第10話 責任が集まる場所
世界協定事務局の廊下は、相変わらず無機質だった。
だが、この数日で、確実に変わったものがある。
――人の視線だ。
すれ違う職員たちが、一瞬、足を止める。
敬意ではない。警戒でもない。
計算だ。
「……首相」
ミハイルが、歩きながら小声で言う。
「最近、“あなたを通したい案件”が増えています」
「通したい、ですか」
「はい。
正式には評議会案件なのに、
“事前に首相の見解を聞きたい”と」
私は苦く笑った。
「責任を、集め始めていますね」
世界は、賢い。
そして、臆病だ。
責任を一人に集めれば、
判断は楽になる。
だが――。
「集めすぎると、壊れます」
私は言った。
「……首相?」
「責任は、重さに耐えられる器に分けるものです」
ミハイルは、黙って頷いた。
彼も気づき始めている。
会議室。
小規模だが、異様な顔ぶれが揃っていた。
各国の次席代表。
情報機関の調整官。
医療、物流、治安の専門家。
そして――ユリウス・グランフェルト。
「非公式会合だ」
彼が、淡々と言った。
「議題は一つ。
三十日プロジェクト以降の“責任の扱い”」
私は、席に着いた。
「“私に集める”という案は、却下します」
即答だった。
ざわめき。
「だが、君以外に――」
「だからです」
私は遮る。
「一人に集めると、
その人間が壊れた瞬間、世界が止まる」
ユリウスが、じっと私を見る。
「……代案は?」
「分解します」
私は、資料を出した。
表紙に書かれた文字。
《責任分解モデル(試案)》
責任分解モデル(概要)
判断責任:
決断そのものを下す主体
実行責任:
現場で行動する主体
記録責任:
結果と過程を残す主体
説明責任:
後から問いに答える主体
「これを、一人に背負わせない」
私は言った。
「最低でも、四つに分ける」
専門家の一人が、眉をひそめる。
「複雑すぎる。
緊急時には使えない」
「ええ」
私は頷いた。
「だから、緊急時以外で使います」
ユリウスが、低く言った。
「……緊急時は?」
「切断判断が必要なら、
あなたがやる」
その場が、静まり返る。
「私は止めません」
私は続けた。
「ただし――
切った後の記録責任と説明責任は、
私が引き受けます」
ユリウスの目が、わずかに揺れた。
「……なぜだ」
「あなたが、
切ったことを一人で抱え続けているからです」
沈黙。
「切る人間が、
切り続けるためには、
切った理由を語れる場所が必要です」
彼は、しばらく何も言わなかった。
やがて、静かに言う。
「……君は、
私を無力化しようとしているわけではないな」
「いいえ」
私は首を振る。
「孤立させないだけです」
その夜。
私は、久しぶりに官邸の自室で、椅子に深く腰掛けた。
疲労が、遅れてやってくる。
体ではなく、判断そのものの疲労だ。
机の上に、一通のメモが置かれている。
――世界協定事務局長から。
《非公式だが、
“責任分解モデル”を
内部運用で試行したい》
私は、目を閉じた。
進んでいる。
確実に。
だが――。
端末が震える。
無名地帯からの報告。
《武装勢力の一部が、
別地域で活動再開》
世界は、待ってくれない。
ミハイルが、扉の外から声をかける。
「首相……」
「ええ」
私は立ち上がった。
「行きましょう」
責任が集まる場所へ。
それは、
権力の中心ではない。
誰も引き受けたがらない現場だ。
そして私は、
まだそこに立てる。
逃げずに。
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