金曜日
雨宿り中、ふたたび接触。
まだ少し鼻声の俺は二日酔いの頭を抱えてしゃがみこんでいた。会社から出てすぐに、突然の大雨。もちろん天気予報のオネエサンを信じきっていた素直な俺が傘を持ち合わせているはずもないので、今は公園の休憩所にて、ずぶ濡れのまま雨宿り中である。折りたたみ傘ぐらい常備しときゃあ良かったぜ、畜生。
「女にでも振られましたか?」
頭上から聞こえてきた抑揚のない女の声。濡れた前髪を掻き上げながら顔を上げると、アニマル柄のスカーフを頭に巻き付けている(赤ずきんちゃんみたいだ)リクルートスーツの女がずぶ濡れのまま突っ立っていた。…ていうか、昨日のリコーダー女である。声をかけられたほんの一瞬、傘を持った女の子が俺に声をかけてくれたぜイエーイ!と勘違いした自分がものすごく恥ずかしくなった。
「いや、ただの雨宿り中ですけど」
「そうなんですか、つまらないです」
「…キミは俺に何を期待してたんですか」
「失恋した悲しさは雨に濡れても消えないものですからね」
「いやだから振られてないって言ってるじゃん。人の話聞いてた?」
「ジョークです」
「分かりにくいジョークをありがとうゴザイマス」
リコーダー女…お隣さんは、長い黒髪を手でギュッギューッと絞りながら俺の隣にしゃがみこんだ。ずぶ濡れの男女が公園に2人きり。あまりロマンチックなシチュエーションではないことは確かである。ここが洞窟だったらまた状況も変わってくるのかもしれない。
「私は今日も振られてしまいました」
雨音にかき消されてしまいそうなほどか細い声に、視線をお隣さんの横顔に向ける。表情のない横顔は、地面に落ちていく雨をじっと見つめたまま動かない。真っ黒なリクルートスーツは雨のせいで鎧のように重たそうに見えた。
「今、何連敗中?」
「もうすぐ自分の歳を上回ります」
「今、いくつ?」
「今年で21になります」
「若いなー」
「オニーサンもまだまだ若く見えますよ」
「俺もまだまだ若いからね」
お隣さんは静かに瞳から溢れそうな小さな雨を拭って、笑った。折りたたみ傘も、ハンカチも持っていない甲斐性ナシの俺は、鞄から買いだめしておいたロールケーキを取り出してお隣さんに渡す。彼女の、きょとんとした口元がゆっくりと緩んでいくのが分かった。
「ロールケーキですか」
「…笑いすぎじゃね?」
「いえ、すいません。意外性がありすぎて…」
「でも、そっちのほうがいいよ」
「え?」
「笑ってたら、雨も止んじゃうんじゃないかなーって思ってさ」
「だといいですけどね」
再びアニマル柄のスカーフを頭に巻き付けているまぬけな格好をした彼女を見ていたら、なんだか俺まで笑えてきた。傘の代わりなんですよ、と自慢げに話されるから余計に吹き出してしまう。
「オニーサンの分のスカーフもありますよ。巻いてあげますね」
「コレ…花柄なんですけど」
「わあ、似合う」
「もっと感情を込めて言ってくれませんか」
ファンシーな花柄のスカーフを頭に乗せられたまま苦笑いする俺の目の前に立ったお隣さんが、「お揃いですね」と笑う。雨はまだまだ止みそうにないけれど、雨宿りはそろそろお終いにしよう。花柄スカーフを乗せてゆっくりと立ち上がる。アニマル柄スカーフの彼女は俺の数歩先を歩いてから、ゆっくりと振り返る。声を出したのはほぼ同時だった。
「一緒に帰りませんか?」
雨に濡れた金木犀はしっとりとしていてどこか色っぽい。そして、雨音と共に聞こえてきたリコーダーの音色はいつもよりほんの少しだけ穏やかだった。
明日はどうか晴れますように。
雨の日はあたたかいカフェオレが飲みたくなります。ごくごく。