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追放された俺のやり方、なぜか世界中で禁止され始める  作者: 七瀬ミコト


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第7話 数字と名前

 官邸に戻った夜、私は久しぶりに資料を閉じたまま、机に肘をついていた。

 読むべき書類は山ほどある。だが、今夜は文字が頭に入らなかった。


 ――ユリウス・グランフェルト。


 切る人間。

 迷わない人間。


 彼の言葉は正しい。

 正しすぎて、世界が彼を必要としてきた理由も分かる。


「……首相」


 ノックもなく、ミハイルが入ってきた。

 それだけで、事態が“通常ではない”と分かる。


「数字が出ました」


「死者数ですか」


「はい」


 彼は、端末を差し出した。

 無名地帯、過去七日間の統計。


 負傷者は減っている。

 食料不足は改善。

 医療アクセスも回復傾向。


 だが――


「……三名、亡くなっています」


 私は目を閉じた。


「原因は?」


「感染症です。

 支援が入る前に、すでに発症していたケース」


 つまり。

 救えなかった命だ。


 ミハイルが続ける。


「ユリウスのチームからも、

 非公式に連絡が来ています」


「内容は」


「“この数字は、想定より少ない”と」


 私は、苦く笑った。


「彼らしい評価ですね」


 正しい。

 だが、その正しさは、今の私には刃だった。


「……首相」


 ミハイルが、躊躇いながら言う。


「彼のやり方なら、

 この三名も“最初から切られていた”可能性があります」


「ええ」


 私は否定しなかった。


「だから、彼は迷わない」


 沈黙が落ちる。


 数字の世界では、

 三人は誤差だ。

 成功と呼べる結果だ。


 だが――。


「名前は」


 私は言った。


「え?」


「亡くなった三人の、名前を教えてください」


 ミハイルが、少し驚いた顔をした。


「……必要ですか」


「はい」


 彼は端末を操作し、静かに読み上げる。


「アミール。六十五歳。

 ハナ。三十七歳。

 ――ミルザ。四歳」


 最後の名前で、空気が止まった。


 四歳。


 私は、ゆっくりと息を吐いた。


「……ミルザの家族は」


「母親がいます。

 今、医療テントに」


 私は立ち上がった。


「繋いでください。映像で」


「今からですか?」


「今です」


 躊躇う時間は、世界を救わない。


 画面に映った女性は、疲れ切っていた。

 だが、泣き崩れてはいない。

 泣く前に、やることが多すぎる顔だ。


『……あなたが、首相さん?』


「はい」


 私は、言葉を選ばなかった。


「あなたのお子さんのことで、お話があります」


 彼女は、静かに頷いた。


『……ミルザは、もう……』


「亡くなりました」


 沈黙。

 そして、長い呼吸。


『……そう』


 彼女は、画面の向こうで目を閉じた。


『でも……来てくれた人たちがいました。

 薬も、毛布も……

 あの子、あったかかったです』


 私は、胸の奥が締めつけられるのを感じた。


「……申し訳ありません」


 彼女は首を振った。


『あなたが謝ることじゃない。

 ……名前を、覚えてくれたなら、それでいい』


 その言葉は、刃よりも重かった。


 通話が終わり、私はしばらく動けなかった。


 ミハイルが、小さく言う。


「……首相。

 あなたは、正しいことをしています」


「いいえ」


 私は首を振る。


「私は、正しいことをしていない」


 彼を見る。


「ただ、正しくなれなかった結果を、引き受けているだけです」


 ミハイルは何も言わなかった。

 だが、その沈黙は、逃げていない沈黙だった。


 その夜、私は一通の非公式メッセージを送った。

 宛先は、ユリウス・グランフェルト。


三名、亡くなりました。

名前は、

アミール、ハナ、ミルザ。


あなたのやり方なら、

最初から救われなかったでしょう。


それでも私は、

この三人を、切らなかったことを後悔していません。


 返事は、すぐには来なかった。


 翌朝。

 世界協定事務局から、公式な通達が出た。


《無名地帯における一時管理措置、

 予想以上の効果を確認》


 数字だけ見れば、成功だ。


 だが、その下に、小さく追記がある。


《なお、数名の死者が確認されている》


 名前は、書かれていない。


 私は、その文書を見つめ、静かに言った。


「……まだ足りない」


 ミハイルが顔を上げる。


「何がですか」


「名前です」


 私は答えた。


「数字の下に、

 名前が書かれる世界にしなければ、

 このやり方は、彼に勝てません」


 端末が震えた。


 ユリウスからの返信だ。


……三名で済んだのは、

あなたが“遅かった”からではない。


あなたが、

現場に残ったからだ。


それでも私は、

次は切る判断をする。


 私は画面を閉じた。


「ええ」


 小さく、独りごちる。


「次は、もっと難しい選択になります」


 地図を見る。

 無名地帯の白は、まだ消えていない。


 だが、その白の中に、

 確かに“名前”が増え始めている。


 それは、数字よりも遅く、

 数字よりも重い。


 そして――

 人徳という言葉では、到底言い表せない重さだった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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