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猫とレーザーと鼻血侍

「さて、と。そろそろ戻るか……って、ちょっと待った」


廃坑の出口が見えてきたところで、私は足を止めた。

隣には、未だに警戒を解かない柴さんと、私の後ろをトテトテとついてくる白い球体――マシロがいる。


「マシロ、お前その格好で村に入るのはまずいぞ。ただでさえ怪しい五男坊が、謎の白い玉を連れ歩いてたら、いよいよ狐憑き扱いされて座敷牢行きだ」

『問題アリマセン』

マシロの電子音が平然と答える。

『本機ハ「光学的偽装オプティカル・カモフラージュ」機能ヲ搭載シテイマ須。コレハ周囲ノ光ノ屈折率ヲ計算シ、認識者ノ脳内プロトコルニ干渉スルコトデ……』

「あー、ストップ! 説明が長い! 要するに『化けられる』んだな?」

肯定イエス


「よし、じゃあ何か無難なものに変身してくれ。犬とか狸とか」

『了解。変身モード、起動』


マシロの体がブウンと低い音を立て、ノイズのような光に包まれた。

次の瞬間、光が収束し、そこに立っていたのは――。


「……あら、ご主人様マスタァ?」


そこには、金色の髪に長い耳、そして扇情的な肢体を持つ、異国の美女(いわゆるエルフのお姉さん風)が立っていた。しかも、服の布面積が絶望的に足りていない。


「ぶべらっ!!」

隣で盛大な音がした。見ると、柴さんが鼻から鮮血を噴き出し、白目を剥いて崩れ落ちていた。

痙攣しながら、うわごとのように呟く。


「……こ、これが南蛮の……いや、異世界の魔性か……ッ!」


純朴な田舎侍に、SFチックな美女のフェロモンは劇薬すぎたらしい。

「しばさぁぁぁん!! 誰が上手いこと言えと! マシロ、却下だ! 却下! 柴さんが失血死する!」

『……再設定』


次に現れたのは――。


「にゃーん」


真っ白な毛並みの、愛らしい猫だった。

大きさも手頃で、これならどこにいても違和感がない。


「おお、これなら完璧だ! ……ん? でもその声……」

『この姿なら問題ないかにゃ? ご主人様』

「……なんで語尾が『にゃ』なんだ?」

『猫モードの仕様だにゃ。可愛さは正義だにゃ』

「あざといなこいつ……。まあいい。とりあえず、俺と柴さんの前以外では喋るなよ。普通の猫のフリをするんだ」

『了解したにゃ』


   ◇


鼻血を出して倒れていた柴さんも何とか復活し(猫になったマシロを見て「これなら安心」と赤面しながら胸を撫で下ろしていた)、私たちは山道を下っていた。


「いやぁ、まさかマシロ殿が変化の術を使うとは……。世の中、不思議なこともあるもので」

柴さんが鼻に詰め物をしながら感心していると、不意に茂みがガサガサと揺れた。


「グルルルッ……!」


飛び出してきたのは、緑色の肌をした小鬼ゴブリンが三匹。

錆びたナイフや棍棒を構え、涎を垂らしている。


「ひぃっ! で、出たぁ! 小鬼だ!」

私は反射的に叫んだ。

柴さんは素早く刀の柄に手をかけると、油断なく小鬼たちを見据え、冷静に呟いた。


「ふむ……廃坑の魔力が活性化したせいで、引き寄せられたのでございましょうか」

「分析してる場合か! 逃げるぞ柴さん!」

私が背中を見せようとしたその時、ガシッ! と太い腕が私の肩を掴んだ。


「お逃げになってはなりませぬ、龍左衛門様」

「へ?」

柴さんが、ニヤリと――それはもう凶悪な笑みを浮かべた。


「良い機会でございます。相手はたかが小鬼三匹。今の龍左衛門様の身のこなしであれば、十分相手にできるはず」

「はあぁ!?」

「これは実戦訓練にございます! さあ、行って参られよ!」

「ちょ、待て! お前正気か!? 俺はまだ避けることしか……うわっ、押すな!」


柴さんは私を盾にするかのように、グイグイと小鬼たちの前へ押し出そうとする。

「鬼! 悪魔! 軍曹! お前が戦えよ!」

「問答無用! 甘えは許しませぬぞ!」


「グルァァァッ!」

私たちがわちゃわちゃと揉めている隙を突いて、小鬼たちが一斉に飛びかかってきた。


「ひいいいッ! 来るなぁぁぁ!」

万事休すか――そう思った時だった。


『敵性生物、確認だにゃ』


私の足元で、白い猫が欠伸をするように口を開いた。

そして、そのプニプニとした肉球のついた前足を、小鬼たちの方へ「スッ」とかざす。


『排除するにゃ』


ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!


猫の可愛い肉球の真ん中から、極太の赤いレーザー光線が三本、同時に発射された。


光線は正確無比に三匹の小鬼の眉間を貫いた。

「ギ……?」

小鬼たちは悲鳴を上げる暇もなく、糸が切れた人形のようにドサリと地面に倒れ伏した。焦げ臭い匂いが漂う。


「「…………」」


「行けー!」と私を突き飛ばそうとしていたポーズのままの柴さんと、涙目で踏ん張っていた私。

二人は時が止まったように固まった。


目の前には、物言わぬ死体となった小鬼たち。

そして足元には、前足の肉球をペロペロと舐めて毛繕いをする白猫。


『終わったにゃ。早く帰ってご飯にするにゃ』


マシロが平然と振り返り、愛らしく鳴いた。

私は柴さんの腕からそっと離れ、乾いた笑いを漏らした。


「……柴さん」

「……はっ」

「俺、特訓いらなくない?」

「……」


最強の用心棒(猫)を手に入れた私たちは、互いに顔を見合わせ、深く頷き合ったのだった。

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