愛でる私のアクセサリー
「かわいいー、って言いたいだけなんだってば」
街の雑踏の中、下田田下園子はスマートフォンを耳に当て、軽やかに笑った。彼女にとって「かわいい」は感情の爆発ではなく、自分を美しく見せるためのアクセサリーだ。夏祭りの金魚すくいも、UFOキャッチャーで取れそうで取れないぬいぐるみを前にした困り顔も、すべては「理想のヒロイン」を演じるための小道具に過ぎない。
だが、世の中にはその「行間」を読めない男がいる。
「……そうなのよ。その二日後、アイツ本当に金魚買ってきたの。信じられる?」
一方、ナミオの自宅リビングでは、重苦しい溜息が充満していた。
「おい、何ダレてんだよ」
土足同然の勢いで上がり込んできたのは、友人の相 談乗、通称ダンだ。
ナミオはソファに崩れ落ちたまま、死んだ魚のような目で天井を見上げた。
「……負けたんだ。金魚に」
「はあ?」
「彼女の家で『竹馬1(ウマワン)グランプリ』を観て盛り上がってたらさ、『金魚の方が大人しくて落ち着く』ってキレられた。ぷかぷか泳ぐあいつらの前で、俺、完敗したんだよ」
「竹馬の大会なんてテレビでやってんのかよ……。まあ、お前が騒ぎすぎたんだろ」
ナミオの恋は、常に「自分以外の何か」との戦いだった。
数週間後、再びナミオの家を訪れたダンは、さらにやつれた友人を目にすることになる。園子が地域猫を可愛がっていたからと、サプライズで猫をプレゼントしようとしたナミオだったが、結果は惨敗。
「猫アレルギーなんだってさ、園子。なのに、『猫だって私が猫好きか確認してくるよ!』って、猫に睨まれてる写真送られてきて怒られた……。猫に負けた……」
「お前、学習しろよ。動物はサプライズで贈るもんじゃない」
ナミオの劣等感は、ついに臨界点に達しようとしていた。
園子から「最近、新しく飼い始めた子がすごく賢いの。機転が利いて、確定申告の書類まで作ってくれるし、デパ地下のスイーツも買ってきてくれる」という惚気話(?)を聞かされたからだ。
「……ダン、俺、ついに犬に負けた。ハイスペックすぎるだろ、その犬」
「いや、それ確実に『新しい男』だろ。犬が確定申告するかよ」
ナミオは頑なに「それは犬だ」と言い張った。認めたくない現実から目を逸らすため、彼はその「犬」を連れてくるという園子を、あえてこの部屋に招き入れたのだ。
そして運命の日。
「こんにちはー!はじめまして!」
華やかな笑顔で現れた園子の背後を、ダンは警戒心剥き出しで凝視した。どんな手強い男が現れるのかと。
だが、園子の足元から飛び出してきたのは、本物の、それも手のひらに乗りそうなほど小さな子犬だった。
「わっ!」
そのあまりの小ささと、予想外の「本物の犬」の登場に、ナミオの心臓は跳ね上がった。
「ひ、ひいいいいいいっ!」
椅子から転げ落ち、必死に後ずさるナミオ。
「ちょっと、子犬に怯えすぎだって!」
ダンと園子の声が重なる。
ナミオにとって、その子犬はただの愛玩動物ではなかった。自分の居場所を脅かし、自分よりも「気が利く」と喧伝された、最強のライバルに見えていたのだ。
もっとも、園子にとっては、その怯えるナミオの姿すらも「動物を怖がる彼氏をなだめる私」という新しい舞台の演出に過ぎなかったのだが。




