猫の手も借りたい? いえ、猫が全部やります
「おーい、領主様が帰ってきたぞー!」
「怪我はないかー? お化け出なかったかー?」
夕暮れ時の茅津村。
廃坑から戻った私たちを出迎えたのは、鍬や鎌を持った村人たちと、鼻を垂らした子供たちだった。
山へ入った領主を心配して待っていてくれたらしい。良い人たちだ。
「おう、戻ったぞ。お化けは出なかったが……代わりに、新しい家族が増えた」
私が足元を指差すと、白猫モードのマシロが「にゃーん」と愛想よく鳴いた。
「わあ! 猫だ!」
「真っ白で可愛いー!」
「領主様、お宝は見つかんなかったけど、猫拾ってきたの?」
子供たちがワッと駆け寄り、マシロを取り囲む。
「こらこら、お前たち。このお方はただの猫ではないぞ。由緒正しき……その、異国の高貴な猫様なのだ」
私が適当なことを言うと、マシロは子供たちに撫でられるがままになりながら、ゴロゴロと喉を鳴らした。
チラリとこちらに向けた単眼(今は猫目だが)が、『営業スマイルだにゃ』と言っている気がする。
「やれやれ。しかし、無事に戻れて何よりでございます」
柴さんが安堵の息をつく。
「して、龍左衛門様。腹も減りましたし、夕餉にいたしましょう。今日は奮発して、稗雑炊にダイコンの切れ端を入れましたぞ」
「……奮発してそれかぁ」
私は現実に引き戻され、ガックリと肩を落とした。
そうだ、ここは貧乏領地。スローライフどころか、その日暮らしのサバイバルライフだった。
◇
屋敷に戻り、囲炉裏を囲む。
椀に盛られたのは、薄茶色に濁った汁と、申し訳程度の穀物が浮いた雑炊。味付けは薄い味噌のみ。
「いただきます……」
私が匙で汁をすくおうとした時だった。
『警告。栄養価、味覚数値ともに基準値を大幅に下回っているにゃ』
私の膝の上に乗っていたマシロが、誰にも聞こえないほどの小声で囁いた。
「わかってるよ。でも、これしかないんだ」
私が小声で返すと、マシロは『ふむ』と鼻を鳴らし、スルリと膝から降りた。
そして、トテトテと土間の方へ歩いていく。
「おや? マシロ殿、いずこへ?」
柴さんが不思議そうに見る中、マシロは台所にあった残りの食材――萎びた野菜屑や、川で獲れた小魚が入った桶――の前で立ち止まった。
『調理モード、起動』
マシロの体が微かに発光したかと思うと、その背中の毛並みが割れ、中から数本の細長いマニピュレーター(機械の腕)が「シャキッ!」と出現した。
「な、なんですとォォ!?」
柴さんが仰天して箸を取り落とす。
「し、柴さん! 見ちゃダメだ! あれは……そう、猫の毛繕いの一種だ!」
「いや、明らかに腕が! 銀色の腕が四本ほど生えておりますぞ!?」
私の苦しい言い訳を無視して、マシロの調理は始まった。
その動きは神速。
右のアームが野菜を刹那の速さで刻み、左のアームが火加減をミクロン単位で調整し、上のアームが調味料(どこから出したのか不明な謎の粉末)を振りかける。
『分析完了。素材のポテンシャルを最大化するにゃ』
ジュワワワワッ!
良い匂いが屋敷中に充満する。それは、この貧乏屋敷で一度も嗅いだことのない、芳醇で暴力的なまでの「美味そうな匂い」だった。
「で、できたみたいだぞ……」
呆然とする私たちの前に、マシロがアームを使って器用に椀を並べた。
中に入っているのは、さっきと同じ食材のはずだ。しかし、スープは黄金色に輝き、魚はふっくらと煮え、野菜は宝石のように艶めいている。
「こ、これは……」
柴さんが震える手で椀を持ち上げ、一口すすった。
「ッ!!」
カッ!
