第21話 テンプレート
書類は、静かに完成した。
クララ・フェルディナントは、画面に並んだ文章を無表情で確認していた。
文言に感情はない。
必要もない。
《切断判断透明化制度(草案)》
項目は整理されている。
過不足はない。
誰が読んでも、同じ解釈に辿り着く。
――少なくとも、そう設計されている。
「……冗長性は?」
背後から、同僚が尋ねる。
「削りました」
クララは即答した。
「判断理由は、これ以上書くと主観が混じります」
「現地の事情は?」
「別紙です」
「責任主体は?」
クララは、一拍置いた。
「……制度です」
同僚は、それ以上何も言わなかった。
沈黙は、同意を意味する。
異論がないというより、反論する理由がないという沈黙だ。
クララは、机の端に置かれた別の資料に視線を移す。
――過去の議事録。
正式な保管庫には残っていない、
非公式に回ってきた写し。
そこには、手書きに近い文章が残っていた。
切断判断後、
現地に残った人間の行動について、
記録を行う。
署名はない。
日付だけがある。
クララは、それをじっと見つめ、
やがて、端末のゴミ箱に送った。
「……再現性がない」
独り言のように呟く。
思想は、
再現できなければ、
制度にならない。
そして、制度にならないものは、
世界を動かせない。
午後。
小規模なレビュー会議。
「この制度なら、
切断判断の“説明不足”という批判は避けられます」
「名前も残る?」
「残ります」
クララは答えた。
「ただし、
個人名ではなく、
判断主体としての名称です」
「……責任は?」
その問いに、クララは即答しなかった。
「責任は、
プロセスが担います」
誰かが、ゆっくりと頷いた。
それで、十分だった。
同じ時間。
エリアス・ノートンは、
現地からの報告書を読み返していた。
切断後も残った医師。
住民の自助行動。
物資不足。
数字は悪くない。
だが、改善とも言えない。
彼は、報告書の余白に、短く書き足す。
判断後三日目、
医師が一人、
睡眠不足で倒れた。
送信。
数分後、返信が来る。
《当該記述は、
判断に直接関係しないため、
削除を検討》
エリアスは、画面を見つめたまま、動かなかった。
関係しない。
その言葉が、喉の奥に残る。
彼は、再度入力する。
削除には同意しません。
それだけだ。
夜。
無名地帯では、発電機の音が低く響いていた。
灯りは不安定だが、消えてはいない。
男は、木箱の横に腰を下ろし、
名前の書かれた紙を畳む。
増えていない。
減ってもいない。
遠くで、子どもの声がする。
名前を呼んでいる。
それを、男は聞いていた。
制度は、ここまで届かない。
届く必要もない。
だが――
制度が、ここを説明できなくなったとき、
誰が責任を引き受けるのか。
男は、何も書かなかった。
何も言わなかった。
ただ、立ち上がり、
灯りの消えかけた場所へ向かう。
その夜遅く。
クララは、草案の最終版を送信した。
修正なし。
承認待ち。
画面に表示された文字列は、整っている。
無駄がない。
だが、送信ボタンを押した指先に、
ほんの一瞬、違和感が走った。
理由は分からない。
言語化もできない。
クララは、画面を閉じた。
その違和感に、
名前を与えることはしなかった。
与えなくても、
制度は動く。
それが、
正しさだと、
彼女は知っていた。
そして同時に――
それが、
何かを切り落とす正しさであることも。
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