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ブチ切れ姫君は騎士団長に無償の愛を注ぐ

作者: 橘 優月
掲載日:2025/05/01

4万字一気に見ると眠い。眠気と戦ってやっと誤字脱字、名前の訂正などをえて載せます。

誤字はもうないはず。すみません。眠すぎて倒れてます。

では現、完結している眠り姫シリーズのラストをお読みください。


これも攻めすぎてるかしら?

花嫁は姫君


スヴェン・オットーは一つの館の前で思案していた。

「本当にこれは勅令なのか?」

 エドウィンの騎士団長であるスヴェンは魔皇帝からもらったという箱を持って呟いていた。魔皇帝には三人の娘がいた。長女のエレオノーラ、次女のアリーナ、三女のエリアーナである。アリーナは主人であるエドウィンの妻になった。そのアリーナに嫁をもらった方がいい、と散々説得されてこれを渡された。この箱の中には魔皇帝の勅令が入っているという。これを中にいる精霊達に見せればあっという間に去って行き、かけられたトラップも見事になくなると言う。現実主義者のスヴェンとしてはにわかに信じがたい。だが、魔皇帝は魔術を使う。何度か戦の小競り合いで経験している。精霊を操り金属をも操る。そんな魔皇帝の実力は知っている。だが・・・。と思うのだ。これで眠っているエレオノーラを起こしたとして果たして妻になるのか? 会ったことのない男の。スヴェンは武術は確かだが、性格は不器用。容貌には知らないが、女が寄ってくるのは確かだった。こんな行き遅れの騎士の元に嫁ぐ女、しかも、姫君がいるのか? にわかに信じがたい。回れ右をして引き返そうとしたその時、扉が開いた。



 わたくしは寝台の上で大人しく眠っていました。父が眠り姫の魔術をかけて数年。意識もあり、ただ、何も飲まず食べずでも動き回れました。寝台の上で寝ているのは形だけ。時折起きては護衛の妖精と遊んで暮らしてました。誰かが館の前に来るとお目付役の精霊がさっさと眠りなさいと急かすので寝ていたのですが・・・。今回はたたき起こされました。

”姫様! 夫が逃げます。さっさと捕まえに行ってください。最後の男ですよ!”

「最後と言われてもわたくしは一向に構わないのだけど」

”ご主人様の気を纏ったものを持っています。お父君からの差し入れです!”

 差し入れって、お弁当じゃあるまいし・・・。

 のんびり構えていると背中をばしばし叩かれました。

「痛いじゃないの」

”さっさとお行きなさいませっ”

 お目付役のベルテがうるさく迫りますの。仕方なく寝台から降りて玄関まで行って扉を開けると、そこには回れ右をした騎士様がいらっしゃった。

「あの・・・、用があってこちらに来られたのでは・・・」

 控えめに言うと騎士様は身じろぎなさってこちらを向いたわ。

「エレオノーラ・・・姫、か?」

「そうですが・・・」

「エドウィン様の騎士団長、スヴェン・オットーと言う。魔皇帝陛下から直々に魔術を解く勅令を頂いたが、どうすればよい?」

 いきなり質問されて度肝を抜かれましたわ。普通、眠り姫を起こしに来れば、プロポーズではないの? どうすればいい、なんて聞かれてもわたくしにも判断がつきかねます。ので、そのまま言いました。

「わたくしに聞かれても・・・。お父様の命令なら従いますが?」

 質問に質問で返されてスヴェン様はかなり動揺なさっていたわ。確かに、意に沿わぬ所へ嫁ぐ必要はない、と言われてましたが、確かに差し入れがありますし、お父様が何事か思ってここに派遣成されたなら従うしかありません。 一歩、外に出ると足が土と石でちくちくして慌てて下がったわ。

「姫、靴を持ってはおらぬのか?」

「あ。寝台の側に置いてきてしました。お目付役があんまりうるさく言うものですから」

「なら、仕方あるまいな。館も消えた。連れて帰るが、それでよろしいか?」

「え?」

 後ろを振り向くと館ごとすっかり消えていました。あの館は父が始めに試験的に作ったもの。妹達の館より弱い作りなのです。いきなり土の上に立たされて足の裏がちくちく。どうしようか迷っていると騎士様にいきなり担がれました。わたくしは寝間着一枚。靴もない。騎士様は甲冑に身を包まれていてそれの冷たいこと! 身震していると、ぽん、と馬の上に。それからマントでくるまれてお持ち帰りされたのです。

馬でかぽかぽ揺られていると、目の前には大きな新しい館が建っていました。

「騎士様のお家ですか?」

「一応、スヴェンという名前がある。そっちで呼んでもらえないか?」

「す、スヴェン様」

 様をつけると、苦虫をかみつぶしたような表情。何か悪いこと言ったかしら?

「様はいらない。妻になるのだからな。おまけに身分もそちらが上だ」

「え。ああ。そうでしたわね。スヴェン。この新しい館は?」

「エドウィン様より賜った。妻を娶ると言えばここをいただいた。そこまでする必要があるかどうかは解らないが、陛下の姫となればそうなのだろう」

「まぁ。スヴェン様! 女性を寝間着一枚で馬に乗せるもんじゃありません!! さぁ。エレオノーラ様、こちらで暖かいスープと暖炉をご用意いたしております。どうぞ」

 スヴェンが馬から下りると手を広げる。わたくしは何のことか一瞬わからなかったのですが、降りるために支えようという事と理解ました。でもわたくし馬ならとっくに慣れています。父に教わったとおり、一人で降りました。するとスヴェンが目を点にして。人の目が点になるというのはそのような事ですのね。改めてじっと見ているとスヴェンは視線をそらし、わたくしは何かもの寂しい気分になったのでした。

 見知らぬ中年の女性が入ってきたわたくしに声をかけました。なぜだか、懐かしい気がしました。

「エレオノーラと申します。あなたは?」

「ベルテとお呼びください。姫様。雑用はなんなり申しつけても構いませんからね」

「ベルテ・・・」

 先ほど消えてしまった館とお目付役の精霊を思い出しました。わたくしの目から涙が自然にぽとり、と落ちるとあとは豪雨のようにあふれてきました。そしてわたくしはあの愛すべき精霊がもう天に還ったことを改めて思い知りました。でも、ここにもう一人のベルテがいる。それだけでもう涙が止めどなくあふれてきてしょうがありませんでした。

「ベルテ・・・」

 初めて会ったベルテに抱きついてそれはもう、人目をはばからぬばかりの程泣いてしまいました。ただただ、懐かしい名前を呼んで。

「スヴェン様! 何をなさったんですかっ。姫様がこんなにお泣きになるほど」

 ベルテがわたくしをあやしつつスヴェンに叱りつけました。

「な・・・、何もしていない。姫が急に泣き出したのだ」

 しろどもどろのスヴェンが不思議でしたけれど。それよりもわたくしは心が壊れたかと思うほど泣いて、あの屋敷と精霊達を愛して止まなかったことにやっと気づいたのでした。

「姫、急に連れてきて疲れているだろう。ベルテに湯浴みの用意をさせよう。湯浴みをすれば多少は気持ちも落ち着く。きっと急に屋敷も精霊もいなくなって心細いのだな。配慮が足りなかった。すまぬ」

「スヴェン?」

 もう涙で目が真っ赤になって瞼も腫れてみっともない顔のわたしくしが振り返ってもスヴェンはただ軽く抱き寄せて背中をぽんぽん、叩いてくれました。

「すまぬな。きっとベルテと同じ名前の精霊がいたのだな。ゆっくりして甘えるだけ甘えればいい。ベルテは私の母とも言える存在だ。きっとそなたの心の傷を癒やしてくれる」

 そう言ってスヴェンは手を離して立ち去ろうとしました。その温かさが欲しくてスヴェンの名を呼びました。わたくし、殿方に温かさを求めたこともないのに、自然とスヴェンに声をかけていたのです。

「スヴェンは側にいてくれないのですか?」

「姫?」

 わたくしの質問が理解できないようでした。わたくしもどうしてそんな言葉を言ったのかも理解できません。

「ごめんなさい。少し、動揺していました。精霊のベルテと同じ名前の女性がいたものですから」

 そうか、とスヴェンは軽く微笑んでわたくしの額に口づけしました。わたくし、しばらく状況が理解できませんでした。スヴェンも自分の行動が理解できていませんでした。二人で見つめ合って、それから同時にベルテの名を呼んでいました。

「スヴェン様、キスぐらいで動揺しないでください。姫様が困惑しておりますよ。名前を呼びたいのは姫様の方です」

 うんうん、と首をわたくしは縦に振り続けました。ん? うんうん? はいはい、がわたくしでは? 人格が眠っている間に変わったようです。

「スヴェン、責任を取っていただきますからね」

 急に印象が変わったわたくし、いえ、私にベルテとスヴェンが両方とも見つめます。いえ、見つめる、だわ。

「どうやら人格が変ったうようです。私でも理解できません。とにかく責任だけは取って頂きます。でなければあの屋敷と精霊を返して頂戴」

「ああ。こちらの姫の方が話やすい。責任といえど、妻に娶ることぐらいしか責任は取れぬ。あの屋敷を作り出せるほどの魔力はないのでな。姫は、湯浴みと食事をするといい。私は、警備の打ち合わせがある。ベルテ、姫を頼む」

 そう言って何故か不思議な表情で館を出て行った。私は、それがなぜだかがっかりして顔がうつむき加減になる。それをベルテが現実へ引き戻す。

「さぁ。湯浴みをして温まりましょう。姫様」

「そうね」

 真っ赤になった目と鼻を心配して私は湯浴みに向かった。

 湯浴みして、暖かな食事を取ると次第に正常な意識が戻ってきた。眠り姫は起こされた殿方に嫁ぐ事が決り。そう言う意味ではスヴェンは夫に合格だった。不器用な少し優しい騎士団長。私にはそれぐらいの身分の方の方が落ち着く。妹のアリーナは破壊王とも呼ばれた男に嫁いだとベルテが言っていた。王などと身分の高い人は私は嫌いだった。結局、権力に振り回されて終わり。お父様も強大な権力を持って持て余していた。そこで破壊王と共同統治に至ったのは容易に考えが着く。アリーナも散々苦労していているよう。義理の娘までいるのだから。うまく行っていることは行っているらしいけれど、私にはそれだけの能力はない。こじんまりと騎士に嫁ぐぐらいがちょうどいい。と。つらつら考えていてはっと気づけば時計はもう夜中を回っていた。私は懐かしい寝台を思い出しながら別の寝台で眠りに落ちていった。

 翌朝、眩しい光で目が覚めた。ベルテがカーテンを開けてそこから眩しいばかりの陽の光が差し込んでいた。ここはあの屋敷ではない。気持ちが沈みかけたところ、スヴェンの声がドアの向こうから聞こえた。

「姫。遠乗りに出かけないか? もう昼になっている。疲れているからとベルテに言われて起こすのを待っていたのだが、目が覚めたならこの領地の景色などどうだ?」

 心に傷を負った私への最大の優しさをスヴェンは示していた。躊躇すると扉の向こうから離れる気配がした。私は飛び出す。

「待って。遠乗りに連れて行って。この国の、この領地を見て回りたいわ」

「姫様。寝間着のままでは風邪を引きます。お召し替えなさい」

 ベルテが引き戻しに来た。私は引き離されるのが妙に辛くてスヴェンを見つめていた。スヴェンは視線をそらして、言う。

「用意ができればいつでも言えば良い。まずは朝食、いや、昼食を取った方がいい。待っている」

 それだけ言うと世を翻す。その背中が少し寂しいように見えた。何か、スヴェンの心の中にあるのを感じた。

 何故、寂しいの?

