【朗読戯曲】たまちゃん
登場人物
珠恵 : 女 三十一歳 精神障がい二級、知的障がい二級、統合失調症、特例子会社に勤務
指導員 : 女 三十八歳 障がい者生活相談員、同じく特例子会社に勤務
部長 : 男 四十八歳 特例子会社の部長 二人の上司
一幕
職場、五十平方メートルほどの作業室内、三方は壁で一面のみ窓ガラス、外が見える。
しかし窓の外はすぐ隣の建物なので景色は良くない。
室内には数人の社員がそれぞれ始業時刻を待っている。中央に作業テーブルがあり、
窓側に指導員が座り、テーブルを挟んで向かい側に珠恵が座る
珠恵――「指導員さん、おはようございます」
指導員――「たまちゃんおはよう、今日も暑いね」
珠恵――「今日は暑いです、昨日も暑かったです、ママとかき氷を食べました」
指導員――「あら美味しそう、良いわね〜、今は節電で温度高めだからね。そうそう、たまちゃん今日はお昼休憩が終わったら毎月の面談があるから忘れないでね」
珠恵――「はい」
指導員――「あ、そうだ、たまちゃんの描いた絵、みんな上手いって褒めてたわよ、凄いでしょって自慢しちゃった」
珠恵――「どの絵ですか?」
指導員――「ほら社内報にイラスト描いてもらったじゃない、桜とかの」
珠恵――「お花見の絵です」
珠恵は恥ずかしそうに頬を赤らめる
指導員――「昔からあんなに上手だったの?私も驚いたわよ」
珠恵――「絵を描くのは好きです、でも知り合いの人に見せるのは恥ずかしいです、笑われます」
指導員――「笑わないわよ、ちゃんと練習したらプロになれるんじゃないかなぁ」
珠恵――「プロってどうやったらなれますか」
指導員――「そうねー、何かの賞に応募して大賞を取るとか、出版社の目に留まるとか?私もあんまり詳しくないからなー」
珠恵――「……佳作でした」
指導員――「なにが?」
珠恵――「とっても昔に漫画を応募して、佳作になりました、でも佳作だからプロじゃないです」
指導員――「え、え、たまちゃん漫画で佳作取ったの?初耳よ、え、みんな知ってるの?知らなかったの私だけ?」
珠恵――「誰も知りません」
指導員――「見たいなー、今は持ってないの?」
スマホをギュッと握りしめる珠恵
珠恵――「ダメです、笑われるから見せません」
指導員――「だって佳作になったんでしょ、上手いに決まってるよ、笑わないから今度見せてね」
始業開始のベルが鳴り、仕事が始まる
始業開始から三十分が経つ頃、珠恵は独り言が多くなり
頭を抱えだす。駆け寄る指導員
珠恵――「うー、いやです、あー、んーーー」
指導員――「たまちゃんどうした?気分でも悪いかな?」
珠恵――「頭が痛いです、いっぱい声がします、うるさいです、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
指導員――「そっかそっか、じゃあ休憩室行こうか、ね、ちょっと休もうか」
他の指導員に声をかけて珠恵を支えて部屋を出る指導員
二幕
ソファーに浅く座る珠恵、テーブルにはペットボトルの水が置かれているが
手はつけていない。指導員も横に座る
指導員――「たまちゃん、どう、少し落ち着いた?まだ声聞こえる?」
珠恵――「はい、少しつらいです、でもさっきよりは楽です」
指導員――「どしたのかな、しばらく無かったのに」
珠恵――「……」
指導員――「もしかして、漫画の話したから?ごめんね、ほんと。無理に見せてとか言わないから、ごめんごめん」
珠恵――「……笑われたからです」
指導員――「ほんと笑ってないよ、ていうかまだ見てないから」
珠恵――「指導員さんじゃないです、前です」
指導員――「誰に?」
珠恵――「クラスの子です、佳作で嬉しくてみんなに言ったら見せてって言われて、見せたら笑われました、さっきの声もあの子達の声でした」
指導員――「そっかそっか、嫌なこと思い出させちゃったね」
珠恵――「……お花見の絵は良かったですか?」
指導員――「あれは本当に上手だったわよ、誰も笑ってないし、みんな褒めてたんだから」
安心した珠恵は背もたれに寄りかかり、表情をゆるめた
珠恵――「あのね指導員さん、私はなんでたまちゃんなんですか?」
指導員――「ん?どうした急に、珠恵ちゃんだからたまちゃんなんじゃないの?」
珠恵――「他の人はみんな苗字です、佐々木さんとか松田さんとか。私だけたまちゃんです、馬鹿にされてます、笑われてます」
