#14:通じる
ドアの向こうから聞こえてくるのはヒステリックな詠美の大声と、対をなすように静かな柳の声。
何時までも座って聞き耳を立てているのも悪いと思い、リビングへ移動するべく碧は立ち上がった。
気にならないと言えば嘘になるが、人の別れ話を聞くのは余りに悪趣味に思えたのだ。
しかし不意に耳に飛び込んできた言葉に思わず碧は足を止めてしまった。
『でも、透耶はあの女の事好きなんでしょ?』
『…だとしても、お前には関係ない。』
てっきり否定されるかと思っていた言葉を、柳は否定しなかったのだ。
『俺を怨むのは良いけど…碧に手ェ出したら許さねぇらから…』
しかも自分を別れた彼女から護ろうとしている。
都合良く解釈すれば、柳は碧の事を好きだと思えてしまうような台詞だ。
収まりかけた鼓動が再び早くなっていく。
嬉しい、と思ってしまった。
自分を護ろうとしてくれるその言葉に。
一緒に居る事が出来るだけで良い。
そんな言葉で自分を誤魔化してみても。
柳の些細な言葉や行動で、付けた決心は脆くも崩れ去る。
(一緒に居るだけで良い、なんて嘘だ…)
本心はもっと多くを望んでいる。
友達としてで無く、恋人として傍に居たいのだ。
自分とはタイプが違う詠美を見て、確かに碧は焦りを感じたのだ。
詠美はプロポーションも良く、碧には無い色気を持ち合わせている女性だったから。
気の強そうな瞳も肉付きが良い体も、何もかもが碧と正反対で。
しかし、自分に無い物を持つ詠美は柳に振られた。
それに碧は酷く安堵したのだ。
自分は何て嫌な奴なんだろうと、重く閉じられているドアをただ茫然と見つめていた。
その時。
話が終わったのか、不意にドアが開き柳が入ってきた。
目が合った瞬間気まずそうな表情をした柳を見て。
閉じ込めていた感情が抑えきれなくなるのを碧は感じた。
『…私は…今でも、柳の事が、好き…』
『セージ…』
『今度は、間違って…無い…?』
卑怯な言い回しだっただろうか。
ふ、とそんな後悔が脳裏を過ったが柳に引き寄せられてそんな思いは泡のように消えた。
『言っても、良いのか…?』
『言って、くれるの?』
熱を含んだ視線が嬉しくて思わず笑う。
今度は間違っていなかったのだ。
『碧…が、好きだ…』
あの日聞きたかった言葉を漸く聞く事が出来た。
それだけで今までの年月は無駄でなかったのだとそう思えた。
抱き締められた腕の中で、これ以上ない幸せを碧は感じていた。