第37話 世界の提案
提案は、
会議ではなく、
個別に行われた。
正式な議題にすれば、
反対意見が出る。
反対が出れば、
誰かが引き受けなければならない。
だから、
静かに進められた。
男が呼ばれたのは、
最上階の小会議室だった。
窓は大きく、
街が一望できる。
安定した灯り。
整然とした交通。
世界は、
よく回っている。
「……率直に言おう」
ユリウス・グランフェルトが、
口を開いた。
議長としてではない。
一人の人間としての声だった。
「君がいることで、
判断が止まる」
男は、
否定しなかった。
「止まるのは、
悪いことではない」
ユリウスは続ける。
「だが、
世界は止まり続けられない」
それも、
事実だった。
「だから、
君に頼みたい」
ユリウスは、
真正面から男を見た。
「制度の最終保証人に、
なってほしい」
回りくどさはない。
逃げ道を、
塞ぐ言い方だ。
「保証人、
とは」
男は、
確認するように言った。
「君の名前を、
判断書の最後に置く」
「判断には、
介入しない」
「だが――」
ユリウスは、
一拍置く。
「世界は、
君が引き受けたと
思える」
男は、
しばらく黙っていた。
窓の外に、
視線を向ける。
この景色を、
守るための提案だ。
それは、
嘘ではない。
「それで、
世界は楽になりますか」
男は、
静かに尋ねた。
ユリウスは、
迷わず頷いた。
「なる」
即答だった。
「誰も、
悩まなくて済む」
「誰も、
責められなくて済む」
「誰も、
立ち止まらなくて済む」
それは、
理想的だった。
人が、
引き受けない世界としては。
「君は、
何もしなくていい」
ユリウスは、
言葉を重ねる。
「そこに、
いてくれればいい」
「象徴として」
「保証として」
男は、
目を閉じた。
それは、
一度、
通った道だった。
名前を奪われ、
役割だけ残された世界。
あれを、
もう一度、
なぞることになる。
「……それは」
男は、
ゆっくりと言った。
「引き受ける、
ということではありません」
ユリウスの表情が、
初めて揺れた。
「君がいれば」
ユリウスは、
言葉を続けようとする。
だが、
男は遮らない。
ただ、
最後まで聞く。
「……君がいれば、
世界は、
安心して切れる」
ユリウスは、
ついに言った。
それが、
この提案の核心だった。
男は、
深く息を吸った。
怒りはない。
失望もない。
ただ、
確認が終わった。
「分かりました」
男は、
静かに言った。
ユリウスの肩が、
わずかに緩む。
「――ですが」
男は、
続けた。
「それは、
私の答えではありません」
その言葉で、
部屋の空気が変わる。
「世界が欲しいのは、
人徳ではない」
男は、
はっきりと言った。
「免罪符です」
ユリウスは、
視線を逸らした。
否定できなかった。
「私が、
そこに立てば」
男は、
静かに続ける。
「誰も、
引き受けなくなる」
「それは、
世界を守ることではありません」
沈黙。
長い沈黙。
だが、
もはや、
逃げ場はない。
「……では」
ユリウスが、
低く言った。
「君は、
どうしたい」
初めて、
選択を委ねる言葉だった。
男は、
窓の外から、
視線を戻す。
「次の会議で、
話します」
それだけを言って、
席を立った。
答えは、
まだ出していない。
だが、
世界は理解した。
この提案は、
拒否される。
それでも、
止められない。
なぜなら、
これが、
世界が選べる
最後の“楽な道”だからだ。
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