクハラしてもうたな。」なんて、冗談を言いながら彼は笑う。
痛々しいその笑顔に、碧は何も言うことが出来なかった。