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追放された俺のやり方、なぜか世界中で禁止され始める  作者: 七瀬ミコト


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第3話 議題にない命

 議事録の紙が、円卓の中央で静かに光を反射していた。

 たった一枚。署名も押印もない、ただの白紙に近い紙だ。


 ――それでも、空気は確実に変わった。


「……議長国の権限は凍結されています」


 事務局長が、もう一度確認するように言った。

 声は冷静だが、その奥に戸惑いが滲んでいる。


「議題の追加は、議長権限に基づく行為です」


 私は頷いた。


「ええ、承知しています。ですから、これは“議題追加”ではありません」


 レオナードが、面白そうに口角を上げた。


「ほう。じゃあ何だ?」


「確認です」


 私は白紙の上にペンを置き、円卓を見回した。


「協定外圏――無名地帯で、先ほど食料倉庫が襲撃されました。死者が出ています。

 この事実を、各国代表が把握しているかどうか。まず、それを確認したい」


 リン・シャオユンが即答する。


「把握しています。内政問題です」


「ノルグラードも把握している」


 イーサンが低く言う。


「だが、介入はしない」


 マリアンヌが、慎重に言葉を選ぶ。


「エルディアも報告を受けています。ただ……協定外圏は、合意の対象外です」


 サミュエルは鼻で笑った。


「神の守護がない地だ。自業自得だろう」


 全員が知っている。

 そして全員が、動かない。


 私はそれを確認し終えてから、静かに言った。


「ありがとうございます。では、次の確認です」


 ペン先が、白紙に触れる。


「今この瞬間、誰があの地域の“責任者”ですか?」


 沈黙。


 事務局長が小さく咳払いをする。


「……協定外圏については、明確な責任主体は――」


「存在しない」


 私が言葉を引き取った。


「つまり、死者が出ても、誰も“自分の失敗”にはならない」


 レオナードが肩をすくめる。


「冷たい言い方だが、そういう設計だ。だから協定が回る」


「回るために、落ちる場所を作った」


 私は淡々と返す。


「設計としては理解できます。ですが――」


 私は白紙を持ち上げ、円卓の中央へ滑らせた。


「その“落ちる場所”に、子どもがいます」


 数字を言わない。

 写真も出さない。

 名前だけを、出す。


「ナディア。十二歳。

 難民キャンプで、配給列の最後尾に並んでいた子です」


 その名前を聞いた瞬間、マリアンヌの指が、ほんの一瞬止まった。

 リン宰相の視線が、白紙に落ちる。


「……個人名を出すのは、議論を歪めます」


「ええ。だからこそ、出します」


 私は言った。


「議論が“歪まない”まま進んだ結果が、今ですから」


 サミュエルが声を荒げる。


「感情論だ! 世界は感情で回らない!」


「同意します」


 私はすぐに頷いた。


「ですが、世界が壊れるとき、最後に残るのは感情です。

 恐怖、怒り、絶望。

 それを回収する仕組みがないから、戦争になる」


 イーサンが、腕を組んだまま言う。


「……お前は、何がしたい」


「責任の所在を、今ここで決めたい」


 私は即答した。


「協定外圏で起きたことを、誰も引き受けないままにするのか。

 それとも、一時的でもいいから、引き受ける枠を作るのか」


 レオナードが、椅子にもたれた。


「君が引き受けるのか?」


「はい」


 間髪入れずに答える。


「リュミエル小邦が、一時的な管理責任を負います。

 支援物資の調整、治安部隊の受け入れ窓口、情報の一元化。

 ただし――」


 私は一拍置いた。


「その代わり、各国は“関与していない”という立場を捨ててください」


 リン宰相の目が、鋭く細まる。


「それは、責任の共有を意味します」


「ええ。共有ではなく、可視化です」


 私は訂正する。


「誰が何をしなかったのか。

 誰が何を恐れて動かなかったのか。

 それを、議事録に残します」


 マリアンヌが、低く息を吐いた。


「……あなたは、本当に危険な人ですね」


「よく言われます」


 レオナードが笑いながら言った。


「面白い。だが、なぜそこまでする?

 君の国が得るものはない」


 私は彼を見た。


「得るものがないからです」


「は?」


「得が絡むと、判断が歪みます。

 だから今回は、損しかしない立場が引き受ける」


 イーサンが、短く笑った。


「……筋は通っている」


 サミュエルが、苛立ちを隠さず叫ぶ。


「そんなことをすれば、世界中の問題が集まってくるぞ!」


「集めます」


 私は言った。


「集めて、潰れないかを、あなた方に見せます」


 沈黙が落ちる。

 それは反対の沈黙ではない。

 計算の沈黙だ。


 リン宰相が、静かに口を開いた。


「一時的管理責任。期限は?」


「三十日」


「短い」


「長いと、恒久化します。

 三十日で、この仕組みが続けられない理由を洗い出す」


 マリアンヌが、ゆっくりと頷いた。


「……議題ではありませんが、“確認”としてなら、反対できません」


 レオナードが手を叩いた。


「よし。アークレインは、物資輸送ルートを一部開放する。

 ただし、公式関与はしない」


「承知しました。議事録には、そう書きます」


 リン宰相が続く。


「医療支援チームを“技術交流”として派遣する」


「ありがとうございます。議事録に残します」


 イーサンが短く言った。


「治安情報を共有する。兵は出さない」


「それで十分です」


 全員が、少しずつ“踏み出した”。

 それは善意ではない。

 逃げきれないと悟った結果だ。


 事務局長が、困惑しながらも宣言する。


「……確認事項として、記録します。

 協定外圏に関する一時的管理責任を、リュミエル小邦が引き受ける」


 私は、静かに息を吐いた。


 ――これでいい。


 完璧ではない。

 だが、誰も触れなかった場所に、初めて手が伸びた。


 会議が一段落し、再び休憩に入る。

 私は席を立つと同時に、端末を耳に当てた。


「……聞こえますか。こちら、アレクシス・ヴァルディーンです」


 通信の向こうで、雑音と泣き声が混じる。


『……あ、あの……首相さん?』


 幼い声。

 間違いない。


「ナディア。無事ですか」


『……うん。こわかったけど……まだ、いる』


 私は目を閉じた。


「約束します。

 今日は、あなたのことを忘れない人が、ここにいます」


 少しの沈黙のあと、彼女は言った。


『……じゃあ、だいじょうぶ』


 通話が切れる。


 私は端末を下ろし、円卓ホールを見渡した。

 ここにいる誰もが、さっきより少しだけ重たい顔をしている。


 責任とは、こうやって増える。

 だから、世界はそれを嫌う。


 だが――。


 私は議事録の白紙を、正式な紙束の一番上に置いた。


 議題にない命は、

 議事録に載らない限り、世界に存在しない。


 ならば、書く。

 何度でも。

 世界が、嫌になるまで。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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