#1:追憶
『待って…!!』
追いかけて掴んだ制服。
君はゆっくり振り返った。
『何…?』
『謝り…たかった、』
君が笑う。
優しい笑顔に、胸の痞が取れていくのを感じた。
『もう、良いよ…セージ。』
『柳…ッ、』
涙が頬を伝う。
それと同時に、視界が急激に白み弾けた。
「ぁ…」
見慣れた天井に、先程までの事が夢だと自覚する。
どうしようもない脱力感に、私は再び目を閉じた。
10年も前の事だというのに、その呪縛からは未だ逃れる事が出来ない。
もう、君に会う事すら無いというのに…
-Square-
「おはよー」
「おはようございます!」
元気良くそう返されて、葉山碧は微笑んだ。
初めて出来た後輩に何だか気恥ずかしさも感じるが、それ以上に嬉しかった。
「元気だね、遊弦は。」
「はい!!それだけが取り柄ですから!」
秋月遊弦。
4月になって入ってきた新入社員だ。
碧の勤める会社はそこそこ大きな医療系企業。
毎年かなりの数の新入社員が入ってくる。
遊弦はその中でも群を抜いて目立っていた。
ルックスも人当たりも良く、何より仕事の覚えが早い。
周りからも一目置かれている彼は、何故か碧に良くなついていた。
「ねぇ、葉山さん!今日暇なら飲みに行きません?」
「今日は…中村病院で新製品のプレゼンだ!ごめんね、また今度行こう?」
「残念…次は絶対ですよ!!俺、予定空けてますから!」
「分かった、約束ね?」
嬉しそうに笑う遊弦。
碧も釣られるように笑った。
その時…
「葉山、行くでー」
独特な訛りが響く。
振り返れば、出入口の所で先輩である御堂高志が碧を呼んでいた。
碧は手元にあった荷物を纏めると慌てて御堂の元へ走る。
「すいません、御堂さん!」
「良いよ。ってか、お前めっちゃ秋月に好かれてんなぁ」
「そう…ですか?」
誤魔化してはみたものの、碧とてそこまで鈍い訳ではない。
遊弦が碧の事を好きな事ぐらいとっくに感づいていた。
しかし何故遊弦がそこまで自分を好いてくれているのかは分からないままだ。
碧は可愛いか不細工かに分ければ、可愛いほうの分類には入るだろう。
しかし、美青年の遊弦が一目惚れする程のものが自分には感じられなかった。
だからこそ戸惑うのだ。
「またまた~謙遜してからに。」
「いや…本当に分からない、んです…」
「葉山さぁ、可愛いんやからもっと自分に自信持ったらええのに…」
「…私には、恋愛する資格が無いんです。」
あの春から本気の恋はしていない。
否、出来ない。
碧は顔を伏せ、唇を噛み締めた。