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自称女騎士のくっころお姉さんは時々かっこいい

作者: 中村さつき



「女騎士たるもの屈辱は受けぬ! くっ、ころせ!」


 どこかで聞いたことがあるようなセリフを吐く、どこか浮世離れした金髪の自称女騎士、クエリ。

 推定無職。

 腰や片方の胸、腕や各関節に鎧のようなものをつけており、動きやすさを重視したような騎士の格好をしている。


 中世ならばそれに違和感も感じなかっただろうが、ここは現代日本。

 多分コスプレイヤーか何かだ。


 一応、俺がこっちに来てから初めましてだからご挨拶もついでにした方がいいかなと近くの店の和菓子を買っていたわけだが。

 この挨拶を聞いた瞬間、俺は手に持ったその和菓子を後ろに隠した。


 ……これ、話通じんやつや。


 今は平日の真っ昼間の住宅街。

 近くの高校では、野球少年が夏の大会に向けて猛練習する声が聞こえてくる。


 更に場所はアパートの二階の玄関前。

 こんな場所でその言葉を発する人がまともなことあるだろうか?


 まあどちらにしろ、答えは決まっている。


「いやですよ」

「私は辱めを受けるくらいなら潔く死んでやる!! どうせお前は私を蹂躙するのだろう? あの本みたいに! あの本みたいに!!」


 文脈から何をとったらその認識になるのか。


「あの本を強調されても共通認識じゃないし、意味分かんないですから」


 どうやら目の前で命乞いの逆をしているらしいクエリの中では、あの本と呼ばれるものが共通認識とされているみたいだ。

 どんな本だか知らないが、こんな言葉に続いて発せられる言葉だ。

 どうせ碌なものではない。

 できれば聞きたくないものだ。


「あんなえっちなことやこんなどえっちなことをするつもりなのだろう!?」


 そんな願いも虚しく、クエリは俺の不知の訴えを教えを乞いていると受け取ったのか、知りたくもないことを教えてきた。


「想像力逞しいですね。作家目指したらどうです?」

「そう? 実は私、作家になることに幼い頃から憧れててね」


 先程までの少し堅苦しい口調から一転。

 急にフランクに話しかけてきた。

 いわゆるこれが素なんだろう。


「皮肉も分からないか……」


 こいつは本格的にダメかもしれない。

 皮肉だと知ったクエリは顔を膨らませ、分かっていないなという風に人差し指をピンと立ててノンノンノンと横に振った。


「それは分かってるよ。けどさ、昔目指してたことを褒められると気分が良くなっちゃうんだ。弟クンもそんなことない?」

「まあそうですけど」


 小さい頃の憧れみたいだと言われたらそりゃあまあ無意識にでも嬉しくなるけど。


「やっぱりそうだよね! 皮肉と分かっていても気分はいいよ。含みがあると知っててもお姉さん、ちょっと胸の内に厚いものを感じちゃった。それじゃあまた後日……」


 クエリは会話の最中にギギギとゆっくり扉を閉めて、話を終わらせようとする。


「それには引っかからないですからね?」


 それをフランス落としの如く足を扉の下にかけて阻止する。

 本来ならマスターキーがあるはずなので、こんなことをしなくてもいいのだが。

 姉が鍵を譲り渡すのを忘れたせいで自力で開けることができないのだ。


「ダメだったかぁ」

「話の流れが急でしたから、何となく察しますよ」

「そうかぁ。残念」


 がくりと腕を垂らし、腕のメイルが腰に付けてる鎧に当たりカチャリと音を鳴らす。


「残念なのはこっちですよ。いい加減家賃払ってください」

「まあまあ落ち着いて。その後ろに隠している和菓子で察するに、今日は挨拶に来たんでしょ? それでも食べて落ち着こうよ」

「落ち着けるわけじゃないですか。まあ、家賃を払わない滞在者を追放すれば落ち着くかもしれませんね」

「それだけはご勘弁を」


 俺の言葉にすぐさま反応し、閉めようとしていた扉を開けて土下座を行なっている。

 どうしてこうなったんだろうか。

 ことの発端は我が姉が急にこのアパートの管理を任せたことにある。

 ある時、高校から帰って家の居間を見ると、こんな置き手紙があった。


"私、これから夢を追っかけて東京に行くからアパートの管理よろしく。私が夢を達成できるように応援しててね。目指せ! 港区にも住めるぐらい売れるバンド、略して港区系バンド!"


