#15:茨の道
どんなに望んだって、手に入らない物だってある。
たった1日の研修が終わり、戻ってきた遊弦に突き付けられたのは残酷な現実だった。
「呼び出して、ごめんね…」
「良いっすよ、」
碧の表情から、余り良い内容の話では無いのであろう事は容易に想像がついた。
かといって、その場から逃げ出す訳にはいかない。
遊弦は体の横で握られている拳に力を込めた。
「私ね…柳と付き合う事になったの…」
「…」
想像はしていたが、実際に耳にすると想像以上に傷つく。
何かを言わなければとは思うのだが、何も言葉が出てこない。
「遊弦の気持ちには、答えられない。」
「っ…、」
「ごめんね…」
謝らないで欲しい。
余計に惨めになるだけだから。
「葉山さんは、本当にアイツが好き…?」
「うん、好きよ…大好き。」
「そっか…」
『大好き』と言った瞬間、碧が幸せそうに微笑んだ。
そんな顔をされたら、適わない。
諦めるしかないのだろうか。
(諦める…?)
まだこんなに好きなのに。
他の人間の事を想って浮かべる笑顔にすら見惚れてしまう程。
「無理ッスよ…」
「え…」
「まだ、諦めなんてつかない…」
こんな事言っても碧を困らせるだけだ。
しかし、困らせる事ででも碧の心を占めたいと思ってしまう。
何処までも汚い自分に嫌気がさす。
そんなふうに思いながらも、口から出てくるのは自分の想いだけだ。
「想うだけでも、駄目ですか…?」
「遊弦…」
今更言っても何も変わらないのに。
言葉は止まらない。
「俺は、それでも葉山さんが好きだ。」
「でも、私は…」
「分かった上で好きなんです。葉山さんがどれだけアイツの事好きでも、俺の気持ちは変わらない。」
例えこのまま、碧が柳と結婚して家庭を築いたとしても。
自分でも柳でも無い他の誰かと幸せになったとしても。
それでも今の自分の気持ちは動かせないだろう。
不利なのは最初から承知で彼女を好きになったのだから。
「諦めてなんかやらないッスから」
選んだのは茨の道。
碧の肩越しの姿を、じっと見据えた。
それは一種の宣戦布告。
「アンタ、名前は?」
「柳透耶だ。…お前も名乗ったら?」
「秋月遊弦。」
柳の視線はやはり足が竦みそうになる程鋭い。
しかし、碧を想い続けるには避けて通れない相手だ。
息を大きく吸い込み、遊弦は柳に近づく。
「遊弦…っ…」
碧の横を通り抜けて、柳の前に立つ。
「何時か奪い取ってやる。」
「…させねえよ、」
鋭い切れ長の双眸が不機嫌に細められる。
それに遊弦は満足し、そのままその場から離れた。