指導員――「そんな事ないんだけどな、たまちゃんの苗字って山本でしょ、ここ山本が三人いるから分かりやすいようにたまちゃんって呼んでるんだよ」
珠恵――「でも山本です」
指導員――「わかったわ、今度ミーティングの時にみんなに聞いてみるね、山本さん!」
珠恵――「はいっ」
三幕
翌日、いつもと変わらぬ日常、十一時を過ぎて
封筒にチラシを入れる仕事に集中している珠恵、そこに部長が顔を出す
部長――「みんなお疲れさま〜、お、たまちゃんもがんばってるね〜」
珠恵――「じゅんちゃん、お疲れ様です」
部長――「…お疲れ様、今日はなんの仕事してるのかな?」
珠恵――「封入です、少し早くなりました」
部長――「それは凄いね」
珠恵――「はい」
指導員――「たまちゃん、部長をじゅんちゃんって、どうしたのよ」
部長――「いや、なんか新鮮で良かったんだけど、理由は気になるね」
珠恵――「部長は山本です、私も山本です、だからじゅんちゃんです」
指導員――「あ〜、なるほどね、同じ苗字だから部長も名前で呼んだんだ、でもたまちゃんいつも部長って呼んでなかったっけ?」
珠恵――「…でも部長はじゅんちゃんです」
部長と指導員は目を合わせ、ニコっと頬をあげた、
他の障がい者を見回す部長
部長――「あれ佐々木さん、前より丁寧にできてるね、松田さんも綺麗に折れてるね、みんな凄いな〜」
珠恵――「……」
四幕
お昼になり食堂で珠恵と指導員が食事をしている。
周りはワイワイガヤガヤしている
指導員――「たまちゃん、やっぱり部長はちゃん付けだとよくないかもな〜、なんでかわかる?」
珠恵――「わかりません」
指導員――「そっか、ちなみに聞いていい?私の名前って知ってる?」
珠恵――「指導員さんの名前?」
指導員――「そう、私の名前、私もたまちゃんから苗字じゃなくて指導員さんって呼ばれてるから」
珠恵――「……ようこちゃん?」
指導員――「おしい、くみだよ、登別くみ、ちゃんと覚えてよね」
珠恵――「のぼりべつくみ、ちゃん」
指導員――「自分でも登別って言いづらいから呼び方は指導員さんでいいのよ、私はくみちゃんでも良いんだけど、お互いちゃん付けしてたら、よその人から見たら仕事中じゃなくて遊んでるみたいに見えるじゃない」
珠恵――「指導員さんは指導員さんです」
指導員――「ほら、たまちゃんも私のこと登別さんって呼ばないじゃない、それと同じよ、ね」
珠恵――「指導員さんはたまちゃんじゃありません」
指導員――「まぁいいか、滅多に社外から見学とかこないしね」
珠恵――「はい」
五幕
午後の仕事中、珠恵は皆と同じく封入作業をしている、
後ろから指導員が様子を見ている、部長も横で様子を見ている
指導員――「山本さん、その束が終わったら輪ゴムでまとめてくれるかな」
珠恵――「……」
指導員――「山本さん?」
珠恵――「……」
指導員――「たまちゃん、聞こえてる?集中しすぎじゃない?」
珠恵――「私ですか?、何ですか?」
指導員――「輪ゴムでまとめてね、お願い」
珠恵――「はい」
指導員――「たまちゃん、山本さんってよばれたいんじゃなかった?」
珠恵――「山本は部長です、じゅんちゃん部長です」
指導員――「そか、それじゃたまちゃん、早く仕事を終わらせようね」
珠恵――「はい」
部長は指導員の横に立ち質問した
部長――「登別さん、最近はみんなどう?」
指導員――「いつもと変わらないですよ」
部長――「そうか?なら良いんだけど、今日見ているだけでも色々大変そうだなと思ったけどそうでもないのかい?」
指導員――「たまにしか顔を出さないからそう感じるんじゃないですか?」
部長――「これでも色々忙しいんだよ」
指導員――「……部長、このところ白髪増えました?」
部長――「え、なんだよ急に、でも、まーそうだね、歳だから仕方ないよ」
指導員――「歳ね〜、老化ですか」
部長――「そんなストレートに言うなよ、これでも気にしてるんだから」
指導員――「みんなも同じですよ、さっきの質問も聞こえてますよ」
部長――「……すまん」
指導員――「彼らの変化を老いと思うか、成長と思うか、考え方次第でうんと変わるんですよ、部長も成長しているんですよきっと!」
部長――「成長か〜、この白髪も進化の証かな」
指導員――「ね、たまちゃん、たまちゃんはどう思う?部長は成長してるかな?」
珠恵――「じゅんちゃん部長の頭、ママが食べてた白いかき氷みたい、美味しそうでかっこいいです」
終わり