 私の問いは音にならなかった。



「まぁ。緑が青々としてるわ。もうすぐ冬だというのに」

「この国は、いや、もう領地か。温暖な気候なのだ。冬に咲く花もある。クリスマスローズと言ってクリスマスの頃に咲くのだ。そうだな。姫にも一鉢持ってこよう。私の温室にいくつかある」

「まぁ。スヴェン、園芸が趣味なの?」

 剣を握る男らしい人かと思えば本当に優しい人だった。騎士団長なんて勤めるのは辛いこともあるだろう。部下がどんどん死んでいくのだから。

「この領地では園芸は庶民もしている。珍しい趣味ではない」

 馬に乗っていて顔は見えないけれど、なんとなく赤くなっているスヴェンを見たくなった。顔を上げる。

 ごん。

 私の頭がスヴェンの顎を直撃した。スヴェンは痛みをこらえている。それから数秒後、スヴェンは言う。

「姫君らしかぬ行動だ。慎んだ方が良い」

「却下ね。私は私のやりたいようにするわ。もう一度、顎にお見舞いしようかしら」

「エレオノーラ!」

 困り切った声でスヴェンが言う。その声が面白くてクスクス笑う。

「姫も笑うのだな。笑い声をそのまま聞いていたい気もするが、到着だ」

「まぁ」

 そこには花々が咲き乱れていた。もうすぐ、冬が訪れることが信じられない。

「ここはいつでもこうして季節ごとに花々が咲く。姫の心が癒やされれば、と思ってな。私も好きなのだ。ここが。花の香りが心を落ち着ける。さぁ、馬から下りよう」

 スヴェンが降りると手を広げる。私は躊躇した後。その腕の中に飛び込んだ。

 麝香の香りが鼻をくすぐる。

「一人で降りれるのに」

 そう言うもスヴェンの腕の中が心地よくてなかなか離れられない。

「姫。花はいいのか?」

「見ますとも!」

 心を隠して花畑に座る。一面の花畑に私は感動する。

「このような地がるなんて。夢みたい」

 手元の花びらを触る。柔らかいさわり心地と気持ちの良い香りが私を包む。だけど、先ほどのスヴェンの腕の中の方がいい、とふと思って愕然とする。たった会って二日の相手に恋に落ちた。優しすぎて不器用な騎士様に恋をした。それは叶わないかもしれない。私の独り相撲の様な気がした。それでも妻になれれば構わない。側室がいくらいようと、愛されなかろうと。私はそう教育されてきた。男は妃を何人でも持つものだ、と。お母様はそれでもお父様を愛していた。跡継ぎがいなくとも私達三姉妹を育ててくれた。それでいい。私もその道を歩くのだ。考え事をしているとその隣にスヴェンが座った。

「何を考えているのだ」

「内緒よ。女には秘密がたくさんあるの。それを殿方に全部教えるのは得じゃないわ」

「騎士と似てるな。騎士も手の内を明かさぬ。ただ、指揮系統はしっかりしているがな。エレオノーラ。本当に妻となっていいのか? 他に強い騎士達は大勢いる。皇帝陛下もどうして私に・・・」

「スヴェンは私が嫌いなの?」

「そうでないから困るのだ。最初にあった時は面倒を引き受けたと思ったが、今の姫は私にとって大事だ。もう誰にも渡したくないほど、想っている。愚か者と笑ってもいい。会って二日の姫に恋をした。これは一目惚れというものだろうか」

 とつとつとスヴェンは語る。私は信じられない気持ちで聞いていた。まさかスヴェンと同じ思いを抱いているなんて。

「私も、そうなの」

 秘密を明かすようにそっと告げる。スヴェンが反射的に私の顔を見る。私は恥ずかしくて、三角座りした膝に顔を薄める。そしてついに言った。

「私も会って二日のスヴェンに恋したの。でもスヴェンは何か抱えている。このままめでたし、めでたし、と言うわけにはいかないの」

「姫、どこまでそれを?」

「ただのカンよ。スヴェンの背中が寂しそうだったから。何かがあると思っただけ」

「姫」

「エレオノーラ、よ」

「エレオノーラ。いつか私が真実を告げるまで待っていてくれないか? その時まで恋人になろう。こうして遠乗りや、温室で話せれば私は文句もない。エレオノーラの存在が私の心の闇を照らしてくれる。その恩恵にあずかるのは嫌か?」

「私は幼い頃から両親をみて育ったの。父には何人かの側室がいる。今更側室になっても文句も言わないわ。」

「側室など! 持つわけがない。ただ、私は臆病なのだ。過去の出来事から。人を愛することが出来ない。それとなく振る舞えても」

 スヴェンの言葉に私は言葉を失った。人を愛せないほどのことがこの人に・・・。

「大丈夫」

 私はそう言ってスヴェンを抱きしめた。

 いきなりのことにスヴェンが固まっている。私もどうしてこんな行動に出たかわからなかった。でも闇を抱えている優しき騎士を慰めたかった。何かあると、お母様がそうやってよく慰めてくれた。特に父と言い争う事もあった私はひとりで泣くことが多かった。そんなとき、必ずお母様はこうして慰めてくれた。それを思い出していた。

「一人で抱えないで。話せとは言わない。でも一人で泣かないで。私はスヴェンの傍にいるわ。いつだって。だから一人で泣かないで」

 スヴェンの硬い手がおずおずと私の背中に回った。手に力がこもる。

「優しいのだな。エレオノーラは。艶やかな薔薇というより優しくそっと咲いているスミレのようだ」

 スヴェンが大きく息を吸う。

「かぐわしい香りがする。エレオノーラの香りだ」

「ただのベルテにもらった石鹸の香りよ」

「だが、酔うには十分な香りだ。いっそエレオノーラが悪女でこのまま殺してくれた方がいいのだが」

 物騒な言葉にぎょっとして手を離してしまった。それをスヴェンが笑う。

「さすがに、たおやかな姫には物騒な話だったか」

「ちょっと。人が真剣な時にっ」

「その方良い。さすがに健全な青年には刺激が強いのでな」

「誰か青年よっ。おっさんじゃない」

「おっさんとはひどい。そこまで年は取っていない」

「スケベジジィと変わらないわよっ」

「威勢のいい姫だ。その方が好みだ」

「もうっ」

 また三角座りして頬を膨らませる。その頬をつついてスヴェンが人間風船を破る。こうしている限り、甘い恋人の時間だ。傍目から見ても。しかも、もう嫁ぎ先となっている以上、ただの馬鹿夫婦だ。会って二日の馬鹿夫婦。なんだかおかしくてその表現を頭の中で転がす。

「何を笑っているのだ?」

 スヴェンが不思議そうに見る。

「さぞかし、馬鹿夫婦に見えるでしょうね、と思っていたのよ」

「ああ。夫婦か。そういえばそうだったな。妻と夫の予定なのだから。だが、もう少しこうしてゆっくりしていたい。婚礼は急がぬつもりだ。まだ、帝国の安全が確保されているわけではないので名」

「やっぱり、そうなのね。海の向こうに敵国があるというのは」

 私が言うとスヴェンは驚く。

「戦の事をよく知ってる、と思ったのね。そうよ。私は、父の戦を仕掛けていく様子をつぶさに見てきたわ。進言もした。ほとんど取り合ってもらえなかったけど。剣を持つ腕を持つわけではないし。せいぜい弓の射手って所だから。ただ、お父様は権力を持ちすぎたわ。だからエドウィン様と共同統治なのでしょう?」

「そこまで理解してるのだな。男なら取り立てられて右腕となっていたな」

「それだと、私は眠り姫にもならないし、あなたに恋することもなかったわ」

 言うと、スヴェンがため息を浮く。

「スヴェン?」

「姫は、聡明すぎる。私はあっという間に手綱を取られるな」

「あら。もう。結婚後の事の心配? あなたには何も言わないわよ。何もしてないんだから。あなたがエドウィン様の右腕なのでしょう? そんな人の手綱なんて取れないわよ」

「もう、すでに手綱はとられたからな」

 ぼそ、っとスヴェンが言う。聞き返すとなんでもない、とはぐらかす。私はスヴェンの足の裏をくすぐりだした。スヴェンがなんとも言えない顔をしたかと思うと、一言、くすぐったい、と言う。

「じゃ、なんで笑わないの? 人が笑わそうとしているのに」

 不満げに言うとスヴェンは私の頭を胸元に引き寄せて言う。

「騎士はあらゆる事に我慢できるようになっているのだ。くすぐっても笑わないぐらいの忍耐力はできている。だから、男の理性を試すならこっちだが、姫にはまだまだ純真でいてもらいたいから、キスはせぬ」

 き・・・キス!

「姫の方が忍耐力がいるな」

 そう言ってふっと笑うとそっと口づけする。

「しないんじゃなかったのっ?」

 動揺してばっとスヴェンの胸から離れる。

「これはキスの内にはいらない。さぁ。風が出てきた。戻ろう」

 スヴェンが近くに結んでいた馬の手綱をとる。

「また、連れてきてくれる?」

「いいとも」

「じゃ、今度は恋人に馬に乗せてもらうわ」

「意地悪な姫だ。男の忍耐をどこまで試すのだ」

「とことんよ」

 私は意地悪く笑う。悪女ぶりも板に付いてきたわね。

「そういう姫もいいな」

「もうっ」

 いとも簡単に言葉で私の心をかき混ぜる騎士様だこと。次は何を意地悪しようかしら。そんなことを考えているとスヴェンが手を伸ばす。私はそのまめが潰れた騎士らしい手を取って馬に乗せてもらった。

 館に向かってスヴェンは馬を走らせ、私はその飛ぶような景色と風を十分に楽しんだのだった。

 館に戻ると馬が一頭いた。急いで来てそのまま置いたよう。

「姫。悪いが急用ができたようだ。ベルテと夕食を取っておいて欲しい。ああ、アーバンか。ブルーノだな」

 エレオノーラを軽々と馬から下ろすとやってきた部下に目を移す。

 私は無用のようね。ここからは騎士同士の話だ。女には入れない。主人の帰りを知ったベルテが出てくる。私の手を引く。

「エレオノーラ様、さぁ、中へ。お腹が空いていらっしゃるでしょう。暖かい食事で暖まってください」

「ありがとう。ベルテ。女主人になるにはこういうときどうすればいいのかしら?」

「そんなことはなってからでいいのです。いらして二日目で女主人をする必要はどこにもございません。むしろ、スヴェン様の気配りがある方が正しいのですから」

 ベルテはぷりぷり怒っている。事態は知っているだろうが、女目線で見ると婚約者をさっさと使用人に預けるのが許せないらしい。

 私は、全然気にしないんだけど。

 とは思っても、言わない。言ったところで何も変らない。それならベルテに好きなようにさせておくのがいい。そうしてこの館は成り立っているのだから。無用にかき混ぜたくはなかった。嵐が過ぎるのを待てばまた静けさがくる。何度も父と戦の事で口論して得た経験だった。

