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「→」 春日絵美の場合

 キーンコーンカーンコーン


 いつもどおりのチャイムが鳴った。8:55だ。

 私はなんとなく、廊下に出てみた。なんとなくだ。気まぐれ、と言っていいと思う。そう、私は気まぐれなやつなのだ。自分でもわかっている。

 この時間は廊下に出る生徒はほとんどいない。だって、まだ学校来てホームルームをやっただけで、5分後には1時限目だから。たまにトイレに行く生徒がいるくらい。

 私のいる2年6組の前から、長い廊下を歩き始める。そうだ、廊下の端まで歩いて往復してみよう。そう決めて、歩き続ける。廊下の端、2年1組の前まで向かう。


 2年1組には、山本健二がいる。私は健二が好きだ。


 自覚したのは最近だ。健二が急に背が伸びて、声も低くなった。小さい頃は泣いてばかりの情けないやつだったのに。でも、きっとこの恋は実らないだろう。健二が私のことを女だと思ってないのはわかっている。そりゃそうだよな…。小学生時代の私を知ってたらなぁ…。あー、あの頃の私のバカ。

 最近は、健二の顔を見ると顔が火照ってしまうのが嫌で、ずっと健二のことを避けている。向こうも私に話しかけようとはしなくなった。こうしてバラバラの人生を歩いていくんだなと思うと泣きたくなる。

 私がいる6組と、健二がいる1組。その間に広がるこの廊下の距離が、私と健二の距離。なんつって。

 ふと、まっすぐに向いた私の視線のその先に、人影が現れた。


 って……健二…………!!!


 どうしよう。どうしよう。私は一瞬パニックになった。ってどうしようも何もない。ここでいきなり踵を返してしまうのもなんか意識してるのがバレバレでやだし。とりあえずそのまま歩いていくしかない。どっかで足を止めよう。他のクラスに用があるフリをして。ああしまったトイレは通り過ぎちゃった。

 なんか健二がずーっとこっち見てる。ま、一人廊下を歩いてくる私を変に思うのもわかるけど。そんなに見つめんなっての。ドキドキが止まらん。どうしてくれる。

 私はふいに、健二にあっかんべーをしてやった。なんか凄く腹が立ったのだ。健二、ばーか。私もバカだけど。

 ……え?

 てっきり、健二もあっかんべー仕返してくるかと思ったのに、健二は信じられないくらい優しい笑顔を見せた。

 何、あれ。

 あいつ、あんな顔……できるのか。

 私は、完全に意表を突かれてしまった。その笑顔にときめいたことは否定のしようもない。

 私はもう立ち止まることもできずに、どんどん歩いてしまう。健二に吸い寄せられるように。ああ、どうしよう。もうあと十歩もしたら……。健二の顔が近づいてくる。目が離せない。なに、見つめあってるの? 私たち。

 私は、自分の顔が引きつっているのがわかる。どうしよう、何の準備もできないまま、ついに健二の前まで来てしまった。どうしよう、これじゃ健二に会いにきたみたいじゃないか。心臓が破裂寸前。

「よ」

 健二が半端に手を挙げて挨拶した。私は足を止める。どうしよう、何か言わなきゃ。せめて挨拶くらい…。でも、困ったことに足が震えている。あれ、やだ。なんでこんな緊張してんだ私。胸に手を当てて、心臓よ落ち着けと指示を出す。

「ん?」

 健二も戸惑っている。ああ、半年ぶりかな、こうして面と向かうのも。いかん、落ち着け春日絵美。久しぶりに幼馴染の顔を見つけたので気まぐれに話そうと思ったそんな感じで。私が気まぐれなのは皆知ってるし健二だって知ってる。

 でも、自分の口から出てきた言葉は信じられないものだった。

「好き!」

 ……うそうそうそ。……あれ? 今わたし何て言った? マジで? 今、告白したの、私? 好きって言った?

「え?」

 健二はあっけにとられている。そりゃそうだろう。そりゃそうなんだよ。何考えてるんだ私。どうやら私の心の中にはアレが来ていたらしい。ラブタイフーンってやつが。早く消えてなくなれラブタイフーン。

 顔が赤くなっていく。ちょっと待って。今のなし。今のなし。そう言わないと。言うんだ。えい、言えってば。言えー! 言うんだー!! 口を開けー! 言うんだ春日絵美!!!


「付き合ってよ!」


 だーっ! 何を言っとるんじゃーっ!

 自分の口がもう全く信用できない。…ダメだ。何コレ。私、もう終わりだ。山にこもろう。こんな形で自分の気持ちを打ち明けることになるなんて。バカだ。バカここに極まれり。健二、ごめんなさい。こんなバカな私のことは忘れて。健二は優しいから、きっと私のこの突飛すぎる告白を笑いものにしたりはしないだろうけど、もうこの学校には来られない。

 足が震える。力が抜ける。ダメ。しゃがみこんじゃダメ。健二を睨みつけてやる。って睨んでどうすんの。だって健二が何も言わないから。ちゃんと言うの、もう一回言うの。泣きそう。なんでこんなんなっちゃったんだろ。私、いつもこうだ。肝心な時にうまくできない。しっかりしろ、泣いてどうする、バカ。


「いいよ」


 ………………………………………………………………?

 …………………………………………?

 ……………………?

 ……えっ?


 しばらく、わからなくて、健二を見つめていた。

 聞こえた言葉は、肯定だった。


 私はパニック。手で顔を覆って、しゃがみこんでしまった。……え……うそ!? ホントに? なんで? 何も考えられない。

 いいよって言った? いいの? 本当に? 確認したい。確認したいけど、もう何も言えない。私が限界だった。お願い、今はちょっと無理。健二、どうか私を放っておいて。立ち去って。お願い。

「おあぅ」

 なんか呻いたような声が聞こえて、健二の気配が消えた。教室に戻ったみたいだ。願いが通じたのか。とにかく助かった。ありがとう、健二。

 私は立ち上がった。深呼吸。顔を軽く叩く。もっかい深呼吸。気持ちを切り替える。もう大丈夫。冷静に。そう、冷静に。よし。さ、もう休み時間が終わるぞ。戻んなきゃ。

 私は極めて冷静に、6組の教室へと全力で廊下を走った。

「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! やったやったぁぁぁぁ!!!」

 ……ぜんぜん冷静じゃなかった。

 1時限目の始まる直前の静かな廊下に、私の叫び声が響き渡った。きっと今日は私、学校中の有名人になっちゃうだろうな、と思ったけど、気にしない。そんなことどうでもいい。


 両思いになっちゃったよ!


 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴った。9:00。1時限目だ。

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