3章 心の揺らぎ
「オル、ヴィンセントさんはいつ帰って来るの」
計算を教えていると、トウンに声をかけられた。
「予定では二週間だからあと四日かな」
トウンは少し残念そうな顔をする。
「早く帰ってきてほしいな」
「どうして?」
「だってさ、オルは教え方が下手だもん」
もしかして下手って言ったか?先生とどこが違う?
「なんか解りにくいんだもんな」
トウンの答えに、周りの子どもたちも何人か頷く。子供に混じって、ちらほら勉強している村の大人たちも苦笑いを浮かべる。
「先生と比べて、僕ってそんなに教え方が下手か?」
トウンが頷く。
「なんか分かりにくいんだよな。それに楽しくない」
比較的に僕は言われたことは何でもできて来たけど、こんなにまっすぐに下手だと、言われたことはないんじゃないか?
「解った。もっと気をつけるよ」
それしか言葉がでなかった。
「そしたら今日はここまで、みんな明日な」
生徒たちがバラバラと帰っていくのを僕は見ていた。そんなに俺は教え方が下手なのか?
「オルそんなに落ち込こまないの〜」
声をかけられた方を向いたら、ディミだった。
「なれないながら、よくやっているよ〜」
「フォローありがとう」
力なく返事をすると、ディミがクスクス笑った。
「どうした?」
「オルが珍しく落ち込んでるな〜と思って」
ディミが珍しい物を見るようにこちらを見る。
「落ち込んでないよ」
「そっか、落ち込んでないか」
ディミが面白がって横に座った。
「なんだよ」
「ん、久し振りに話でもしようかな〜と思って」
言われて先生に習い始めてから、あまりみんなと話してなかったことに気付いた。
「魔法の練習は順調?」
「まぁまぁかな」
「この村で魔法を使えるようになるなんて、すごいじゃない」
「まだ基本しかできてないよ」
ディミが首を振った。
「それでも、すごいことだよ〜。今度見せてよ」
「どうしよかな」
ディミが頬をふくらませた。
「減るもんじゃないし、いいじゃない」
「その顔、昔からするよな。その顔されると弱いんだよな」
言うとディミがもっと頬を膨らませた。
「分かった。分かった」
ディミが二カッと笑った。
「今から先生の所に掃除に行くから、ついでに見るか?」
「いいの!行く〜」
ディミがガッツポーズをする。僕達は勉強に使う集会場を後にする。どこからかコオロギの声が聞こえてきた。
「もう、夏も終わりだね」
「そうだね。今年、みんなは川遊びとかしたのか」
「もちろ〜ん。ただ今年はオルがいないから、少なめだけどね〜」
「そうなのか?なんか悪かったな」
「なんだかんだ、オルが結構中心なんだなぁって最近思うんだよね〜」
ディミが空を見上げる。
「それにしたいことができたんだから胸をはってよ〜!それに私が進めたことだしね。気にしてないよ〜」
ディミが背中を叩く。
「もう、痛いな」
「ハハ、さ、着いたよ。楽しみだな〜」
話しているとあっという間に先生の家に着いた。
「ちょっと、待ってて準備するから」
見せるのは、いつもの練習している所でいいだろう。僕はいつもの準備をすると、ディミを呼んだ。
「へぇ、こんな所でしてるんだ〜」
ディミが練習部屋を、キョロキョロしている。
「珍しいかい?」
「珍しいというか、何もないな〜って思って」
ディミが言う通り、この部屋には何もない。先生が魔法を練習するには、何もない方がいいということで、この部屋にはなにもおいてなかった。
「そしたらいいかい。いくよ」
ディミが頷き、壁際に立つのを確認すると、いつものように手に意識を集中する。
「火は己の一部、火は己と共にあり」
呪文をいつものように言って、手のひらに火をイメージする。しかしこのイメージは人に教えるように、下手ではないのか。他の魔法使いよりスムーズにできているか?
「オル?どうしたの?」
ディミの声で、僕は意識が違う所に向いていたことに気付いた。魔法はイメージがないと具現化しないと教わった。今も別のことを考えて手のひらには何もなかった。僕は意識を戻すために首を振った。
「何でもないよ」
一回深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「火は己の一部、火は己と共にあり」
体の中の一部が手の中で火に変わる。それが少しずつ大きくなっていく。僕は魔法に関しては問題ないはずだ。もっともっと大きくすることはできるはずだ。もっとイメージするんだ。イメージの中の火をどんどん大きくする。
「すごいね〜。でもそろそろ消したほうがいいんじゃない?」
ディミの声に、あらためて手の中の火を見る。火は子供くらいの大きさまでに膨れ上がっていた。この火はどうやって消したらいい?僕は火の出し方は教わったが、消し方を教わっていない。消す前に消えていたからだ。この火はどこまで大きくなる?このままだと家を燃やすんではないか?
どうすればいい?
「オル!ごめんね」
声が聞こえて僕は水浸しになった。振り向くとバケツを持ったディミがいた。
「どうしたの?途中から顔色が悪くなっていたよ」
僕はディミの顔を見ることができない。
「途中からどうしたらいいか、分からなくなってた」
「いつもこうなの?」
僕はディミの言葉に首を振った。
「いつもはうまくいくんだ」
「そうなんだ。急に見せてって言った私の方が悪いよね」
ディミは申し訳なさそうにしている。
「ディミは悪くないよ」
「そう?まぁこんな時もあるんじゃない?」
今までこんな失敗したことがない。やっぱり僕は下手なのか?
「今日はもう帰ろう」
ディミが肩を叩いたが、僕は手を払い除けた。
「ごめん、もう少しここにいる。ディミだけ帰って」
「オルが残るなら私も残ろうかな」
「すまないけど一人で考えたいんだ」
ディミはきっと心配してくれているんだろうな。その優しが今は少しつらい。
「そう?なら私は帰るね。オル、今日は魔法やめときなよ」
「うん。そうするよ」
僕はディミが帰ったあと、失敗して濡れた床を呆然と見ていた。
今回は魔法と出会い、そして挫折を乗り越えて魔法を自分のものにする少年の話を書きました。
全5章、最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。
3章は自身を失い、魔法にも失敗してしまうオルの姿をかいたお話です。
皆さんも、何かの失敗して「自分には向いてないかも」と感じたことはありませんか?
ご意見・ご感想お待ちしています。