 同じ事は繰り返さないわ。スヴェンはお父様と違うもの。きっと帰ってくる。不安はあった。胸がざわざわする。嫌な予感もあった。だが、それを言った所で取り合うスヴェンではない。どうせ、男は皆、女の世迷い言と切り捨てる。

「エレオノーラ?」

 考え事をして食事に一向に手をつけなかったエレオノーラにスヴェンの声がかかる。

「今日は楽しかった。戻ってくればまた、温室を案内しよう。それまでベルテと待っていて欲しい」

 スヴェンはもう気高い騎士となっていた。先ほどまでの優しい視線とは違う真剣な眼差しだ。

「ご無事で」

 そう言って背伸びして額にキスする。そんな行動を今まで取ったこともなかったのに、急にキスして私は動きを止めてしまう。自分でして自分で固まった。そんな私をくすり、と笑って、頬にキスを返すとスヴェンは出て行く。

「どうか。神よ。スヴェンをお守りください」

 そっと祈る私にベルテが手をかける。

「さぁ。お食事を」

「ありがとう、ベルテ」

 私は食事に向かった。

 スヴェンは領地境の小競り合いに出向いたと私は執事のベルントから伝え聞いた。ベルテがそんなこと知らなくてもいい、と言ったが私はあえて聞いた。

「領地境とは、誰の土地なの?」

「ブルーノという領主ですが、魔皇帝に敗れ、エドウィン様の領地に組み込まれた土地です。ひどくエドウィン様を嫌っておられ、何かとスヴェン様が出向くこととなっております」

「今までの負傷者の数などは把握できているの?」

「一応は書き留めております」

「すぐにでも負傷兵を治療できるように準備を怠らないで。いつ何時でも不測の事態に備えられるようスヴェン様はなさっていると思うけれど、私からもお願いします」

「いえ、いらして二日目でそのように采配出来る方はおられませんでした。流石は陛下の姫君ですね」

 ベルントはにっこり笑うと館の使用人に指示を出し始めた。

「さ。ベルテ。腹ごしらえをしておかないとね。あと、炊き出しも必要かしら?」

「姫様! そのようなことはベルントが指示します。まだ慣れておられない所でなさる事はありません。ベルントと私がしますので」

 そこで、私は、はっ、と気づく。私は嫁ぎ先の実家に入って二日目。出しゃばるべきではなかった。素直にベルテに謝る。

「ごめんなさい。余計な事を言ったわね。私は湯浴みして休みます」

「姫様?」

 ベルテが不思議そうな顔をしている。

「どうしたの?」

「別に姫様がよそ者などと思っておりません。それよりもこの館の大事な方、無理なさらないようにと思っておりましたが、それが姫様の日常だったのですね。お噂はかねがね聞いておりました。皇帝陛下の才女と謳われた姫君がおられると。アリーナ様とずっと思っておりましたが、姫様でしたか。ベルテが悪うございました。さぁ、炊き出しのご用意を手伝ってくださいまし」

「いいの?」

「二日目にして女主人をなさろうとした方です。何も不足ございません」

「ベルテ!」

 自分でも声が明るくなったことに気づいた。ここでは必要とされている。実家では男を押しのけてやってくる男勝りの姫と邪魔扱いされていた。必要とされていることに不謹慎ながら喜びを感じた。

「さぁ。それじゃぁ、お湯を沸かしましょう。消毒にたくさん必要よ。薬草はどれぐらい予備があるの?」

 ベルテと歩きながら打ち合わせをする私だった。

 一両日のもたたないうちに負傷兵が運ばれてきた。小競り合いにしてひどい。私ははベルントとベルテに陣頭指揮をまかせて、私は蜂のように飛び回って治療していた。治癒魔術を使ってもいいと思ったけれど、その力は後に取っておかなければならない予感がしていた。私の予感は当たることが多い。直感に従った方が賢いと私は学んでいた。

 ベルテの用意した薬草を傷に乗せて包帯を巻く。その手際にベルテが賞賛する。

「私も、妹のアリーナも後方支援に行くことがあったの。これは軽い方よ」

 私の言葉にベルテはまぁ、とあんぐり口を開けた。

「陛下は姫を戦場に?」

「頼み込んだのよ。黙って見ているわけにはいかなかったわ。私とアリーナは多少武術の心得があるから自分の身は自分で守れるわ」

「それは頼もしいな」

 聞きたかったスヴェンの声がして私は顔を上げた。どことなく顔色が悪い。

「スヴェン。どこを負傷したの?」

「どことは・・・」

「顔色が悪いわ。腕、ね」

 視線を移すと、すっとスヴェンは隠す。

「妻に隠し事なんてするもんじゃないわ」

「まだ妻じゃない」

「いいから、傷口を見せなさい!」

 父親ばりに命令口調になった私に観念したのかスヴェンは傷を見せた。

「矢を射られたのね。ちょっと。変色してるじゃない。毒矢じゃないの。これを隠し通せはしないわよ。ほっとくと切断なんだからっ」

 叱りつけるかのように言うとスヴェンはきょとんとする。

「そんなに大事なのか?」

「そうよ! いいからそこ座って!」

 私が頭の筋を一本切ったかのように怒り狂ってるのを見てスヴェンは不思議な顔をして私を見る。

「怪我をしたのは私なのだが」

「そんなのどうでもいいわよ。じっとしてて」

 私はスヴェンの傷の上に掌をあてる。痛いのか身じろぎする。

「動かないで!」

 また、叱りつけると私は父のよくする治癒魔術をかける。気が遠くなるような時間がかかる。父ほどではないから私の範疇外かもしれないけれど、ためにためた魔力をここで開放する。少しずつ色が肌色に戻って行く。スヴェンが驚いて私と傷を見比べる。

 そんな悠長なことしてる場合じゃないのよっ。

 叫びたいのをこらえて治癒魔術時集中する。やがて、腕の傷は完全に治った。

「色が・・・」

「治った・・・」

 私は脱力して床に座り込む。

「エレオノーラ。今度はそなたの方が顔色が悪い」

「ちょっと、魔力を使いすぎただけよ。このために取っておいたんだから」

 そう言う私の視界がぼやけていく。スヴェンが名を呼んでいる。

 だから、治ったんだから文句言わないで。そう言おうとしても言葉にならなかった。私は久しぶりに気を失った。

 私は霧の中をさ迷っていた。そこにあの精霊達がいた。

「ここは天なの?」

“そうですよ。姫様”

「ベルテ!」

 私はもう一人のベルテに出会えた。

「私は死ぬの?」

 天にいるなら戻るかそのままここにいるか、だ。

”夫を泣かせてたまま死ぬほど姫を教育した覚えはございません”

「スヴェンが・・・泣く?」

 そんな人じゃないわ。強い人だもの。

”耳をすましてくださいな。旦那様が名前をお呼びですよ”

 耳をすますと、スヴェンの声が聞こえる。ひどく緊張した声で呼んでいる。

「戻らなきゃ」

”出口はあちらです。さぁ”

「じゃ、ベルテ何時の日か会いましょう」

”姫は聡明でやはり私達の姫ですわ”

「ありがとう」

 そう言って私は出口に入った。瞼が眩しい。瞼を開ける。とたん、何か思いものが乗っかかった。スヴェンが私を抱きしめていた。

「よかった。心肺停止だった。死んでしまうかと・・・」

 スヴェンの肩が小刻みに震えている。

「泣くほどのことじゃないわよ。ちょっと天に行ってきただけだから」

 平然という私にスヴェンはあっけにとられる。

「姫様! よくお戻りで」

 ベルテが涙ぐんでいる。

「ただいま。ベルテ、スヴェン。もう大丈夫よ。毒気が強すぎたのよ。そうとうな毒を盛られていたようね。スヴェン」

 軽く言うとスヴェンが名を呼ぶ。何か、怒りのようなものが混じっていた。私、何か叱られるような事をしたかしら?

「そなたは! みさかいなく、魔力を使って! 死ぬところだったんだぞ!!」

「その代りにスヴェンが助かったじゃないの。嫁いで数日の花嫁より旦那様が大事よ」

 しれっという私をスヴェンが睨む。

「そなたはしばらくここから出ることを禁ずる。もう、治癒魔術を使うことを禁止する!」

 そう言って大股ででていく。

「ベルテ。私、何かおかしなことしたかしら?」

「姫様・・・。ここで少し反省なさってください。スヴェン様はそれは気が狂いそうな程心配なさっていたのですよ。心肺停止になった時のスヴェン様は・・・」

 ぱっ、と扉が開いてスヴェンがベルテを呼ぶ。

「余計な事は言うな! 食事を用意してやれ」

 なによ。偉そうに。あの優しいスヴェンはどこなのよ。戻ってきたら温室に行こうって言ってたのに。

「スヴェンの馬鹿」

「馬鹿で悪かったな」

 また扉が開いてパタン、と閉じた。

「え? 言葉が?」

 たまに魔術をかけた者とかけられた者の間に何かつながりが出来ると言うことは聞いたけれど。

「どうしましょう。お父様にシャットアウトする方法を教えてもらってないわっ」

 私はパニックを起こす。すべてが筒抜けなんて。なのに、私にはスヴェンの声が聞こえない。

「どうしたらいいのよっー」

 私の叫び声が館の屋根を突き破って響いていった。


 その夜から私はスヴェンと言葉を交わすことをやめた。思う事も。スヴェンは次の戦の準備でもしているのか私のベッドの近くには来なかった。私はただ、ひたすらベルテとベルントとしか話さなかった。私は命を失いかけていたこともあってか、体力がなかなか戻らなかった。天に行くと言うことはこれほどなのか、と思い知らされた。それを平気にしているお父様はどれだけの魔力があるのかとため息をついた。

 何かの拍子にぽろ、と涙こぼれる。それはあふれてあふれて大洪水を起こした。一人泣いていると、そっと扉が開く。すぐに解ったスヴェンだと。気配を読む事はたやすかった。

「何の用なの? 出て行ってっ。あなたと一切話すつもりはないわっ」

 涙を隠すように壁に体を向けて怒鳴る。

「エレオノーラ・・・。私が悪かった。怒って。一切、姫の声が入ってこない。姫の声が聞きたい。名を呼んで欲しい。もう一度」

「スヴェン?」

 鼻をぐすぐす言わせてしゃくり上げながらスヴェンの名を呼ぶ。

「やっと、呼んでくれた。私の姫」

 スヴェンが私の力のない手に花束を握らせる。

「あの時はすまなかった。動揺していたのだ。どれほど大事に思っていたか思い知らされて。たった、数日しか会っていない姫に心を奪われているとは思わなかった。これは私の温室の花だ。ベルテに花瓶に活けてもらうと良い。どうかもう嫌わないで欲しい。姫に閉め出されればどこにも私の居場所がない」

「だって。スヴェンのことを考えれば全て筒抜けなんだもの。隠しておきたいことだってあるのに」

「何をこれ以上隠すのだ? 隠すことなどないではないか。ベルテに後方支援に行ったことも聞いた。弓の射手であることも。薬草に詳しいことも。何が悪いのだ? これ以上ないぐらいの姫ではないか。騎士に嫁ぐ以上の能力を持っているというのに」

