第24話 初被害
報告書は、形式通りだった。
ページ数。
項目順。
文体。
どれも、制度が要求する水準を、正確に満たしている。
《切断判断透明化制度・運用報告》
クララ・フェルディナントは、冒頭から最後までを、淡々と読み進めた。
指先は止まらない。
感情も、動かない。
「……処理は適正ですね」
同席していた職員が、安堵したように言う。
「はい」
クララは頷いた。
「判断理由は明確。
説明文も定型に沿っています」
「批判は?」
「現時点では、ありません」
数字が示す通りだった。
抗議件数、ゼロ。
再検討要求、ゼロ。
制度は、機能している。
その地域は、地図上では小さな点だった。
人口も多くない。
軍事的価値も低い。
物流の要衝でもない。
だから、切られた。
理由は、十分に説明されている。
《当該地域は、
周辺安定性への影響が限定的であり、
支援継続による費用対効果が低いため》
誰も反論しなかった。
反論する理由が、なかった。
切断後、三日。
現地の支援団体が、撤退を決めた。
判断理由は、単純だ。
「説明が、
すでに出ているからです」
代表者は、そう言った。
「世界協定が、
“理解を示した”以上、
我々が留まる理由はありません」
それは、責任ある判断だった。
少なくとも、文書上は。
切断後、五日。
医療テントが、一つ閉じられた。
人員不足。
物資不足。
そして、支援継続の正当性が失われたこと。
理由は、すべて記録されている。
だから、
誰も、止めなかった。
切断後、七日。
死者が出た。
高齢の男性。
慢性疾患。
治療を続けていれば、
助かった可能性は高い。
報告書は、簡潔だった。
《死因:基礎疾患の悪化》
《切断判断との直接的因果関係:確認されず》
文章は、正しい。
間違ってはいない。
クララの端末に、その報告が届いたのは、夜だった。
彼女は、椅子に深く腰掛け、
再度、文書を開いた。
誤字はない。
論理の飛躍もない。
制度上の不備も、見当たらない。
「……問題は、ありません」
独り言のように呟く。
その言葉を、
否定する要素は、どこにもない。
だが。
クララは、
同じ報告書を、三度読み返していた。
同じ頃。
エリアス・ノートンは、
現地から届いた非公式の通信を読んでいた。
制度には、載らない文章。
医師が一人、
泣いています。
自分が、
ここを離れたからだと。
エリアスは、
画面を閉じ、
しばらく動かなかった。
それは、
判断の失敗ではない。
制度は、
正しく動いた。
それでも――
人が死んだ。
「……これが、
正しい結果だと、
言えるのか」
答えは、ない。
あるのは、
説明され尽くした現実だけだ。
無名地帯では、
その知らせは、噂として届いた。
「……また、一人」
「切られた場所だろ」
「説明は、
ちゃんとあったらしい」
誰も怒らない。
怒る相手が、いないからだ。
説明が、
すべてを終わらせてしまった。
夜。
男は、
いつものように、
名前の書かれた紙を見つめていた。
一つ、
増えている。
彼は、
その名前を指でなぞり、
紙を折り畳んだ。
誰にも見せない。
記録にも残らない。
だが、
ここでは、
死は、
説明で終わらない。
男は、
紙を胸ポケットにしまい、
立ち上がった。
制度は、
正しく人を切る。
だが、
正しく切られた死は、
誰にも引き受けられない。
それが、
第2巻で初めて、
はっきりと形になった。
小さく。
静かに。
だが、
取り消し不能な形で。
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