 よく知りもしないのに思い立ったらすぐ行動する系の姉。

 彼女は海外出張でいない両親の代わりに俺へとアパートの管理権を渡し、東京へと夢を追っかけに行ってしまった。

 向こうで港区系になるなんて言いふらして引かれてないといいが……。


 この自称女騎士はその姉の友達であり、アパート唯一の住人だ。

 つまり、この女から家賃をせしめないと無収入になる。

 だからちょっと必死なのだ。


「お金はあるんですか?」


 根本の問題、この女に金がなければ回収なんてできない。

 果たして持っているのであろうか。


「ないであります!」

「でしょうね」


 クエリはカチャカチャと鎧を擦らせて音を立てながら素早く立ち上がって敬礼をする。

 まあ、お金があったらこんだけ抵抗はしないでしょうね。


「じゃあその鎧を売ったらどうです?」


 ならばと、お金を作るための提案をする。

 結構意匠が凝ってるんだ。

 家賃滞納分ぐらいにはなるだろう。


 けれども予想外と言うべきか、想定内と言うべきか、手で自分の胸元を抱くと、首を大きく横に振った。


「いやだよ! これには私の汗の結晶が詰まってるんだから!」

「それただの汗じゃん」


 臭そう。


「お金のためにこの鎧を売るなんて、魂を売るみたいで恥ずかしいじゃん」

「多分玄関で家賃滞納に対して土下座で許しを乞う方が恥ずかしいですよ」

「ぐぬぬぬ」


 俺の正論に唸るクエリ。


「それとその女騎士のコスプレを日常的にしているのも結構恥ずかしいですよ」

「これはコスプレじゃないよ! 結構役に立つんだから」


 けれども別の正論に対しては抗議をしてきた。


「どんな?」

「それは……ええと……鍋敷になるとか!」


 ただ、威勢よく返事した割に帰ってきた答えはひどいものであった。

 その返答を無視し、再三、俺は主張する。


「とにかく、家賃を払ってもらうか、滞納を解消するまでの道筋を説明してくれるまでどきませんから」

「もー、強情だなぁ。しつこい男はモテないぞっ」


 失礼な。

 俺も女子と会話をしたことくらいはある。


 例えば学校から帰る時。

 荷物をまとめて帰ろうとしていたら、前の席の女子が手を合わせてこんなことを言ってきたんだ。


 "ごめん予定あってさ、暇でしょ? 代わりに掃除頼める?"


 そう言われ、俺は責任ある大役を任されたわけだ。

 いやぁ、会話した上に責任ある人間だと認識されていて参っちゃうなぁ。


 ……泣いてなんかないもん。

 傷心ついでに道連れにしよ。


「そう言うアナタも、くっ、ころせ! なんてどぎつい性壁晒してましたけど、モテないなんて俺に言えた立場じゃないんじゃないですか?」

「あれは、女騎士になったからにはテンプレを言いたくなってね。大丈夫だよ、君にしか言わないから」

「嬉しくねえ……」


 醜態晒すのはお前の前だけだ、って宣言されて嬉しい人間がいるだろうか。


「ちなみに職業はどちらで?」

「見て分からない? ご察しの通り女騎士です!」


 なにをのたまっているのか分からないが、胸を張って言うことではないということだけは分かる。


「求職中なら言ってくださいよ何かしらの……」

「あぶないっ!!」


 不意に、視界が変化する。

 気づけば俺の視界には無機的な、けれども柔らかなものでいっぱいになった。


「……へっ?」


 ガキン、っと音がする。

 どうやら近くの高校で試合をしている野球少年が放った渾身の一撃が炸裂したようで。

 それを俺に当たらないよう、自分の胸元に押し込んだ後に右手につけた鎧で弾いてくれたようだった。


「ふぅ危なかった。ほら、鎧、役に立ったでしょ?」

「は、はい」 


 不意にドキッとするような笑みをこちらに向けるクエリ。

 身を挺してその庇う姿は本当に女騎士と見紛うほどであった。

 いきなりそんな姿を見られたものだから返答も浮ついたものになってしまう。


「防いだつもりだけど、怪我はない?」

「ありがとうございます」


 安否確認の言葉を聞いた後に、そそくさとクエリの胸元から離れてお礼を言う。


「ここらへん流れ弾が多いんだから気をつけなよ。私がいつもいるわけじゃないんだから」

「気をつけるなんて無理ですよ」


 野球をしたことない自分が、場外に行くほどの勢いのいいボールに対処できるはずがない。


「案外いけるもんだよ。あっ、なら今度鍛えてあげようか。私が君を強くして進ぜよう」


 右手を前に突き出し、手を取ってと言いたげなポーズをする。


「いや、いいですよ」


 それを俺は眼前で手を振り拒否する。


「年上の言うことは聞くもんだよ」

「うーん」


 悪くない提案である気はする。

 さっきの手捌きから結構なやり手だと分かったし、何かと物騒な世の中だ。

 けれどもなぁ。


「ほとんど初対面ってこともあるだろうけど、いい機会だと思うよ? そいじゃ、考えといてね」

「……分かりました」

「んじゃまたその時に〜」


 そう言うとクエリはバタンと扉を閉めた。

 確かにいい機会だとは思うんだけどどうしようかな。

 ……って、あ!


「家賃貰ってない!」


 ……滞納分回収までの先行きは長そうだ。

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