「だって。これ以上何かすれば追い出されるもの」

 あの時のスヴェンの怒り様は見たことないぐらいだった。あんな風に怒られるのは嫌。追い出されるなんて・・・。

「追い出しはせぬ。誓って言う。そなたは私には有り余るほどの花嫁だ。そなたなら、私の闇も包んでくれる。それぐらい優しい姫君だ」

 闇? ああ、あの花畑で話した事ね。

「ああ。そうだ。その話を体調が戻り次第しよう。もう、そなたは私を守ってくれてるがな」

「スヴェン?」

「闇などそなたの光がまばゆくてかすんでしまうだろう」

「もう。頭で考えたことをそのまま答えないで。話すことができないわ」

「大丈夫だ。どちらの姫の声も好きだからな」

「もう。意地悪っ」

 力のない手で枕を投げつけようとして失敗に終わる。

「陛下に言って、治療してもらおう。いつまでもその寝台の住人では困るのでな。その寝台は私のだ。体調が戻るまで貸しておこう。その後は知らぬが」

 ぽっと、浮かんだあらぬ姿の私に愕然とする。今の言葉にそういう意味が含まれてるの? いや。ちょっと待って。私はそれを考えてもいない。

 にやり、とスヴェンが笑う。

「私の思考もそなたに流れるのだな。思いっきり楽しませてもらう」

 言葉に仕切れない妄想がやってくる。思いっきり枕をぶつける。今度は当たった。もう。何、教えるのよっ。

「私のすべてだ」

「スケベジジィ!!」

 スヴェンが高笑いして去って行く。入れ替わりに入ったベルテがびっくりしている。

「スヴェン様がお笑いになった」

「え? スヴェンは機嫌さえ良ければ笑うわよ」

 私の言葉にベルテが驚く。そして手を取る。

「姫様はスヴェン様に贈られた天の賜物。ベルテは忠誠を誓います」

「って。主人はスヴェンでしょ?」

 そう言うといいえ、とベルテは首を振る。

「私は今日から姫様のベルテにございます。あちらにはベルントがいますから問題ございません」

 きっぱりと言い切って私の手を握る。

「このお綺麗な手にあのような努力があるなんて。ベルテは感動いたしました。姫様の行くところにはベルテもついて行きます」

「私の行くところ・・・」

 何か景色が頭上を横切った。でもそれは形にならず、消えた。

「姫様?」

「姫様は聞き飽きたわ。エレオノーラと呼んで」

 ベルテはそれを嬉しそうに聞いて頷く。

「ではエレオノーラ様、食事にいたしましょう」

「今日は体調がいいの。着替えて、食卓で食事するわ」

「姫様!」

「だから、エレオノーラ」

「はい。エレオノーラ様。お召し物を取ってきます。ああ、湯浴みもなさいますか?」

「そうね。あちこちかゆいわ」

「はい! ベルント!!」

 ベルテが相棒の執事の名を呼んで走って行くのが扉の向こうでもわかった。

 湯浴みをして、着替える。その頃には食事が冷めているだろうが、まぁ、たまには座って食べたい。そう思って食卓の間にいくとスヴェンが座っていたのだった。

「どうしてここにいるの? 夕食の時間はとっくに過ぎてるわ。それに食事も冷めているようだし・・・」

 スヴェンの柔らかな眼差しにドキドキする。この人、こんなに魅力的だったかしら?

「そんなに私の印象は悪かったのか?」

 う~ん、と思い出すけれど、それに至る問題はない。ただ、さっきから胸がドキドキして困るのよ。動悸息切れかしら? まるでおばあさんのような反応にスヴェンがまた笑う。

「動悸委息切れならベルテの方だろう。そなたはまだ若い」

 そこに走った少しの闇をも私は見逃さなかった。

「若気の至りってやつね」

 それを素知らぬふりをして座る。

「姫には参るな。姫には私の何もかもが見ているようだ」

「知らないわよ。話は終わってないんだもの。ただ、印象とかそういうものを読む取るのが得意なのよ」

「流石は陛下の姫だな」

「その姫も聞き飽きたわ。エレオノーラって呼んで」

「短くて言いやすいのだが・・・。まぁ、要望にお応えしよう。エレオノーラ。明日、私の温室へ来ぬか? 可愛らしい姫、いや、エレオノーラの様な花がたくさんある。園芸は好きだが、クラウスという者に大方は任せている。私はただの弟子だ。きっと心も晴れる。そして私は自分の寝台で眠れる。もちろんエレオノーラは自室があるから戻ってもらっていい。お望みなら添い寝ぐらいはするが」

「結構よ」

 そう言ってスープを飲む。それが暖かいことに驚いた。スヴェンと会話してる間にすり替わったのだ。

「スヴェン。もうちょっとちゃらんぽらんでいいのよ。あなたはきっちりしすぎているわ。料理の温度まで気にしてたら切りがないわよ」

「それはベルントがやったことだ。私には関係ない」

「って。ベルントとはツーカーの仲の癖に」

「ツーカー?」

「こちらの領地の言葉にはないの? ツーと言えばカーと言って何も言わずとも理解し合っているって事よ」

 そうか、と言ってスヴェンはしばらく考える。

「我々もツーカーになれるだろうか」

「何言ってるのよ。心の声まで届くのにツーカーどころじゃないわ。筒抜けよ」

 主に私の声が向こうに行っている。それが面白くなくてつん、とそっぽを向く。

「そう。すねないで欲しい。私の妄想は止めているのだから」

「何考えているのよっ」

 私の突っ込みににやり、と笑うとスープを飲み始める。

 あれは、相当な妄想ね。どうやって止めているのかしら?

「騎士には自制心を鍛えることが重要になってくる。それを応用したまでだ」

「スヴェン!」

 私が名を呼ぶと、なんだ、と不思議そうに見る。怒鳴られる覚えがないといった風に。

「その自制心の作り方を教えて」

 いやだ、とスヴェンは言う。

「ずるいわよ。自分だけ止めておいて私は筒抜けなんて」

 しょうがない、と肉にかぶりつきながらスヴェンは言う。

「明日、温室へ行ったときにでも話そう。これはあまり人には言えぬ話だからな」

「そうね」

 私も肉を切り分けて食べ始めた。

 翌日、泣くだけ泣いたこともあってか、すっきりと目覚められた。早速、ベルテがカーテンを開ける。眩しい朝日に目を細めて眺めているとベルテが言う。

「湯浴みなさいますか?」

「朝食に遅れるとスヴェンがなにをするかわからないから、服を着替えるだけにしておくわ・・・って。私の服、あったかしら?」

 嫁いで二日目には主人は戦。嫁入り道具もない。あつらえてあった服はあの屋敷とともに消えた。

「皇帝陛下より賜っております。ただ、筋肉が落ちた分、ほっそりとおなりですから作り直しが必要ですね」

「いいわよ。裁縫でなんとかするわ。ってスヴェン?」

 扉の向こうにスヴェンがいた。相変わらず自分の気配を読む能力には驚く。

「陛下から服を何着か賜っている。それを着るといい。ベルテ、女性の寝室には入らぬ故、服を取りに来て欲しい」

「はいはい。旦那様は押さえるところは押さえていらっしゃいますね。エレオノーラ様はもう枕をご準備でしたよ」

 覗こうものなら枕を命中させようとしたのをベルテが察する。

「ベルテ・・・。もしかして、声は聞こえていないわね?」

「声? おしゃべりになっているほかは知りませんが?」

 そこでほっとする。スヴェンもほっとしているようだ。

「ああ。いいのよ。ちょっとした確認だから」

 はぁ、と不思議な顔をしてベルテは扉の向こうに消える。すぐに何着かの服がやってきた。まだ、扉の向こうにはスヴェンがいる。

「スヴェン。どの色がお好み?」

 私が言うとぽっと、頭の中にスヴェンの考えた服が浮かぶ。

「これ、ね。ベルテ。この服以外は収納して置いて」

「は、はい」

 スヴェンに聞いていたのに答えも聞かず決めた私が不自然かしら。でも、また、スヴェンの了承の意が伝わってくる。

「じゃ、着替えるわね、スヴェン、連れて行ってくれるのでしょう。少し待ってて」

 そう言うとスヴェンは扉の向こうで待っている様子だった。待たなくていいのに。ゆっくり着替えもできないわ。そんなことを思いながら着替えると髪を梳いて簡単に整える。それから顔を洗うと部屋を出る。すっとスヴェンの肘が出てきた。

「よく似合っている。本当に意思がツーカーなのだな」

 改めてため息をつきながらスヴェンは言う。

「どうしたの?」

「こうも筒抜けでは何も考えられぬ」

「昨日は自制心があるって言ってたじゃないの」

「そう、何時までも自制心は効かぬのでな。二人で自制心を鍛えるほかにないな」

 あら、と私は言う。

「教えてくれるの?」

「こうも意思が通じてては話すことも忘れてしまう。私は話をしたいからな。そのためにはこのツーカーをなんとかせねば」

 ひどく真面目に言うスヴェンが面白くて私は小さく笑う。それを嬉しそうに見るスヴェン。甘い雰囲気が私達を包む。あっという間に食事の間に来ていることにも気づかないほど恋馬鹿の私達だった。

 私とスヴェンは普通に座って、普通に食べる。騎士の食卓らしく贅沢なものも出ないし、かといって粗末すぎるものもでない。ちょうどいい感じだ。

 私はこれぐらいだと収まりがいい、と思う。実家が豪華すぎるのだ。

 そう思いながらにこやかに食べているとスヴェンが何か言いたそうな顔をする。

「スヴェン? 何か?」

 別に特別なものは流れてこない。普通にしているとそうなのだろうか。

「いや、この食卓が気に入っているようで安心した。我が家はそれほど金持ちではないのでな。豪華すぎる館をもらったと思うぐらいだ。エドウィン様はこれぐらいはいる、と言って譲らなかったが」

「そうなの? 私はこの館も贅沢と思うけれど。温室は運んできたの?」

「ああ、それだけはクラウスも首を縦に振らず、エドウィン様も妥協せざるを得なかった。私もあの温室は最高だと思う」

 それを聞くと、温室に行くのが楽しみになってわくわくしてくる。こんなに胸躍ることなんて何年ぶりかしら。花は見ても楽しい。育てるともっと楽しい。実家でいくつか育てていた事を思い出す。あの子達元気かしら。

「エレオノーラも何か育てていたのか?」

 心で返さず、言葉で返してくれる気遣いが嬉しい。

「ええ。薬草をいくつか。花は目立たないけれど小さな花を咲かせるの。それがとても可愛らしかったわ」

「ここでもやってみるといい。クラウスならすぐに許可するだろう。ベルテが温室の薬草がいるとそなたの指示で言ったと、騒ぎ立ててクラウスが渡したのだ。そなたの薬草の知識はすでにクラウスには伝わっている。先日もクラウスはそなたを褒めちぎっていたぞ。あそこまで詳しい方はいないと。気難しいクラウスを手懐けるとはすごい、な。クラウスは父の代からいたが、私には厳しい父が二人いるようなものだった」

「お父様が二人もいるってうらやましいわ。私には父は父じゃなかったもの。母はいろいろいるけれど実の母は一人よ。他には育ててくれる母もいないし。ああ。アリーナには二人いるかもしれないわね。ある日、妊娠もしていない母が生まれたての赤ちゃんを連れてきてあなたの妹よ、と言った記憶があるわ。よく考えれば育児放棄されたのね。あの方は強欲の塊だった・・・」

