第13話 切断の影
その朝、世界は分かりやすい答えを用意してきた。
《北部沿岸地域、緊急介入成功》
《被害最小、判断の迅速さが奏功》
各国の主要メディアが、一斉に報じる。
写真付きで、名前付きで。
――ユリウス・グランフェルト。
「……来ましたね」
ミハイルが、端末を置きながら言った。
「ええ」
私は頷いた。
「世界が、比較を始めました」
画面をスクロールすると、次の記事が目に入る。
《一方、調停型対応は決着に時間》
《現場に混乱、判断の遅れが指摘》
私の名前は、出ていない。
だが、誰のことかは明白だ。
――遅い方。
「……首相」
ミハイルが、慎重に言う。
「こちらの案件も、同時刻に発生していました」
彼が示したのは、私が関わっている地域の報告だ。
大規模ではない。
だが、厄介だ。
支援ルートが一時停止。
現地の代表者同士が対立。
小規模な衝突。
死者は、出ていない。
だが、混乱はある。
「ユリウスの判断なら――」
「ええ」
私は、先に答えた。
「即断で切っていたでしょう」
「……そうすれば、
この混乱はなかった可能性があります」
可能性。
その言葉が、重い。
昼前。
非公式ブリーフィング。
各国の実務者たちが、遠慮なく言う。
「結果が出ています」
「比較は避けられません」
「感情を汲む余裕は、今はない」
誰も、私を責めてはいない。
ただ――
選ばなくなっている。
私は、その空気を感じ取った。
「……確認させてください」
私は、静かに口を開いた。
「今、ここで話されているのは、
“どちらが正しいか”ですか。
それとも――」
一拍置く。
「どちらが楽かですか」
空気が、わずかに張りつめる。
誰も答えない。
だが、それが答えだった。
夕方。
ユリウスから、直接の通信が入った。
映像の向こうで、彼はいつも通り落ち着いている。
『……数字は、見たか』
「ええ」
『私の判断は、正しかった』
「はい」
私は、否定しなかった。
彼は、わずかに眉を動かす。
『……驚かないな』
「正しいときに、
正しいと言えない方が危険です」
沈黙。
『だが』
彼は、低く続ける。
『君の現場では、
切られなかった人間が、
まだ息をしている』
「ええ」
『それを、世界は評価しない』
「知っています」
『なら、なぜ続ける』
私は、少し考えた。
「……評価されないものが、
消えていく世界を、
見過ごしたくないだけです」
ユリウスは、目を閉じた。
『……君は、
私よりも残酷だ』
「そうかもしれません」
「希望を残す分、
裏切られたときの傷が深い」
通信が切れる。
その夜。
官邸の廊下で、ミハイルが立ち止まった。
「……首相」
「はい」
「正直に言います」
彼は、視線を逸らさずに言った。
「今の流れは、
あなたに不利です」
「ええ」
「それでも、
やり方を変えませんか」
私は、少しだけ笑った。
「変えた瞬間、
私である意味がなくなります」
ミハイルは、何も言わなかった。
だが、その沈黙は、離反ではない。
深夜。
世界協定事務局の内部文書が、非公式に回り始めた。
《三十日プロジェクトの再評価》
《調停型対応の限界》
《迅速判断モデルの優位性》
そこに、私の名前は書かれていない。
だが――
排除の準備は、十分だった。
机の上のカレンダーを見る。
赤い円。
――残り十七日。
私は、静かに呟いた。
「……切断は、
もう始まっている」
切られるのは、地域だけではない。
人間も、思想も、やり方も。
そして今、
世界は、
私という存在を、
切る準備を整えつつあった。
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