昼行灯の五男坊
「龍左衛門、其の方も十五の春を迎えた。元服も済み、あっぱれな若武者ぶりよ」
「ハッ、恐悦至極に存じまする。父上……いえ、御屋形様」
日の本の北東を牛耳る大大名、上桐家。その当主である父の重々しい声が広間に響く。
末席に平伏しているのは、私こと上桐龍左衛門だ。八男までいる大家族の五男坊、しかも後ろ盾の実家も弱いときた。
だが、私がこうして部屋の隅っこに追いやられている最大の理由は、武家のたしなみである『須儀琉』にある。
この国では、元服の折に須儀神宮にて神官より魂の型、すなわち須儀琉の判定を受ける習わしがある。
これを受けるには、目が飛び出るほどの初穂料を神宮に積まねばならぬ。父上は大金を叩いて息子たちの才を占わせたのだ。
何を隠そう、父上が元服の際に得た須儀琉は天下無双の【軍神】。その須儀琉をいかんなく発揮し、一代で百を超える国人、土豪を従え、二国半を超える領国を収めている。
兄上たちも逸材ぞろいで【剣豪】だの【騎馬隊】だのと勇ましいものを授かった。中には「須儀琉なし」と判定された兄もいたが、それでも私よりはマシだと言われている。なぜなら、余計な期待もされず、常人として扱われるからだ。
しかし、私の須儀琉は【オートマタ】。
神官ですら「はて、おーと……また? 過去の文献にも記述がございませぬ」と首を傾げた謎の力だ。大金を積んで得たのが意味不明な横文字とは、上桐家の恥さらしもいいところ。以来、私は「昼行灯の五男」として冷や飯を食わされてきた。
「して、褒美をとらそうと思うのだが、望みはあるか」
「いえ、某ごときには勿体のうございます」
私は控えめに答えた。本当は「一生働かずに暮らせる隠居所が欲しい」と喉まで出かかったが、父上の【軍神】の覇気で首が飛びそうなのでやめておく。
「ならば、どうだ。『御家再興』などは」
「……は? 御家再興、でございますか?」
あまりの想定外の変化球に、顔を上げてしまった。
「うむ。其の方の母方の実家、御騨家じゃ。先代が戦で行方知れずとなり、断絶してから久しい。分家としてその名跡を継ぎ、再興させてみよ」
御騨家といえば、確か近隣豪族の謀略で取り潰されたと噂の弱小豪族だ。
「……身に余る光栄。未熟者ながら、御騨家の名を再び世に知らしめるべく、粉骨砕身いたす所存」
「うむ、よい返事じゃ。領地は北の端、茅津村とする。下がって支度せよ」
「ハッ!」
広間を出た私は、廊下を歩きながら内心でガッツポーズをした。
(やったー! 左遷だー!)
そう、これは事実上の追放処分だ。だが、それがどうした。
上桐の本城にいても、優秀な兄たちのプレッシャーと、「無能よりタチが悪い謎スキル持ち」という冷ややかな視線に耐えるだけの毎日。
それに比べて、僻地の村で小領主? 最高じゃないか。誰に気兼ねすることなく、のんびりスローライフが送れるって寸法よ!
◇
「……寂れておるなぁ」
父より一方的に拝領した我が領地、茅津村。
上桐領の北限、かつては魔力を秘めた銀こと『魔銀』が採れる魔銀山として栄えたらしいが、乱掘の末に掘り尽くされて五十年。今や残されたのはハゲ山のような廃坑と、細々と耕作を続ける農民のみ。
本城からお付きの足軽数名と共に、馬の背に揺られ、最後は徒歩で峠を越えること一月弱。ようやくたどり着いた領内を見渡し、私は思わず独り言ちた。
駕籠? そんな高級な乗り物、五男坊には用意されませんよ。
かつて商家や宿場が並んでいたであろう目抜き通りは、静まり返っている。住人は二百人程度か。
「まあ、ギスギスした実家より、空気が美味くて良いか」
そう思うことにした。
引継ぎの際、前任の代官は私の手をとって涙を流した。
「やっと帰れる……! これでやっと国元に帰れる……!!」
そう叫ぶや否や、引継ぎ書を押し付けて逃げるように去っていった。ちゃんとした説明はゼロだ。
しかし、彼がそれなりに良い人だったのか、村人たちは新領主である私に対しても、警戒するというよりは「おや、今度は若いのが来なすったか」と親切に接してくれている。
「よし、今日から俺がこの村の主だ。朝寝坊しても誰も文句言わないぞ!」
ボロ屋敷……もとい、由緒ある元代官屋敷の縁側で、自生していたドクダミを煎じた茶をすすりながら、私はこれからの生活に思いを馳せた。……苦い。
◇
「頼み申ーーす!! 誰かおらぬかーー!!」
翌日。私が屋敷の裏庭で、近所の農民の動きを見様見真似で家庭菜園(笑)をいじっていると、屋敷の門前から野太い大声が響いてきた。
「どなたです?」
鍬を持ったまま門へ向かうと、そこには筋骨隆々、岩のような巨体を古い鎧に包んだ強面の男が立っていた。野武士か?
「突然の来訪、失礼仕る! 某、御騨家の元家臣、田柴権吉と申す! 此度、御騨家が再興されたと聞きつけ、馳せ参じた次第!」
「はあ」
「無礼ながら、当主様はいずこか!」
「私ですが」
「へっ? ……こ、これはとんだご無礼をォォッ!」
ズサーッ!
効果音が聞こえそうな勢いで、そのガチムチおじさんが土下座をした。砂煙が舞う。
「頭を上げてください! 汚れますから!」
「滅相もございませぬ! 某としたことが、まさか泥にまみれて土をいじっておられる御仁が当主様とは露知らず……!」
「いいんです、いいんです。どうせ名ばかりの当主ですし、実家を追い出されたようなもんですから。って、これは御騨家ゆかりの方には失礼でしたね」
「なんと謙虚な……! 改めて、田柴権吉にございます。御騨家には一方ならぬ恩義を受けた身。どうか、この命尽きるまで忠義を尽くさせてくだされ! 仕官をお許し願いたい!」
地面に額をこすりつけんばかりの勢いだ。
「うーん、来る途中で見たと思いますけど、何にもない村ですよ? 戦もないし、田柴さんのような立派な武士を雇う余裕なんて……」
「俸禄などいりませぬ! 稗や粟と、雨風しのげる寝床があれば十分! どうか! どうか、御騨家の再興の末席に!」
再び土下座の構えに入ろうとする田柴さん。
圧がすごい。この熱量、今の私にはいささか重荷だが、一人暮らしの寂しさと用心棒代わりと思えば悪くないか。
「分かりました、分かりましたから! 顔を上げてください。大した物は食わせられませんが、それでも良ければ」
「お、おお……! かたじけのうございます! この権吉、命に代えてもお守りいたしまする!」
感涙にむせぶ巨漢を見下ろしながら、私は言った。
「それにしても田柴権吉……長いですね。柴さん、でいいですか?」
「はッ! 呼びやすきように!」
こうして、何もない廃村同然の領地で、謎の須儀琉【オートマタ】を持つ私・龍左衛門と、暑苦しいほど忠義に厚い家臣・柴さんによる、奇妙な主従生活が始まったのである。
まさかこの後、廃坑となった魔銀山でとんでもないものを「起動」させてしまうとは、ドクダミ茶をすするこの時の私はまだ知る由もなかった。