 最後、毒の入った酒でなくなった側室を思い出す。

「そんな暗い顔はエレオノーラらしくない。アリーナ姫は自覚しているのか?」

「たぶんね。あの方が亡くなったとき、部屋で泣いてたもの」

 可哀想なアリーナ。今は幸せなのかしら。

「クリスタ姫もアメリア姫も授かってよい家庭を築かれている。幸せだよ。私達よりかはどうか知らないが」

 スヴェンから穏やかな気が流れてくる。満ち足りたものが。

「スヴェン? 今、幸せ?」

 私の唐突な質問にきょとん、とするスヴェン。しばらく固まっていたけれど、やがて口を開いた。

「何をいきなり聞き出すかと思えば・・・。幸せだ。これ以上ないくらいに。自分でも信じられぬがな。そういえば、そなたの声も声と言うよりは気配として流れてくる。自制心は必要ないのか?」

「さぁ? でも、必要になるときもあるでしょ。夫婦ケンカしてお互いにツーツーだったらもっと悪くならないかしら?」

「それはそうだな。自制心を鍛える方がよいな。ああ、ベルント気にしなくていい。将来の可能性の話だ。現在のケンカではない」

「あら。私達、ケンカしてて?」

「朝から枕を投げようとしてる妻がいるのだ。ケンカ状態に近い」

「ケンカなんてそんな生ぬるくないわよ。私が怒ったらどうなるかは知ってるでしょう?」

 あの、叱りつけて治癒魔術をかけたとき、何故か私は怒り狂っていた。ほっとした瞬間、怒りがこみ上げたのだ。何故かはわからない。無茶をしたスヴェンに怒っていたのかもしれない。

「すまぬが、エレオノーラ。考えにふけるのだけは止めて欲しい。全部流れてくる。怒り狂っていたのは皆、承知済みだ。何故かは皆、わからない。そなたまでが解らないなら誰も解らないだろう。いい加減、食事を終えて温室へ行こう」

 スヴェンの声にはっ、と我に返って食事を急いで終える。

「ごめんなさい。特に私の声が届くみたいね。スヴェンのは感覚がつたわるわ。穏やかとか悲しみとか。声じゃないの」

「そうか。では、妻か、婚約者かわからないそなたと私の温室を見に行こう」

「それ嫌味? 妻か婚約者って」

「勅令と共に妻だが、婚礼の儀式を挙げていない。どっちなのか私にもわからぬのだ」

「そうね。嫁ぎ先の実家に来ているけれど、嫁いだ覚えもないわ。奥様とも呼ばれないし」

 スヴェンが立ち上がってまた肘を出す。エスコートしてくれるらしい。今度も声は聞こえない。感覚も聞こえない。普通に戻ったのかしら?

「いや、今のは聞こえた。都合のいい部分だけ聞こえるのかもしれない」

「そんな、物語のように簡単にはいかないわよ」

 くすり、と私は笑って出ている腕に手を乗せた。

 私とスヴェンは玄関を出ると屋敷外でなく、隣の敷地に移動する。そこには大きな温室があった。

「気づかなかったわ。こんなに大きい温室なのに」

 近づくとさらに大きさに驚く。

「ほら。クラウスが外で待っている」

 老人とは言いがたい初老の男性が立っていた。かぶっていた帽子を取って頭を下げる。

「クラウス。私はそんなたいした身分ではないわ。頭をあげて」

 慌てて言うとクラウスは顔を上げてにっこり笑う。

「奥方様にはほんに驚かせられました。あの、希少な薬草の名前がベルテから出たときはたまげました」

 そう言ってまた頭を下げる。

「クラウス。だから、頭は下げなくていいの。それに私、奥方様じゃないわ」

 いーや、とクラウスは言う。

「旦那様の奥方はあなた様しかおりませぬ。旦那様にはもったいないぐらいです」

 その言葉に流石においおい、とスヴェンが突っ込む。

「いくら、クラウスでもエレオノーラはやらんからな」

 まるで子供に戻ったかのように躍起になっているスヴェンの姿に私はくすくす笑う。

「何がおかしい?」

 むっとしてスヴェンが言う。

「クラウスにはお似合いの奥さんがちゃんといるわよ。それなのに、躍起になって」

 あまりにもおかしすぎてころころ笑ってしまう。

「もういい。二人で花鑑賞してろっ」

 回れ右をし出した夫と言うべきか婚約者と言うべきかスヴェンの腕をつかむ。

「なにもムキにならなくても。私はあなたに首ったけなのに」

 あ、言ってしまった。相手の愛もないまま。一目惚れとは言ったけれど恋と愛は違うわよ。しまったと思っても遅かった。だけど、スヴェンはその言葉で一気に機嫌を直した。何が良かったのかしら?

「ほら。花を見よう」

 私の疑問はスヴェンに流れているのにそれを無視して手を取ると中に入る。中は派手な花から小さなもの。緑一色の観葉植物などいろいろあった。中でも目を引いたのは薬草の区域だった。

「まぁ。あの薬草、一部の地域にしかないのよ。こんな所にあるなんて」

 手を叩いて喜ばんとしている私に視線が刺さる。スヴェンがすねた顔をしていた。

「スヴェン?」

「どうやらその薬草に首ったけのようだな」

「もう。それぐらいですねないで。スヴェンは薬草以上の人よ。あなたの闇が終われば一緒になるんでしょ? その闇はこちらには流れてこない。自制心よりももっと深いところに眠っている。そんなあなたを見捨てる私じゃないわ」

「同情、なのか?」

 まだ疑っている。もう、これからは夫よ。夫に背伸びしてキスをする。そっと触れただけだけど私からするのは初めて。すっとまたかかとを落とすと恥ずかしくてスヴェンの胸にしがみつく。

「私はあなたが大好きよ。あなたが他の誰かを想っていても」

 びくり、とスヴェンが身じろぎした。何か冷たい思い出が浮かんだ。ただ、スヴェンが泣いている場面しか流れてこなかった。

「すまない。焼き餅を焼ける身分ではなかった。エレオノーラは命さえも投げ出してくれたのに、私には返すものがない」

 感情が流れて来る前に私は言う。

「いいの。愛されなくても。私が愛しているから。それでいいの」

「エレオノーラ・・・」

 泣きそうな感情が流れてきた。私はそれを払拭しようとスヴェンから離れて手を引く。

「案内してくれるんでしょ? ここは私の実家の温室より大きいわ。一日で回り来るのに協力してくれなきゃ」

「エレオノーラ」

「はい。泣き言は言いっこなし。さぁ、笑顔で案内して」

「こ、こうか?」

 ぎこちない笑顔を作ってスヴェンが言う。

「あなた、前はもっと自然に笑顔出てたわよ。いつの間にそんなに苦手になったの?」

「いや、こちらが通常の私だ。笑わない騎士と言われているのだ。そなたと二人きりの時だけに出るようだな」

「それじゃ、旦那様。水やりお願いしましたよ」

「クラウス!」

「よろしくなさいませ。奥方様の手を離してはなりません」

 昔の厳しかった父のような態度でクラウスは言うと、温室を出て行く。

「クラウス!」

 取り残された私とスヴェンは顔を見合わせて笑い合う。

「やっぱり、笑えるじゃないの」

「そうだな。エレオノーラと二人きりだと笑えるらしい。それでは水やりをするか」

 そう言って道具を出してくる。その顔は晴れやかだ。

「ここの水やりをさせられたのはいたずらして怒られたとき以来だ」

 まるで少年に戻ったかのような顔つきに私はぽーっと見てしまう。

「エレオノーラ? 道具はいらぬのか?」

 はっと我に返って道具をうけとる。何、見とれてたのかしら。変な私。そんな風に思う一方でほんとに一目惚れしちゃったのね、という自分もいた。それは夫にも流れていたようで顔を赤くしている。

「今さら、とでも思ってるんでしょ。解ってるわよ。自分の鈍感ぶりには。うどの大木ね。私も。誰の役にも立たない」

 そう言って井戸まで出かけようとしたとき後ろからスヴェンが抱きしめる。

「誰の役にも立ってないなどない。私の部下はそなたに命を救われた。いつもなら亡くなっている者も助かった。すべてそなたの機転が利いたおかげだ。それに一番、私が誰よりも救われている。そなたに。愛を返せないのが許しがたい程だ」

 回された手に手を重ねる。

「愛せないものはしょうがないの。いつか、愛せるようになるわ。私でなくとも。それまでは一緒よ。旦那様」

 初めて味わう深い悲しみを隠すように手を外すと井戸のある方に私は歩いて行った。

 私は温室を出ると一気に井戸の場所まで走った。井戸の枠に手をついて深呼吸をする。

「空元気も元気の内」

 お母様がよく言っていた言葉を繰り返す。涙が出かかったけど、ひっこんだ。よし。これで笑顔になれる。私は振り向いた。すでにスヴェンが立っていた。

「エレオノーラ。今の深い悲しみは・・・」

「何もなかった。スヴェンは何も見ていなかった。いいわね」

 指を立てて叱りつけるように言う。あまりの剣幕にスヴェンがたじたじとなる。

「さ。水をくんで。恋人の彼女にそこまでさせる気?」

 一瞬、むっとした表情になったがすぐに元に戻して組み始めた。水やり道具に入れるとまた温室まで戻る。

「クラウスは毎日これをしてるの? 一人で?」

 また怒り狂いそうな私にスヴェンが言う。

「クラウスは他の者も使っていいというのに使わないのだ。何度言っても自分一人で、と」

 仕方ないわね、と言うとスヴェンははぁ、とため息をつく。

「エレオノーラの雷は何よりも怖い。しょっちゅう落とさないでくれ」

「あなたがいい子ちゃんだったらね。そういえば、クリスマスローズの苗をくれるんでしょ? 今日頂きたいわ」

「エレオノーラ」

 やや冷静になったスヴェンが名を呼ぶ。

「解ってるわよ。さっき流れたものでしょ。あれぐらい許してよ。私には自制心がないんだから。それに一目惚れはお互い認識しあってるじゃないの。愛はなくとも恋はあるわ。それが愛に育つかそうでないかの違いよ」

「育たなければ?」

「同盟でも組みましょう。愛する人ができるまで。さ。花々が水を飲みたいといってるわ。我が子に水を与えない親はいるかしら?」

 いるわね。一人。お父様がそうだった。見ていてもなにもなかった。ただ、見てるだけ。考え事をしながら植物に水をやる。

「そんなことを考えてやれば花は悲しむ」

「スヴェン・・・。そうね。建設的な事を考えましょうか」

「建設的?」

「例えば、婚礼の日、とか」

「待て。我々はまだ一目惚れから進んでいない。恋のまっただ中だぞ。それがどうして婚礼に・・・」

「偽装結婚すればいいじゃない。少なくとも騎士の妻になる要素は持っていることはこの間の戦でわかったわ。あなたに愛する人ができるまで偽装結婚して皆を安心させないと。使用人がいつまで経っても信用しないわよ。愛する人が出来ればはい、さよならでいいじゃないの」

