4章 挫折
「先生おかえりなさい」
部屋を掃除していた扉が開いて、先生が帰ってきた。
「オル、ただいま」
「お茶飲みますか?」
「あぁ、ありがとう。とりあえず荷物を置いてくるよ」
先生は自室に入っていった。僕は掃除道具を片付けて台所にいくと、いつものように火打ち石で火を付けて水を温める。
「今日はいつものお茶がいいかな」
戸棚に置いてある先生が、いつも飲んでるお茶の葉を急須に入れる。台所にあるクッキーを皿にいれていると先生がすっと入ってきた。
「何か手伝うことあるかい?」
「もう、準備ができますよ。先生は座っていてください」
「ありがとう」
先生はリビングに行きいつもの席に座った。準備をして持っていくと先生がクッキーに気づき話しかけてきた。
「クッキーがあるのかい?」
「はい。母が先生が戻ってくる時に合わせて、持たせてくれました」
「それはありがたいな。でも戻ってくるのが二日ほど遅れたけど、毎日持たせてくれたのか?」
僕は先生の所にクッキーと、お茶を置いた。
「違いますよ。二日前に作ってくれたんです。これ一週間位は日持ちするんです」
このクッキーは日持ちがするのに美味しいので、僕は小さい頃から大好きだった。母も知っていてるので今回作ってくれたみたいだった。
僕も先生の向かいに座る。
「依頼の方はどうでしたか?」
「魔物はそんなに強くなかったんだが、思ったより数がいてね、時間がかかったんだ」
先生が言うには、手紙でもらっていたより三割ほど多かったという。先生は苦笑いを浮かべる。
「久し振りの魔物退治は疲れたよ」
先生は乾いた声で笑った。
「オルの方はどうだった?」
「僕の方ですか?」
僕は正直に教えている生徒に、下手だと言われた事を告げた。
「先生はどうやって教えているんですか」
先生は少し考えながら答えてくれた。
「私は相手の表情を見ながら、教えてるかな」
「表情ですか?」
「そうだよ。表情」
先生は一口お茶を、飲んだ。
「魔法の方はどうだい?」
魔法、その言葉に僕は一瞬止まってしまった。
「どうしたんだい?」
優しく話しかけてくれる先生が、急に怖くなった。
「魔法ですか。魔法はですね」
なかなか言葉がでない。すると急に先生が立ち上がった。
「練習の成果をみたいな。今から軽くしようか」
先生は言うが早いか部屋をでていった。僕は先生の後をゆっくりついていく。失敗してからというもの何回か魔法を使おうとしたが、全くできなくなってしまった。こんな僕を見て先生はどう思うだろう。
僕はゆっくりと練習の部屋にいくと、先生はいつもの場所に立っていた。
「さぁ、始めて」
「はい」
先生の前に立ち意識を集中し、いつもの呪文を唱える。
「火は己の一部、火は己と共にあり」
腕の先には火が生まれる。その火は少しずつ大きくなって、僕の体を包み込む。その炎は僕自身を燃やし始める。炎が僕の体の一部ではなくなっていく。
「オル?顔色が悪いぞ」
先生の言葉に、僕はまた意識が魔法とは遠い所に行っていることに気付いた。
「すいません。ここ数日こんな感じなんです」
「それはつまり魔法が使えないってことか?」
僕は頷いた。
「何かあったのか?」
僕はあの日、失敗したことを先生に話した。
「普通の火は怖くないんだよね?」
「はい」
先生は腕組みをして、少し考える。
「オルは失敗が怖くなったみたいだね。これは自分で乗り越えないといけない問題だよ」
先生は僕の肩を優しく叩いた。
「今日は終わりにしよう」
先生は部屋に戻っていった。魔法を使えなくなった僕を見て先生はどう思ったのだろうか。その言葉を聞くのが怖くなり僕はそのまま家に帰った。
家に帰ると母が声をかけてきた。
「先生は戻ったかい?」
「戻ったよ。クッキーも美味しく食べてたよ」
母はその言葉に満足そうにしていた。
「ここ最近、お前元気ないけど大丈夫かい?」
「僕、元気ない?」
「元気ないね。おとなしいというかなんというか」
僕はいつも通りしているつもりでいたが、どこが違うんだろうか?
「どうせ、何かで失敗したか何かしたかい?」
母には何も言ってないのに、なんで分かったんだ?
「図星かい?あんたは昔から何でもできたけど、なんか失敗したら、すぐに落ち込むんだよ。木登りに初めて挑戦した時も、今みたいだったじゃないか。覚えてないかい?」
「そんなことあったっけ?いつの話?」
「小さい頃の話さ、木登りもいつの間にかできるようになってたから、今回も心配ないんじゃないかい?」
母は笑いながら、台所に戻っていった。
それから数日は先生には魔法のことは聞けず、剣術だけを習っていた。
「剣術も様になってきたね」
お茶を飲みながら先生が、褒めてくれた。
「そうですか?ありがとうございます」
あの日以来、魔法のことには先生は触れてこない。どう思っているのか?
