摩天楼は戦乱を呼ぶ
「はぁ……腹減ったなぁ」
翌朝。
昨晩の「マシロ特製・奇跡の雑炊」の味が忘れられず、私は起きた瞬間から空腹を訴えていた。
人間、一度いい思いをしてしまうと、元の生活に戻るのは辛いものだ。
「なぁマシロ。お前のその『科学』とやらで、もっと美味いものを腹いっぱい食う方法はないのか? 昨日の雑炊も最高だったけど、やっぱりこう、もっとガツンとした肉とか、甘い菓子とかさぁ」
私が縁側で寝ている白猫に問いかけると、ヤツは片目だけを開けて『にゃあ』と鳴いた。
『欲望に忠実だにゃ、ご主人様。まあ、今の貧弱な生産基盤では、昨日の食事が限界だにゃ』
「そこをなんとか! お前の凄さは俺が一番知ってる! 頼むよドラ〇もん!」
『誰だにゃそれは。……仕方ない、まずは現状把握からだにゃ』
マシロは面倒くさそうに起き上がると、トテトテと庭へ降り、そのまま村の方へと散歩に出て行った。
◇
――小一時間後。
『ただいまだにゃ』
マシロが戻ってきた。その足取りは重く、猫の姿だというのに、人間のような深い深いため息をついている。
『はぁ……。村の土壌、水源、農耕技術、すべてチェックしたけど、絶望的だにゃ。これではあの貧相な食事も頷けるにゃ。文明レベルが低すぎるにゃ』
「うぐっ……返す言葉もない」
「面目次第もございませぬ……」
私と柴さんは正座して項垂れた。
『そこでだにゃ。マシロが解決策を提案するにゃ』
「お! さすがマシロ! どんな策だ?」
マシロが部屋の中央に座り直すと、その目がカッと光った。
『これを作るにゃ』
ウィィィン……。
マシロの猫目から青白い光線が放射され、部屋の薄汚れた土壁に、精緻な設計図のような映像が投影された。
「な、なんだこれは!?」
柴さんが腰を抜かす。
そこに映し出されていたのは、天を衝くような巨大な銀色の塔だった。
『名付けて「第五世代型・全環境対応型自給プラント」だにゃ』
マシロがレーザーポインター(肉球から出ている)で解説を始める。
『高さは地上五十階建て。外壁は太陽光発電パネル兼・人工光合成ユニットだにゃ。内部にはバイオ培養槽を完備し、天候に左右されずに野菜を量産。さらに、地下区画では細胞培養による「人工肉」の製造ラインを稼働させるにゃ』
壁に映る完成予想図は、どう見ても未来都市の摩天楼だ。周囲の茅葺き屋根の民家との対比がシュールすぎる。
『これ一棟で、この国全員の食料を賄って余りあるにゃ。素晴らしい計画だにゃ』
「おお……! まさに神の御業……! で、マシロ殿、これはすぐに建てられるので?」
柴さんが目を輝かせて尋ねる。
『問題ないにゃ。必要資材は、中品位魔銀換算でおよそ一万トン。ついでに建築作業用オートマタの追加召喚が最低百体ほど必要になるにゃ』
「いち……まん……とん?」
私は耳を疑った。単位がデカすぎる。
「なあマシロ。それって……あの廃坑で足りるのか? っていうか、お前を召喚するのと比べるとどれくらいなんだ?」
私が恐る恐る尋ねると、マシロは鼻で笑った。
『あの鉱山(笑)?』
「え、今(笑)って言わなかった?」
『あそこはもう、カッスカスだにゃ。マシロ一体を召喚するのに二十トン消費して、もうほぼスッカラカンだにゃ』
「に、二十トンで空っぽ……!?」
私は愕然とした。
マシロ一体で二十トン。一万トンということは、つまりマシロ五百体分だ。
「出来るわけないだろォォォッ!!」
私はちゃぶ台を(あれば)ひっくり返す勢いで叫んだ。
「ない袖は振れぬ! 物理的に無理だ! それに、仮に出来たとしてもだ! あんな銀ピカの塔なんか建ててみろ! 目立つなんてもんじゃないぞ! 幕府軍が『なんだあれは!』って総攻撃を仕掛けてくるわ! スローライフどころか即・籠城戦だ!」
『……資金も資材も度胸もない貧乏領主だにゃ』
「うるさい! 現実的な案を出せ、現実的な!」
マシロは『わかってないにゃあ』と不満げに鼻を鳴らし、投影をパチンと消した。
『仕方ないにゃ。プランBに変更するにゃ』
「プランB? それは安全なんだろうな?」
『種子の改良と、土壌改善に特化したオートマタの召喚だにゃ』
マシロはそう言うと、口を大きく開けた。
『まずは種だにゃ。そこらにある稗や粟、米、菜っ葉の種を持ってくるにゃ』
「え? ああ、これか?」
私が台所にあった種の入った袋を差し出すと、マシロはそれをガブリと丸呑みにした。
「く、食った!?」
『咀嚼中……遺伝子情報解析……再構築……』
マシロの腹の中で、グググン、キュイーンと機械音が鳴り響く。
数秒後。
『ペッ』
マシロの口から、キラキラと七色に輝く種が吐き出された。
『品種改良完了だにゃ。これで病害虫に強く、成長速度も味も段違いのスーパー作物になるにゃ』
「き、汚くはない……のか? いや、見た目は綺麗だが」
「なんと……マシロ殿の体内は豊穣の神域と繋がっておられたか……」
柴さんが感動しているが、多分ただのバイオ工場だ。
『で、問題は土だにゃ。この種も、今の痩せた土地では育たないにゃ』
マシロが真剣な顔(猫)で言う。
『そこで、土壌改良用の新型オートマタを召喚することを推奨するにゃ。マシロと違って戦闘能力は皆無だけど、土作りに関してはプロフェッショナルな機体だにゃ』
「おお! それなら魔銀もそんなに使わないか?」
『マシロの百分の一のコストで呼べるにゃ。昨日の残りの魔力で十分お釣りがくるにゃ』
「よし、それだ! それで行こう!」
私は拳を握りしめた。
「マシロ、案内してくれ! 再び廃坑へ! 今度こそ平和的な仲間を増やすぞ!」
こうして、私たちは「世界征服ができそうな要塞プラント」の夢を(金銭的・社会的に)諦め、新たな仲間を求めて、再びあの廃坑へと向かうことになったのである。




