第19話 切断後の通常運転
会議は、定刻通りに始まった。
「――以上の状況を踏まえ、
本件は切断判断が妥当と結論づけます」
淡々とした声。
感情の起伏はない。
円卓に座る代表者たちは、誰も異議を唱えなかった。
反論も、沈黙も、予定通りだ。
スクリーンに映る地図の一部が、灰色に変わる。
切られた。
それだけのことだ。
「被害想定は?」
「最小です。
周辺地域への波及もありません」
「では、決定とします」
議長の槌が、軽く鳴る。
――終わり。
誰も深く息を吐かない。
この会議にとって、特別な出来事ではなかったからだ。
議事録作成の時間。
若手職員のレオンは、端末を前に指を止めていた。
画面には、いつもの書式。
《判断理由》
《実行内容》
《結果》
彼は、しばらく画面を見つめてから、小さく手を挙げた。
「……あの」
室内の視線が、わずかに集まる。
「説明欄、
空白のままでいいんでしょうか」
一瞬の沈黙。
上司が、眉をひそめる。
「何を言っている」
「いえ、その……
切断判断の理由は書かれていますが、
“なぜ今だったのか”という説明が――」
「書式通りに埋めればいい」
即答だった。
「前例通りだ。
余計なことを書くな」
「……はい」
レオンは、手を下ろした。
だが、指はすぐに動かなかった。
空白欄が、やけに広く見える。
彼は結局、定型文を貼り付けた。
《地域安定性確保のため》
それで、承認は下りた。
何の問題もなく。
だが――
胸の奥に、小さな棘が残った。
一方その頃。
世界協定の建物から遠く離れた、無名地帯。
瓦礫を片付ける音が、静かに響いていた。
「……あ、そっち持ちます」
男が声をかけ、木箱を支える。
「ありがとう」
返事をしたのは、現地の女性だ。
彼女は、男の名前を知らない。
「助かります。
最近、人手が足りなくて」
「いえ」
男は首を振る。
「ここは、
そういう場所ですから」
それだけ言って、木箱を運ぶ。
肩書きはない。
誰も、彼を特別扱いしない。
それでいい。
午後。
小さな学校の仮設教室。
「……ナディア、いる?」
「はーい」
名前を呼ばれ、少女が手を挙げる。
それを、男は教室の外から見ていた。
名前を呼ばれる。
それだけのこと。
だが、ここではそれが続いている。
誰かが決めたわけではない。
制度でもない。
ただ、そうしているだけだ。
夕方。
男は、簡易宿舎の前で一息ついた。
ポケットの中には、折り畳まれた古いメモ。
名前がいくつか書いてある。
もう、増えてはいない。
増やす必要がないからだ。
遠くで、通信端末の通知音が鳴る。
誰かのものだろう。
世界は、今日も動いている。
切断判断は、予定通り行われ。
議事録は、整えられ。
誰も立ち止まらない。
男は、空を見上げた。
雲の流れは、昨日と変わらない。
――それでいい。
だが。
ほんのわずかに、
世界は重くなっている。
誰も口にしない。
誰も評価しない。
それでも確かに、
何かが戻らなかった。
切断後の通常運転。
それは、
以前よりも、
少しだけ音が鈍い。
その違和感に、
名前を付ける人間は、
まだ、いなかった。
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