「何か聞きたいことでもあるのかい?」
先生に自分の気持ちを見透かされているように感じた。
「聞きたいことがあるなら、聞いて大丈夫だよ」
僕は少し迷ったが、聞くことにした。
「先生、僕は魔法をやめた方がいいのでしょうか?」
「魔法のことか。そうだな」
先生がお茶を一口飲む。その間が怖い。
そこでドンドンと扉を叩く音が聞こえてきた。
「ヴィンセントさんいるかい」
「お客さんだ。少し待っていてくれ」
先生が扉に向かった。僕は正直先生の答えを聞くのが怖かったのでホッとした。
先生が扉を開けると村長さんが立っていた。
「オルもいたか」
僕は軽く会釈をする。
「どうしたんですか?」
「最近、森で見たことがない獣が、見かけられるようになったのは知っているか?」
「話には聞いています。まだ襲われていないみたいですけど、不安だから見張りを強化しようとセイヤ達と話をしていたところです」
「これがその獣の特徴をまとめた物だ。今日その獣の住処みたいなところを見つけてな。退治したほうがいいか聞きにきたんだ」
村長はポケットから紙を取り出して先生に渡した。先生は紙に目を通すと、表情がみるみる険しくなっていく。
「この熊に似た体格に鋭い爪、頭と肩に鋭い角そして二本の鋭い牙。間違いなくグルッセルという魔物ですね」
先生は難しい顔をする。
「この魔物は頭がよく、同種の獣を従えて様子を見ながら少しずつテリトリーを広げる傾向があるんです」
先生は顎に手をやる。
「なるほど。オルの時に襲ってき獣はこいつの先遣隊といったところか。私が倒したから慎重に広げているようですね」
「ヴィンセントさん。こいつは退治したほうがいいのか?」
「もちろんです。こいつは従えた獣の数で等級が、変わる珍しい魔物です。でも襲ってこないところをみると、まだ銀等級といったところでしょう」
先生が腕を組んで考えている。そんなに危険なのだろうか?
「明日退治に行きたいと思います。罠を貼りたいので数人手伝えそうな人はいますか」
険しい表情のまま村長に質問をする。
「そのくらいならすぐにできるよ」
村長は先生の言葉に安心した様子で、帰っていった。
「オルはどうする?」
「僕も行っていいんですか?」
てっきり留守番かと思っていたので驚いた。
「オルもサポートはできると思うから、来てくれると助かるな」
先生の手伝いができると聞いて嬉しかった。
「分かりました。行きます」
「ありがとう。私はこれから準備に入るよ。オルは今日は帰って、ゆっくり体を休めて明日に備えて」
「分かりました。そしたら明日また来ます」
僕は先生の家を後にした。家に帰っていると途中でディミが歩いているのを見かけた。
「ディミ」
僕はディミと並んで歩き始める。
「オルじゃない。あれ〜?もう先生との練習は終わったの〜?」
僕は明日、魔物退治することになったことをディミに話した。
「あぁ、あそこね。私が薬草を取りに行ったら見つけたんだよね〜」
「そうなのか?」
ディミが苦笑いする。
「家の手伝いをしてたら見つけたんだよ〜。あそこは貴重な薬草が取れるからたまに行く所なんだよね〜」
ディミの家族は、村で唯一の薬師をしていた。ディミも小さい頃から薬草のことを勉強しているらしい。
「ディミは凄いな」
ディミが首をかしげる。
「急にどうしたの〜?」
「ちゃんと薬師になってるじゃないか」
「まだ見習いだけどね〜」
ディミが少し照れた様子で額をかいた。
「あ、オルあそこに座ろうよ〜」
ディミは毎年遊んでいる川のほとりに座った。僕も隣に座る。
「そういえばさ〜、オルって川で溺れかけたことあったよね?」
たしか四、五年前で体が小さかった頃の話だ。
「あったね。急にどうした?」
「今年もね。小さい子が溺れかけたことがあったんだ〜」
「そうなのか?」
ディミが近くにあった小石を投げた。
「たいしたことでは、なかったんだけどね〜」
小石は川にポッチャンと入り波紋を産んだ。
「溺れかけてから、しばらくオルって泳げなかったなと思って」
言われて、思い返して見るとたしかに泳げないというか、泳ぐのに自身がなくて泳がなくなった時期がある。
「そしたら、次は私が溺れかけて、オルは何も考えないで助けに来てくれたんだよね〜」
「そうだったか?」
「そうだよ〜。それからオルって普通に泳げるようになったんだよね〜。だからさ」
急にディミに背中を叩かれた。
「今回も大丈夫だよ〜」
「痛いなぁ。でもありがとう」
二人して顔を合わせて笑った。
今回は魔法と出会い、そして挫折を乗り越えて魔法を自分のものにする少年の話を書きました。
全5章、最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。
4章は、失敗を恐れて踏み出せないオルと、それを見守るディミの姿を書きました
ご意見・ご感想お待ちしています。