「エレオノーラ。そなたはなぜ、そこまでして愛を与えようとするのだ? 自分だって欲しいはずだ。それを手放すのか?」

 そうよ、と私は答える。そしてまた水やりを再開する。

「私はスヴェンさえがよければそれでいいの。私の事なんてどうでもいいわ。政争の具に使いたければそれでいいわ。そういう星の下に生れたのよ。お父様の罪を償うには娘の一人や二人犠牲になってもいいわ。それだけのことをお父様はしている。それはあなたもよく知っているんじゃないの?」

 そう言って、また水やり。何かを言っては水やり。スヴェンが水やりを再開すると肩に手を置く。

「今から、私の闇の話をする。聞いて欲しい。しばらくここには誰も来ない。クラウスがそう取り計らっている」

「スヴェン?」

「ここに座ろう」

 休憩用かベンチのようなものがあった。そこに二人並んで座る。

「私は恋をしていた女性がいた。愛していた。相手もそうだと思っていた。デートも食事も行楽も共にしていた。だが、あるとき、彼女はこういった。

『ただの騎士のあなたを愛してなんかいないわ。私にはもっとふさわしい場所があるの。魔皇帝様が手配してくれたのよ。さよなら、スヴェン』。そう言って去って行った。彼女は海の向こうの王に嫁いだ。それからだ、私が騎士の地位にこだわったのは。一回の騎士でなく騎士団長ぐらいになれば彼女が戻ってくるとそう思っていた。ところが、何年か前に彼女の嫁いだ先の王が亡くなった。犯人は彼女、だった。王に毒を盛ったのだ。そしてまた彼女は風の便りによると後から支配に来た王に取り入って王の寵愛を受けたと。私はまったく、人を信じることができなくなった。それなのにエドウィン様は魔皇帝陛下と共同統治に入られた。憎しみが胸を渦巻いていた時期は終わり、心は凍っていた。何人もの兵を殺し、騎士団長の地位についた。この手は血に汚れている。そしてまた、皇帝陛下の指図でそなたを娶ることになった。私は動揺していた。憎んだ相手の中の一人に皇帝陛下がいた。それでもエドウィン様は勅令の入った箱を渡された。アリーナ姫と一緒に。運命を呪いたかった。騎士団長にまで上がらなければこんな事態にはならなかった。おまけに、今度は一目惚れだ。憎む相手の娘に恋をした。私はどうしていいかわからない。恋なのか愛なのかもわからぬ。そんな相手と婚礼をするのか? エレオノーラ」

 スヴェンが深い悲しみと動揺の眼差しで私を見ていた。スヴェンの感情が流れてくる。消えることのない悲しみ、怒り、憎しみ、そして愛を。彼女への愛は本物だった。私にはない。私はすっくり、と立ち上がった。水やり道具が転がって足下に水がかかった。だけどそんなのはどうでもいい。私は温室を出て、スヴェンを放り出すと厩まで全力疾走した。

 私は厩へ駆け込むと、スヴェンの馬に飛び乗った。足がにょっきり出ているけれど、そんなものはどうでもいい。今すぐ父に矢をつがえたかった。父の指図で彼女は王室へ嫁いだ。欲に目がくらんだ彼女も彼女だけど、それよりもっとひどいのはスヴェンから彼女を取り上げたことだ。文句の一つでも言って差し違える気でいた。スヴェンの馬はいつでもでれるように馬具がきちんと付いている。そこに前から目をつけていたのだ。性悪姫と言われてもしかたないが。とりあえずは、私は感情のまま動いていた。

「はい。うまく走ってよ」

 馬の胴を蹴ると勢いよく走り出す。途中でスヴェンと行き違ったけれどそんなのもどうでもいい。

 私は実家を目指して馬を走らせた。一日で馬は実家の宮殿にたどり着いた。そうとう無理をさせてしまった。普通なら三日はかかる。スヴェンも他の馬では来れない。この子は能力が高いのだ。馬番馬を預けると父の書斎に向かう。途中、ぎょっとして振り向く使用人がいた。そりゃそうだろう。何年も前の姿のままでいる長女を見れば誰もが驚く。眠り姫から冷めたことが知られてないらしい。

「お姉様!」

 二匹の犬と少女を連れたアリーナに出会った。

「眠りから覚めたのは本当だったのね」

「幸せそうで何より」

 それだけ言ってすれ違う。アリーナが驚きの眼差しで見ていた。知っているけれどそれもどうでもいい。

 バン、と書斎の扉を開け放つ。

「なんだ。エレオノーラ、で戻ったのか」

 面白げに父は言う。そーいうところが嫌いなのよっ。

 私はバン、と父の机に手を突く。

「お父様はスヴェンの気持ちを知っていながら彼女を取り上げたの? おかげでスヴェンは誰も愛せなくなった。責任を取ってもらうわっ」

 私は眠りにつくときに渡された短刀を首に突きつけた。

「責任は取った。あの女はもともと地位や名誉にしか興味がなかった。あのスヴェンにはお前が必定だったのだ。それはこれから起きる事が証明する。私達がいなくなった後で」

「いなくなった?」

 私はいぶかしむ。

「これには長い歴史が絡んでいる。すべて必要な要素なのだ。私達の血が続くのはその運命に導かれているからだ。短刀をしまいなさい。私は殺されてもいいが、それにはまだ時間がある。時間がなくなった所で殺されよう」

「お父様? 何を知っているの?」

「お前達にはまだ見えぬ事だよ。政争の具にしたつもりはない。スヴェンにはお前の愛が必要だ。私の妻のように深い愛情が」

「その原因を作ったのはあんたでしょーがっ!」

 父の首筋に血が流れた。切っ先が触れたのだ。それぐらい私は頭に血が上って見境がなくなっていた。それを止めたのは当のスヴェン本人だった。

「エレオノーラ、その短刀をエドウィン様に」

 エドウィン王がじっと立って見守っていた。しばらく止まっていた時間が短刀を渡すことで流れ始める。

「エレオノーラ。私を想って直談判はいいが、命が縮むような事はやめてくれ。彼女を失うより怖い」

「スヴェン?」

 私の頭は空っぽだった。怒りにまかせてきたけれどその後のことは何も考えていなかった。気の触れた娘として殺されるかどこかにやられるかと思っていた。

「エレオノーラ。もう一度スヴェンと話しなさい。彼にはもう闇はない。お前が断ち切った。その怒りの切っ先で。スヴェンは二度もお前を失う恐怖を味わった。少しは優しくしてやれ」

「って。お父様が!」

「いいから。もう、彼女のことなんてどうでもいい。エレオノーラの事だけが心配だ。頼むから切れたら何をしでかすか解らない癖は直してくれ」

「スヴェン?」

 名前しか出てこない。

「エレオノーラ」

 入口にお母様が立っていた。手には真っ白なドレスがあった。

「お父様があつらえたあなたのためのウェディングドレスよ。これ着て婚礼の日になさい。お父様は知っていたのよ。スヴェンが傷ついた後にあなたに出会って真の愛に目覚めることを」

「真・・・の、愛?」

「その話は妃と娘でしろ。私はエドウィンとスヴェンと話すことがある。ブルーノのことと言えばわかるな? スヴェン」

「はい。エレオノーラ。また、後で話し合おう」

 そう言ってお母様の方に背中を押す。私は混乱していた。必定。必要悪。そんなものがあるの? お母様が優しく肩を抱き寄せる。涙が、ぽろり、と出る。

「お母様!」

「苦しいわね。愛しい人の心の傷を目の当たりにして。でも大丈夫よ。全てうまくいくわ」

 わっと泣き出す私にスヴェンは顔を引き寄せると事もあろうに熱いキスをする。恋人同士のキスではなかった。夫婦のするような。

「あとでまた」

 そう言って私をまたお母様の方に向ける。

 私は、父の書斎を泣きながら出たのだった。そこを出るとアリーナがいた。横に小さな女の子がいる。

「クリスタよ。私の大事な宝物よ。アメリアも産まれたの。さぁ、婚礼の日の準備よ。花嫁さんは婚礼の日まで涙は取っておかなきゃ」

 そう言って衣で涙を拭ってくれる。クリスタと呼ばれた少女が私の手を握る。

「あなたの娘は優しいのね」

「そうよ。自慢の娘だもの」

「エレオノーラ伯母様? クリスタと申します。仲良くしてください」

 そう言って暖かな小さな手で私を元気つけようとする。私はわっ、と泣き出したのだった。


「伯母様おつらいのね」

 小さな手で背中をさする。

「お母様がつらいときに泣いているとこうしてくださるの。伯母様のつらいのどこかにとんで行けばいいのにね」

「クリスタ・・・、あなたはいい子なのね。義理の娘と言うからてっきり意地悪な子だと思っていたわ」

 あら、とアリーナが言う。

「クリスタはエドウィン似でとっても意地悪よ。私にとっては天使だけど」

「幸せそうで良かったわ」

 涙を拭きつつ立ち上がる。

「お姉様って頭に血が上ると見境がなくなるのね。お父様に短刀を突きつけるなんて考えられないわ」

「私もよ」

 自分で自分が信じられなかった。馬を三日かかる道を一日で駆けさせて乗り潰しかけて父の首元に刃の切っ先を向けて事もあろうにか首筋を傷つけた。あの魔皇帝をよ。父はなんとでもできたのに抵抗一つしなかった。そして言った。私の真の愛が必要だと。スヴェンの彼女の素性を知っていた。そしてスヴェンからわざと遠ざけたのね。そして私を。でも、スヴェンは私を愛してはいない。愛せないんだもの。ここで思考の袋小路に入る。害になる女性を取り上げたのはいいとしても愛を注げない私を預けたってなんにもならないわ。ただの恋人なのに。ん? 恋人? 恋人なら愛は注げるわ。なんの見返りも持たなければ。

「そういう事なのね!」

 突然、声を出した私にアリーナがぎょっとする。

「お姉様。今の話まったく聞いてなかったの?」

「え? 何を?」

「婚礼の儀式よ。打ち合わせしたのにお姉様返事一つしないでいきなり叫ぶんだもの。びっくりするわ。ほらアメリアも泣いちゃって」

 ギャン泣きする姪を見ていると、はい、と差し出された。

「お姉様も子を産むのよ。予行練習」

「って、こんなに泣いている子を」

 とあやしているとピタッと泣きやんだ。

「珍しいわね。他の人ならまったく受け付けないのに。流石、お姉様だわ」

「そうなのね。自分の子でもないのに、私は育てられるのね」

 しみじみ言うとお母様が反応する。

「あなたは元々優しい子。どんな子でも育てられます。でもね。自分の子を産むつもりでいなさい。愛はどんな時でも捨ててはいけませんよ」

「お母様・・・」

 また、涙がぽろり、とこぼれる。それに反応してかアメリアもまた泣き始める。

「ああ。ごめんなさいね。アメリア。伯母さんが悪かったわ」

 涙をクリスタが拭き、私はアメリアをあやす。するとぴたり、と泣き止む。

「まぁ。アメリアったらお姉様がよほど好きなのね。笑顔まで見せて。母は私なのに」

 不機嫌になりそうになったアリーナの元へ今度はクリスタが行く。

「お母様にはクリスタがいるしょ。アメリアは伯母様の心をなぐさめているのよ」

「クリスタ・・・」

 心優しい姪に思わず笑みがこぼれる。

「笑った」

 アリーナとクリスタが同時に言う。血がつながってなくても親子だわ。感心して見入ってしまう。すると腕の中のアメリアがジタバタ動く。

「ああ。アメリア、忘れてないわよ。伯母さんの心を慰めて頂戴」

 女ばかりいるところへ扉を叩く音がする。エドウィン王とスヴェンだ。

「スヴェン?」

「入っても良いか?」

「ええ」

 妹と母とだけに目線を交わして答える。

 エドウィン王とスヴェンが入ってくる。エドウィン王が言う。いや、もう領主なのだけど、私にはまだ破壊王と言われていた気迫を感じていた。

「ブルーノが反乱を企ている一報が入った。私達は明日にでも進軍せねばならなくなった。皆、後方支援はこなくてよい。子供がいるゆえ、皇帝陛下がそう判断なさった。熾烈を極める戦いになる。今宵は、それぞれの思いを交わすよう陛下から御言葉があった。スヴェンとエレオノーラは陛下がかけた転移魔法で館に帰ればよい。使用人は皆、戸惑っているぞ。主人が二人ともいなくなって。私も説明のためにそなた達の館に行ったがベルテが大騒ぎしていた。帰って安心させるが良い」

