#19:嘘
「遅いな…」
時計を見上げて、御堂は呟く。
確かに、印刷を任せた資料は少ない量では無い。
それにしても、だ。
「御堂さん?」
「悪い、ちょっと席外すわ。」
嫌な予感に駆られ、御堂は部屋を飛び出した。
地下の印刷室に辿り着くと、規則正しくコピー機が駆動している。
それに少し安心して中を覗き込んだが…
「藤、森…?」
「あ、御堂さん!」
其処には碧では無く、藤森が立っていた。
しかも彼女が刷っている資料は、御堂が碧に任せたものだ。
疑問が頭を埋め尽くす。
「葉山さん、用事が有るからって私に押し付けて行ったんです。」
「葉山が…?」
「酷いですよねぇ?」
ニコニコと綺麗な笑顔で藤森がそう言う。
しかし、その言葉には違和感しか感じない。
「嘘、吐くなや…」
「え…?」
「葉山は頼まれた仕事を投げ出したりせぇへん。お前が…何かしたやろ?」
御堂の言葉に藤森の顔が歪む。
「御堂さんは、葉山を信用しすぎですよ…」
「それはアイツが信用に足るだけの事をしてきたからや。」
「御堂さんは葉山の事何も知らないじゃないですか!!あの女、秋月と手を繋いでたんですよ?」
詰め寄ってくる藤森の肩を掴み、御堂は視線を合わせた。
大きな目からは今にも泪が零れ落ちそうだ。
「そうやとしても、仕事とは別や。上司として、俺は葉山を信用してる。」
「上司?男として、の間違いじゃないんですか?」
「…否定はせんよ…好きな人間を信用出来ん奴に、俺はなりたくない。」
真っ直ぐ藤森を見詰め、諭すように話し掛ける。
居心地悪そうに、藤森が身を捩った。
「葉山がどんな奴でも、俺は自分の目で見たアイツに惚れたんや。」
「…っ、」
「頼むから教えてくれ…俺にお前を恨ませんといてくれ…」
顔を伏せた藤森が小さく『ずるいですよ』と呟いた。
スーツのポケットから取り出された小さな鍵。
それは地下倉庫の鍵だ。
震える手で藤森がそれを差し出す。
受け取ろうと御堂が手を伸ばした時、藤森が不意に顔を上げた。
「…嫌いに、ならない…で下さい…」
「藤森…」
絞り出された声はか細く頼りない。
「御堂さんに嫌われたら…私…っ、」
「…好いてくれることは嬉しいけどな…今の俺には、おまえの気持ちを汲んでやれるだけの器量が無いねん…」
「それでも、良いんです…私は…」
「ごめん…この話は葉山の無事を確認してからや。」
藤森の絡みつく視線を振り切って御堂は踵を返した。
その後ろ姿を見送ってから隠し持っていた目薬を指で遊ばせる。
中々手強い相手だ、と藤森は小さく舌打ちをした。
今までの男達は此処までやれば簡単に靡いたのだから。
「泣き落としも、駄目かぁ…」
次の手を打たなければならない。
藤森は蠱惑的な笑みを浮かべると、エレベーターへと足を進めた。