#16:あだ名
遊弦が去ってからも、柳は心の何処かで引っ掛かりを感じていた。
自分達の関係を真っ先に報告したいと、碧が指定したのが遊弦だったという事も。
はっきりと「諦めない」と宣言してきた遊弦の事も。
やはりただの先輩後輩の間柄では無かったのだろう。
碧は柳の目の前で遊弦をはっきり振った。
それで何もかもが解決する筈だったのに。
碧の何一つ、手に入っていない気すらした。
「柳…?」
この腕に抱きしめてみても。
まっすぐ見詰められても。
「ごめんね。付き合せちゃって…」
「良いよ、けじめだろ?」
「ありがと…」
微笑まれても、微笑み返しても。
胸の痞えは無くならない。
そもそもちゃんと笑えているのだろうか。
この心の内を上手く隠して、彼女を不安にさせていないだろうか。
しかしそんな考えも一瞬にして消し飛んだ。
「柳、なんか…変だよ…?」
昔からそうだったのだ。
彼女の前では何の偽りも通じない。
人と関わることを態と避けていた自分の本質を見抜いてきたあの日から。
「柳の悪い癖。直ぐに抑え込むの…」
「セージ…」
「もう友達じゃないでしょ?…私、柳の彼女なんだから。」
それすらも気付かれていた。
『セージ、見ろよこれ。』
『サッカー雑誌?って言うか、セージって何…』
『此処だって、この選手。』
『葉山、誠二…?』
『そ。だから、セージ。』
『私、仮にも女なのにそんな男みたいなあだ名…』
『友達なんだから、別に良いだろ?』
碧を友達として見るために、男みたいなあだ名をつけた事。
『セージ』と彼女を呼ぶ時は友達としての一線を引いていた事。
それに気付いていて尚微笑んでくれている。
「碧…」
「何…?」
「透耶、って呼べよ…彼氏だろ?アイツの事は遊弦って呼んでた…」
言ってから胸の痞えの正体が分かった。
取るに足らない『嫉妬』だ。
碧が『遊弦』と呼んでいた事が、悔しかったのだ。
あの後輩が碧に特別扱いされているように感じて。
「うん…透耶…」
「…!」
名前を呼ばれて、もやついていた気持ちがすうっと晴れていくのを柳は感じた。
「やば…思った以上に照れる…」
「そんな反応されたら、私まで恥ずかしいじゃん…」
「煩い・・」
コツ、と軽く握った手で碧の額を小突く。
楽しそうに笑った碧を見て、漸く友達から恋人になれたのだという事を柳は実感した。