「私にはおとがめは、ないのですか?」

 仮にも皇帝陛下に刃を向けたのだ。刑が執行されると思っていた。

「あるわけなかろう。私の事で怒り狂っただけなのだから。さぁ。エレオノーラ。帰ろう。馬なら休ませておけばいい。明日乗る馬はまた別の馬がある。そなた用に迎えた馬だが、能力が高いゆえ借りることとする。帰ろう」

 スヴェンが手を差し伸べる。取っていいのか迷う。

「お姉様、素直になって。仮にもお父様に刃を突きつけるほど好きな方なのでしょう? 最後かもしれない夜を素直にすごして。クリスタ、おばあさまにご挨拶を。おじい様の所にも行きましょう。アメリアを抱いてくれてありがとう。お姉様」

 私は呆然としながらアメリアを母親の元へ返す。私より少し年上になった妹を見つめる。アリーナは固く頷く。

「エレオノーラ」

 優しい声でスヴェンが名を呼ぶ。引き寄せられるように手を取ると抱きしめられた。

「よかった。生きていてくれて」

 そっと、耳元でささやかれる。その言葉の真意をはかりそこねる。スヴェンの心からは何も流れてこない。

「この続きは屋敷に帰ってからだ」

 そう言って、手を引かれるまま転移魔法の引かれた部屋へ行く。そうして私とスヴェンはあっという間に館に戻ったのだった。

 私とスヴェンが館に戻るとベルテとベルントが駆け寄ってきた。

「旦那様! 奥方様! よくご無事で」

 ベルテが泣き出す。

「私もよく、生きて帰ってこれたと思うわ。心配してくれてありがとう」

 差し出す物が何もない私はベルントを軽く抱きしめ、ベルテを思いっきり抱きしめる。

「さぞかし、気の触れた姫と思ったでしょうね。自分でも信じられないわ」

「ご無事で何よりです。陛下が娘にどつかれた、と苦笑いなさってこちらに来られました。奥方様、よく旦那様をここまで思って頂いて、感謝の言葉もありません」

「ただの惚れた弱みのぶち切れよ。気にしないで。それと夕食はできている? お腹空いたわ。丸一日食べてないんですもの」

「もう、ご用意しております。こちらへ」

 執事のベルントが案内する。

「ありがとう。ベルント」

 行こうとすると手が引っ張られる。スヴェンが立ち尽くしていた。

「私は抱きしめてもらえないのか?」

 不機嫌そうに言うスヴェンが愛おしくてそっと抱きしめる。

「このぬくもりがある限り、生きて帰る」

「待っているわ。さぁ、夕食を食べましょう」

 手を引っ張るとスヴェンは苦笑いする。

「恋人との逢い引きより、そなたは食欲の方なのだな」

「色気より食い気よ。ほら。最後の晩餐を楽しみましょう」

「エレオノーラ? また、何を企んでいる?」

「さぁ?」

「さぁ、とは」

「いいから早く」

「わかった。今行くから」

 私達はより一層豪華な食事をしたのだった。

翌日、婚礼の日を迎えることなく、最後の夫の戦いを見送ることとなった。昨夜は一緒の寝台で眠った。ただ、スヴェンの腕枕で。何もされなかった。帰ってきてから存分に楽しむと言って。だから、何も企むなと言われた。

 その私は見送ると早速企んでいた。

「どの姫がいいかしらねー」

 何枚のも絵と肩書きとにらめっこしていた。そう。私はスヴェンに新しい奥方をつけることにしたのだ。私は愛されない。愛すことは出来ても愛も返ってこない。そしてスヴェンを傷つけた女性もふさわしくない。もちろん、この私も。スヴェンが愛を注げるような女性を探していた。今回の戦いは小競り合いではない。反乱を抑える戦いだ。いちいち怪我人は運ばれてこない。そのため、私には膨大な時間があった。いつも通りに過ごし、あの温室の水やりをクラウスとしてそれから部屋にこもってあらゆる女性を探していた。ベルテが引きこもっている私を心配する。

「奥方様、そう、部屋にこもっていると体力がなくなります。たまにはお散歩など」

「それならクラウスの水やりで十分動いたわよ。そうね、弓でも試そうかしら」

 物騒な話を出すとベルテが引き下がる。この繰り返しだった。

 そう言う毎日を送っているといつしか反乱分子は抑えられたと一報が届いた。スヴェンが帰ってくる! この大量の姫君の絵をどこへ隠そう? 部屋のあちこちをうろついていると扉が開け放たれた。

「エレオノーラ! 夫が凱旋したというのに出迎えないとは・・・。ん? 何を隠そうとしてるのだ?」

「えーと・・・」

 私は作り笑いをする。スヴェンはつかつかとやってくると私が後生大事に持っていた絵の一枚をとる。そこには顔と肩書きが載っていた。

「返して!」

「返さない」

 ひょい、と上に上げる。

「スヴェン!」

「叱りつけてもダメだ。ベルテから聞いている。何やら引きこもって熱心だったそうではないか。これがその理由か」

 少しスヴェンの声に怒りがこもっていた。

「言ったはずだ。側室を持つつもりはない、と。妻はそなた一人だ」

「だから、私が側室になるのよ。その方々は正妃候補よ。あなたに愛を注いであなたも愛が注げる相手よ」

「そのそなたに愛を返せず、苦悩している私に別の女性と婚礼を、か?」

「苦悩って。私にそんな思いをする必要はないわ。邪魔者は消えるに限るもの」

「エレオノーラ!」

 スヴェンが怒鳴る。

「どうして一目惚れの相手を置いて他人を愛せるのだ? そなたにしかもう、愛は注げぬ。戦の中でそなたが後方支援にいないことがどれほどほっとしたか。また治癒魔術で倒れるのではないかと心配した。負傷兵もこの館に送らなかったのはその懸念からだ。すべてエドウィン様の元で一括されている。この館には送らないでくれとエドウィン様に言えば二つ返事で了承された。そなたが一時心肺停止したことも聞いておられた。私達の妻は余計な事ばかりする、とエドウィン様も困られていた。本当に困った姫だ。アリーナ姫にも相当手こずらされたと言われておられたが、エレオノーラの方が質が悪い。心臓に悪いことはこれ以上しないでくれ」

 そう言ってつかつかと歩み寄るとスヴェンは私を思いっきり抱きしめた。

「もう。そなたを失いたくない。エドウィン様はそれが愛だと言っていた。何物にも代えがたい存在こそが自分の愛する人だと。私はそなたを愛している。もう、そんな馬鹿げた事は止めるんだ。私のプロポーズを受け取って欲しい」

ぷ、プロポーズですってっ?? 私は混乱していた。そんな中でスヴェンは跪く。

「私のエレオノーラ。結婚して欲しい。どうか妻になってこの地で生きていって欲しい。もう皇帝陛下の元に行かないでくれ。そなたが怒り狂ったときほど心臓に悪い時はない。私の事で悩むのは止めてウェディングドレスの事で悩んで欲しい」

 そう言って、指輪をはめる。

「これは・・・婚約・・・指輪?」

 手に光る宝石をじっと見る。

「そなたの怒りの炎を閉じ込めたルビーの指輪だ。もうこれ以上、怒らないでくれ。いつも微笑んで私を笑わせて欲しい」

 じわじわと、事柄を理解していく。婚約指輪、ということは本当の婚約者、なの?

「そうだ。そして式を挙げれば妻だ」

「ちょっと。また思考を読んだわね」

「流れてきたのだ。押さえる方法は自分でみつけなさいと、陛下が言っていた。じゃじゃ馬姫を頼む、と。我らは運命の相手だったのだ。みすみす運命の相手を見逃す私ではない。もう、二度と離さぬ」

 そう言ってスヴェンは私を抱きしめたのだった。

 スヴェンが強く抱きしめる。

「痛いわ」

「そなたが質の悪いことをしでかすからだ。もう離さない」

「だって。私に出来る事はあなたに愛を捧げることだもの。愛せる存在を見つけることだもの」

 涙声になっていると、一層強く抱きしめられる。

「そなたが愛だ。もう見つけた。本当に皇帝陛下の姫か? 類い希ない自己犠牲精神をこの三姉妹は持っているとエドウィン様が嘆いておられた。もう、離さない。エレオノーラが闇を切り裂いた。そなたの愛という光で。もう、私に闇はない。人も信じることができる。職業上疑うことはあるが。さぁ、一緒に皇帝陛下の元へ行って正式に婚約したことを伝えに行こう」

 そう言って私を離すと手を握る。

「ベルテ達に報告するのが一番だわ」

「もう、報告済みだ」

 え? と扉の向こうを見ると鈴なりの使用人の観客が並んでいた。恥ずかしさで顔が真っ赤になる。愛の告白劇場を見られたのよ。これが恥ずかしくなくてなんなの。

「えーと・・・」

「おめでとうございます。旦那様、奥方様。早速、婚礼の日の準備をいたしましょう」

「ちょっと。いつ婚礼の日かなんてきまってないわ」

「皇帝陛下よりお言葉が先日ありました。この館と王宮を繋ぐ移転魔法を行われた際に、極秘に聞いておりました。これから王宮に行ってお話を聞いてきて下さい。我々はその準備にとりかかりますから。ごゆっくり」

