火曜日
火曜日、深夜のコンビニにてすれ違い。
仕事帰りにふと甘いものが食べたくなったので、ふらりと深夜のコンビニに立ち寄ってみた。店内には俺とやる気がないバイトさんの二人きり。男と男。男と女だったらどんなにいいか。コンビニにそんな桃色の淡い期待を寄せてみてもため息しかでなかった。
生クリームたっぷりのプリン、ほどよいにがあまい味がくせになるエクレア、旬の栗をふんだんに使ったモンブラン、まるまる太ったシュークリーム。全部、かごの中に入れていく。何時間後は俺の腹の中に消えていく。最後までおいしくいただきますのでそんな嫌そうな顔をするでないスイーツたちよ。
「俺は根っからの辛党だ。甘い菓子など好かん」
と、あれほど甘いものを毛嫌いしていた親父が夜な夜な台所でホットケーキを焼いてこっそり食べていたことを知ったのは中学一年の春だった。親父の素直になれない丸まった背中を見て、俺は決めたのだ。
俺は何がなんでも素直に生きていくぜ、と。
「すいません」
心の中でかっこつけていたら、誰かの肩にぶつかった。いや正確に言えば、ぶつけられた。誘惑のスイーツから視線を上げるとまだ真新しいリクルートスーツを着た女の白い横顔が見えた。その横顔は心なしか疲れ切っている。ぼさぼさの長い黒髪の毛先に、何故か百円均一の値札のシールがくっついていた。…本当に何故に。
リクルートスーツの女は店内をふらふらと2周してから、何ももたずにレジまで向かっていく。男と男と女。三角関係が成立する図式のコンビニに、女の声が響いた。
「とりあえず、あんまん以外の種類全部ください」
“とりあえず”の使い方がおかしい。女の有無を言わせぬ空気に圧倒されたのかバイト店員は焦りながらもせっせと、大量の肉まん、ピザまん、ぶたの角煮まん、新商品のスイーツポテトまん(俺もあとで買おう)をビニールの袋につめていく。
「遅い」
女から地獄の番人のような低い舌打ちが聞こえた。
バイト店員の目尻に涙がたまっているように見えたのは気のせいじゃない、だって、俺もなんか泣きそうだもの。
「お釣りはいりませんから」
ポケットからしわくちゃの一万円を取り出して震えるバイト店員の手のひらに無理矢理渡すと、リクルートスーツさんは湯気が出ている袋を両手にぶら下げてコンビニの自動ドアにがつんと肩をぶつけながら、ふらりと立ち去っていった。取り残された涙目の男と男。
「なあ、最近の若い女の子ってあんなこわい子ばっかりなの?」
「…いや、そんなことはないはずです。きっとあの人限定ですよ」
「ですよね」
おなじ恐怖を味わった男同士、妙な友情が芽生えた深夜のコンビニにて。
…26歳の俺は今夜も甘いスイーツと一夜を過ごすのだ。
今日も聞こえてきた下手くそメロディーは、いつもより雑音がひどく荒れた音符を響かせていた。
コンビニのデザートは見ているだけでお腹がいっぱいにる幸せをくれます。