第38話 拒否
次の会議は、
これまでで最も短い議題で始まった。
提案は一つ。
説明も、要点だけ。
制度最終保証人の設置。
その名を、
誰が担うのか。
答えは、
全員が知っていた。
「――顧問」
議長が、
形式的に視線を向ける。
「ご意見を」
逃げ道のない言葉だった。
男は、
ゆっくりと立ち上がった。
椅子の音が、
やけに大きく響く。
誰も、
彼を見ていない。
見ているのは、
**その後ろに置かれる“安心”**だ。
「私は」
男は、
低く、
はっきりと言った。
「その役割を、
引き受けません」
ざわめきは、
起きなかった。
予想されていたからだ。
「理由を、
聞かせてください」
議長の声は、
硬かった。
男は、
少しだけ考える。
言葉を選んでいるのではない。
削っている。
「それは」
男は、
静かに言った。
「引き受ける、
という行為ではないからです」
誰かが、
小さく息を呑んだ。
だが、
反論は出ない。
その意味が、
理解できてしまうからだ。
「私が名を連ねれば」
男は、
視線を巡らせる。
「判断は、
より速くなるでしょう」
「誰も、
迷わなくなる」
「誰も、
責められなくなる」
一拍。
「だからこそ、
誰も、
引き受けなくなります」
「……それは」
クララが、
初めて口を開いた。
「世界を、
守るためでは」
「ええ」
男は、
否定しない。
「守るための提案です」
そして、
続けた。
「人が、
立たない形で」
会議室に、
静かな緊張が走る。
否定できない。
だが、
受け入れたくもない。
「私が拒否するのは」
男は、
最後に言った。
「世界を困らせたいからではありません」
「ただ――」
一拍。
「人徳を、
制度に殺させないためです」
その言葉は、
議事録には残らない。
だが、
全員の中に残った。
「……では」
議長が、
ゆっくりと言った。
「提案は、
否決ということで」
槌は、
打たれなかった。
否決という言葉が、
宙に浮いたまま、
処理される。
会議は、
それ以上、
進まなかった。
誰も、
次の案を出せない。
出せば、
引き受けることになる。
廊下。
クララが、
男の隣に立った。
「……あなたは」
言葉を探している。
「世界を、
不安定にします」
男は、
立ち止まらない。
「ええ」
即答だった。
「人が、
立てるようにするために」
クララは、
それ以上、
何も言わなかった。
制度は、
人を守る。
だが、
人を立たせない。
その矛盾を、
彼女は、
初めて受け入れた。
夜。
世界は、
いつも通り動いている。
灯りは、
消えていない。
切断も、
続いている。
それでも、
何かが違う。
判断の前に、
一瞬の“間”が生まれた。
男は、
部屋で端末を閉じた。
これで、
後戻りはできない。
だが、
やるべきことは、
もう一つだけ残っている。
拒否したまま、
立ち去らないこと。
それが、
最後の仕事だった。
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