柴さんの目が完全に見開かれた。
「う、美味いッ! なんという滋味! 魚の臭みは消え失せ、野菜の甘みが口いっぱいに広がる! これが……これがあの泥臭い小魚と野菜屑なのか!?」
「マジで?」
私も慌てて一口食べる。
「……美味ーーい!!」
なんだこれは。高級料亭(行ったこと無いけど)の味だ。いや、それ以上かもしれない。
ただの雑炊が、極上のリゾットに生まれ変わっている。
「うおおおん! 五臓六腑に染み渡るでござるぅぅ!」
柴さんが男泣きしながら雑炊をかきこんでいる。
「マシロ殿! いや、マシロ様! あなた様は食の神の使いでございましたか!」
さっきまで「得体が知れない」と警戒していたのが嘘のようだ。完全に胃袋を掴まれている。
私は一心不乱に箸を動かしながら、マシロを見た。
マシロは「これくらい当然だにゃ」と言わんばかりに、また前足の肉球をペロペロと舐めて毛繕い(?)をしている。
「……なぁ、マシロ。どうやったら野菜屑がこんな味になるんだ?」
食後、パンパンに膨れた腹をさすりながら私が尋ねると、マシロは事もなげに答えた。
『簡単なことだにゃ。野菜屑でも小魚でも、一旦構成要素に分解して、分子レベルで再構築したんだにゃ』
「ぶん……し?」
『そう。旨味成分のアミノ酸やイノシン酸を抽出し、苦味成分を中和、さらにメイラード反応を最適化して……』
「ス、ストーップ! ストップ!!」
私が慌てて手で制す。
「なんか呪文みたいで頭が痛くなってきた! 要するに『美味しくなる魔法』を使ったってことでいいな!?」
『魔法ではないにゃ。科学だにゃ』
マシロは心外そうに髭を震わせた。
「そ、そういえば」
涙を拭いて落ち着きを取り戻した柴さんが、ふと気付いたように尋ねた。
「マシロ殿は食べなくてよろしいのですか? 某たちばかり食べてしまいましたが」
確かにそうだ。こいつは何も食べていない。
「ああ、遠慮するなよ。残り物ならまだ……」
『いらんにゃ』
マシロはすげなく答えた。
『マシロの動力源は、体内に内蔵された「超小型常温核融合炉」だにゃ。有機物の摂取は必要ないにゃ』
「かく……ゆう……ごう……ろ?」
私と柴さんは顔を見合わせた。また出た。意味不明な単語。
『説明するにゃ。核融合とは、軽い原子核同士が融合して、より重い原子核になる反応のことだにゃ。この時、質量の一部がエネルギーとして放出される……いわゆるE=mc²だにゃ』
「いー……?」
『マシロの炉は、重水素と三重水素を高密度プラズマ状態で閉じ込め、臨界プラズマ条件を維持しつつ……』
「あ、あわわわ……」
柴さんの目がぐるぐると回り始めた。
「り、龍左衛門様……マシロ様が、また恐ろしい呪文を……魂が……吸い取られ……」
ドサッ。
柴さんが本日二度目の気絶をした。
「し、柴さーーん!!」
私も限界だった。脳みそが沸騰しそうだ。
「マシロ! もういい! もう喋るな! 俺たちの頭じゃ理解できない!」
『……やれやれ。未開の文明レベルに合わせて話すのは骨が折れるにゃ』
マシロは呆れたように尻尾を振り、気絶した柴さんの腹の上で丸くなって寝る体勢に入った。
『おやすみだにゃ、ご主人様』
こうして、激動の一日は終わった。
美味しい食事と、便利な家事能力。そして、私の理解を遥かに超えた超技術。
この先、このハイテク猫と共にどんな生活が待っているのか。
期待と不安、そして満腹感と共に、私もまた深い眠りにつくのだった。




