#11:告白
安らかな寝息を立てる碧に安心して柳はリビングのソファへと移動した。
ローテーブルに置いてあるパソコンの前に座る。
作成した資料とスライドを、新しいUSBに保存した。
それにしても、だ。
いくら有能とはいえ、一気に5種類もの製品資料を作らせたりするだろうか…?
柳は山のように積み上げられた資料を見詰めた。
無理矢理やらされているのだとしたら、立派な虐めだ。
その時、不意に携帯電話の着信音が静かな部屋に響き渡る。
柳のものじゃない。
と、なればこの部屋に居るのは一人しかいない。
悪いとは思いながら柳は碧の鞄を探った。
画面に表示されていた名前は、『御堂さん』というもの。
柳は通話ボタンを押すと、受話部を耳に押し当てた。
「もしもし…?」
『…誰や…?』
「俺です。柳ですよ、」
『柳くんか…?葉山は…?』
「葉山なら寝てますよ…」
電話の向こうで御堂が息を飲むのが解った。
確かに今のは誤解を招く言い方だったかもしれない。
「あぁ、別に疚しい事はしてないッスよ?」
『…何かあったんか?』
「話がしたくて…仕事終わるくらいの時間に電話掛けたんスけど、繋がらないし…嫌な予感もしたんで、葉山の会社に行ったんスよ。そしたら、葉山が倒れてて…」
『倒れ…って、大丈夫なんか?』
「熱はちょっとありますけど…取り敢えず今は寝てるし様子みてます。」
ほぅ、と御堂が安心したかのように溜め息を吐き出した。
少しばかりの苛立ちが柳の腹の中には溜まっていて。
思わずそれを柳にぶつけてしまう。
「アンタの会社では…5種類の新商品の資料作りを、たった1人にやらせんの…?」
『5種類!!?』
御堂の声が大きく跳ねる。
突然耳元で叫ばれ、柳は顔をしかめた。
「ステント、ワイヤー、バルーン、降圧剤に抗血小板薬…アイツの机に資料が山積みになってた…」
『くそ…ッ、アイツらか…』
「心当たりあんの?」
『あぁ…先に言うとくけど、アイツに任せたのは新商品のステントだけや。うちの一番花形の商品やしな、…にしても、アイツら…』
御堂が小さく唸る。
どうやら彼も苛立っている様だ。
「多分…葉山の同期の藤森や…他にも数人いるやろけどな…」
「虐めじゃねぇか…それでアンタはそれを放置してんの…?」
『何時もなら止めれるんやけど、生憎今は出張中や…』
「アイツは…?」
『秋山は…職員研修や。明日まで解放されへんやろな…』
それで合点がいった。
藤森を含める女子社員達が、陰湿に碧を虐めている。
何も出来ない自分に柳は歯痒さを感じた。
『君が…行ってくれて、良かった…君が行かんかったら、明日の夕方まで葉山を見つけられんかったかもしれんしな。』
その言葉に柳はゾッとした。
あの冷たい床に、碧が1日中放置される姿を想像して。
「何とか、出来ないんスか…?」
『…余り、俺らが庇いだてすると…余計に彼女らを刺激してまうねん…』
「アンタらが…原因…?」
柳がそう問うと、御堂が押し黙った。
確かに御堂も遊弦も、種類は違うが芸能人顔負けのルックスを持っていた。
女子社員が憧れを抱くのは道理だろう。
そんな彼らが挙って碧に構うのなら、嫉妬の感情は確実に碧へ向けられる。
『…かもな…』
ならば、近づかなければ良い。
そう言ってしまいそうになるのを、柳はぐっと堪えた。
そんな事を言える立場に自分も居ないのだから。
「助けて…やってよ…職場はさ…俺、関知出来ないし…」
『…解ってるわ、』
「…取り敢えず、今日はコイツ預かります。資料も作っておいたんで…」
『すまんな…何から何まで…』
他の男に好きな女の事を頼むなんて断腸の思いだろう。
御堂の声が少しだけ震えていて、それを表していた。
『じゃあ…』
「はい、また…」
通話が切れ、部屋に再び静寂が落ちる。
柳は寝室で眠る碧の様子を伺うべく、そっとベッドに近付いた。
穏やかな寝息をたて、規則的に胸が上下している事に安心する。
汗で貼り付いた前髪を優しく指で払ってやると、碧の口元がふわりと笑みを形作った。
「み、ど…り…」
今まで一度も呼んだことのない彼女の名前。
寝ている時に言うのはずるいかもしれない。
しかし、今。
どうしても言いたい衝動に駆られた。
「お前が…好きだ…昔からずっと…」
誰にも聞かれる事の無い告白は、闇夜に融けて消えていった。