 ベルントが饒舌に言ってにっこり笑う。この人、こんな顔もするのね。そう思っているとスヴェンも唖然としている。

「ベルント、そなた笑うのだな」

「執事をなんだとお思いですか? 旦那様」

 いつもの顔に戻ったベルントが言う。

「いや・・・。意外すぎて。とりあえず、報告に行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

 使用人が一斉にお辞儀する。あっけにとられていると手を引かれる。引かれるまま、移転魔法を使った部屋にたどり着く。

「では、参るか」

「そうね。出るところが図書室というのがなかなかいいわね」

「エレオノーラは本が好きなのか?」

「ええ。図書室の本は全て読んだわ。いえ。一冊だけ読めない本があったわ。中身が真っ白なの。きっと父が魔術をかけたのね。何があるのかしら」

 言ってるとスヴェンが額に口づけする。

「私の妻はすぐ考え事に夢中になる。私に夢中になって欲しいのだが」

「あら。それなら言ったことあるわ。あなたに首ったけ、と」

「私もだ」

 そう言って熱いキスを交わす。その内、アリーナの声が聞こえる。

「お姉様、クリスタの前でそれは止めて」

「え? あら、アリーナ。あなたも来てたの?」

「ここは全ての着地点だ。孫に教育上悪いことはやめておいてくれ」

「お父様!」

 そこには父が立っていた。クリスタがすぐに父に近寄って抱きつく。

「おじい様! また来たわ。お菓子とドレスは?」

「こちらだ。エレオノーラとスヴェンは式次第を聞いてるがよい」

「って、婚約のお知らせを」

「聞かずともわかる。その熱々ぶりでは、な」

 私とスヴェンは真っ赤になる。

「お姉様はお母様のところに行って。ドレスの仮縫いがあるわよ。スヴェンはエドウィンと話せば?」

 どんどん話が進んでいく。それに私達はついて行けない。

「ほら。お姉様、お母様が待ちくたびれているわよ」

 アリーナに背中を押される。

「スヴェンはこっち」

 アリーナは一緒に来ていたエドウィンにスヴェンの方に押しやる。

「エレオノーラ」

「スヴェン」

「そう仮縫いは時間はかからないわ。今生の別れみたいな顔をしないで」

「アリーナ。性格が変った?」

「お姉様もね」

 不敵に笑うと妹姫は娘達の後を追う。私とスヴェンは短い別離を味わうこととなった。

 ☆

 ただのドレスの仮縫いなのに、一刻も早くスヴェンに会いたかった。お母様と一緒にいられるのは嬉しいけれど、何時もスヴェンが立っている片側が寂しかった。

「よく似合ってますよ。エレオノーラ」

 優しい声でお母様が言う。

「少し痩せたかしら?」

「筋肉が落ちただけよ。最近、弓もしていないから」

「それでよくお父様の元へ乗り込んだわね」

「あれは、若気の至りよ」

 恥ずかしくなって目を伏せる。

「若気とは。今も十分若いですよ」

 そこで気づく。お母様も年を取っていたことに。

「私、どれぐらい眠っていたのかしら?」

 アリーナと逆転現象が起きている。

「まぁ、五年というところかしら」

「エリアーナはまだなの?」

 ええ、とお母様は言う。

「あの子は当分起きませんよ。魔力が高いから釣り合う殿方が当分いないでしょう」

 お母様は少し悲しげだった。

「元気いっぱいの子だったものね。あの子の心を射止める方はどんな方でしょうね」

「あなたはそんなこと考えないで婚礼のことをだけをお考えなさい。館とともにすべてが消えたときいているわ。花嫁道具をもう一度作らせていますよ。その内届くから待っていなさい。さぁ、愛しい夫の元に向かいなさい。私は少しこのドレスの細かい部分を見ていますから」

「お母様も一緒に」

 私が言うと、しかたないわね、と言った具合に立ち上がる。

「あなたは三姉妹の中で一番頑固で手に負えない子でしたね。従った方がよさそうね。行きましょう。陛下とクリスタの所に。みんな一緒よ」

 こんなに仲の良い家族だったかしら?

 そんなことを思いながら父やアリーナが待つ部屋へ向かった。

 図書室から戻ると、ベルテが手を引っ張る。

「ちょっとどうしたの? いつもより強引ね」

「奥方様の方が強引です。私なんぞ、足下にも及びませんよ。今日は、メシアがお生まれになった日。柊のアーチの下でカップルはキスをするんですよ」

 え? 私は固まった。あれ、するの? この面前で。スヴェンの顔には面白い、と出ている。

「ちょっと、相手はあなたなのよ。面白がっている場合じゃないわよ」

「そうでないと困るのだが。ベルントとキスしたら大暴れする所だ」

 その例えに執事のベルントが縮み上がる。

「旦那様、冗談もほどほどに」

「そうよ。この面前でキスなんて」

「いいではないか。婚礼の日も決ったことだ。晴れてキスができる」

「え? いつ決ったの?」

「陛下が教会に宣告をお出しになられていた。春に式を行う」

 その言葉にわっと周りが盛り上がる。いえ。盛り上がることじゃないわ。ただ、教会で愛を誓うだけなんだけど。

「それ以外にもお楽しみはあるぞ」

 ふっとスヴェンのいらぬ妄想が浮かんだ。

「ちょっと、むっつりスケベっ」

 言ってる間にキスされる。いつの間にか柊のアーチの下だった。あの、花畑の軽いキスよりももっと熱いキスだった。さらに妄想は広がりをみせる。もうっ、と私はすねる。

「式まで寝所は一緒にはしませんからね」

「それは残念」

「って自制心保ててないじゃないの。ずーっと筒抜けよ」

「少女のようなそなたには刺激が強かったか」

「少女・・・って。馬鹿にするのも程があるわ」

 手を振りほどこうとしたけれど強いスヴェンの力には及ばなかった。

「しっかりとしたレディだからこっちも困るのだよ。心だけは少女なのだからな」

「眠り姫だもの。心は少女のままで眠ったんだもの。当たり前だわ。ほらベルント。ベルテとキスして」

 私達の後ろに着いていた執事と世話係に無茶な事を言う。

「それは、当たり前です。ベルテは私の妻ですから」

 そう言って堂々とキスをする。その事実を聞いて私は固まっていた。

「私、嫁いで二日目には夫に戦に出て行かれてこの屋敷のことなにもしらないわ。ベルント、ベルテ。キスはいいから全部説明して」

「そう、夫婦水入らずを邪魔するもんじゃない。我々は恋人、いや、婚約者となった祝いを温室でしようではないか」

「温室?」

「クリスマスローズをそなたにと約束していた。そのクリスマスローズを見に行こう。クラウスが待っている。戦に出る前にクラウスに頼んでおいたのだ」

 素敵なプレゼントに一瞬言葉が出てこなかった。あの花畑の話は私にとっても大事な時間だった。スヴェンは約束を守ってくれる。安心感がひたひたと心にしみてくる。

「少し、疲れたか? 急にいろんな事が起きすぎて」

 安心感に浸っていて眠気の到来に負けそうだったけれど、スヴェンの声であっという間に覚めてしまった。この心遣いが好きなのよ。

「そう言われても、これは性格だからな。もっといろいろあるかもしれない」

「って。勝手に思考読まないで」

「流れてくる物はしょうがない」

 二人で痴話げんかをしながら温室へ行く。クラウスがにこにこと笑って待っていた。クラウスが笑っている! 私はそれでまたびっくりしてしまった。

「奥方様にはようしていただきましたからな。これが、新しい品種のクリスマスローズです。水やりをよう助けてくれました。旦那様より熱心でしたぞ」

「だって。他にすることなかったんだもの。ここで体力養わないと無理じゃないの」

「なんの体力だ?」

 スヴェンがきょとんとしている。

「父といつでも差し違えられるようにしていたのよ。旦那様」

 そう言ってお返しの妄想を送る。言葉と裏腹な思考にスヴェンが固まっている。

「あら。どうしたのかしらね。旦那様は」

 そう言ってスヴェンから離れると新種のクリスマスローズを見る。

「かわいい。八重咲きなのね。こんな冬に咲くなんてなんて健気なの」

「健気なのは奥方様です。旦那様にこんなに尽くして。旦那様は幸せ者ですぞ」

「そうだな」

 そう言って引き寄せるとより一層熱いキスを送ってくる。妄想付きで。私はどうしたらいいのかも解らず成されるがまま。離されたときは足ががくがくしていた。必死にスヴェンにしがみつく。

「クラウスが見てるじゃないの」

「クラウスならとっくにいない。温室の鍵をそこに置いてとっとと逃げ出した」

「え?」

 て、ことは二人きり。えーと・・・。さっき送った妄想をそれはいたく反省する。

「そなたの妄想が役に立ちそうだな」

 そうして、二人きりの温室で初めて妄想が形になって私は顔から火が出るくらい恥ずかしかった。

「そんなに恥ずかしがらずとも。もう夜だ。誰も見ていない」

 そう言って妄想を続行する婚約者にどう抵抗していいかもわからない。

「そんなに恥ずかしければ、子も成せぬ」

「子!!」

 もう恥ずかしくってもうもうもう・・・。

「牛にならずとも」

「いちいち声にしないでっ。異常に恥ずかしいんだからっ」

「可愛らしい奥方だ」

「ちょっとっ」

 言ってる割にはスヴェンは妄想を最後まで終了させる。私には言葉にも出来なかった。やっぱり、年長の男はスケベすぎるっ。そう文句を言うとスヴェンはけだるい表情で見事な笑顔を披露してくれたのだった。


 私は浮遊感を感じていたけれど、猛烈な眠気に襲われていた。どうやらスヴェンが抱き上げているらしい。声が聞こえる。

「姫の寝所には寝かせるときだけ入るからベルテも追求はやめてくれ」

「奥方様に何をなさったんでしょうねぇ」

「ベルテ!」

 ベルテは確か母代わりと言っていた。そんな関係がうらやましい。そうつらつら思っていると寝台に寝かされた。眠すぎて瞼が開けられない。額にキスされて私は眠りに落ちていった。

 翌朝、起きるとあちこちが痛かった。スヴェンのせいね。もう。

「牛にはならないでくれ、と言ったのだが」

 スヴェンが扉の向こうにいた。面白がっている。本当に。そんな感じの人とは思わなかったわ。意地悪。

「姫の、エレオノーラにだけ意地悪なのだ。私は」

「じゃ。私もスヴェンだけに意地悪するわ」

 そこへベルテが入ってくる。

「何、痴話げんかなさってるんですか。旦那様は婚礼の日が待ち遠しいようですが、こちらでも準備があります。そう簡単には嫁がせませんよ」

「あら。ベルテ。私の母代わりもしてくれるの?」

 嬉しくてベルテを抱きしめる。母が二人いるというのは心強い。するとものすごい不機嫌がやってくる。

「はいはい。スヴェンもね」

 そう言って抱きしめる。

「奥さん。それだけでは満足できないのだが」

「抱き抱き以外は禁止! さぁ、ベルテ。着替えを手伝って頂戴」

 あの、言葉にも出来ない妄想ごっこには付き合う気はさらさない。そう思ってると残念、という思考が入ってくる。

「スヴェン! そんな事ばかり言ってたら弓の練習始めるわよ!」

 それを言うと大人しく去って行く。脅かしすぎたか、と思えど、あの妄想ごっこに付き合うぐらいなら剣か弓でも触ってないとやってられない。

「奥方様は弓を?」

「剣も使えるわよ。もっとも剣の筋は妹のアリーナが優秀だけど」

「流石はスヴェン様の奥方になるお方、頼もしいですわ」

 そんなことを話しながら身支度を調えているとまたスヴェンがやってくる。

「エレオノーラ! クリスマスローズを放置したままだ。はやく取りに行かないとクラウスにどやされるぞ!」

「あら。それはいけないわ。スヴェン温室まで競争よ!」

 身支度を調えたのに髪も服も気にせず、一気に温室まで走り抜ける。スヴェンが後からやってきた。息もあがってない。まぁ、女性に花を持たせたってところね。

「何も全力疾走しなくとも」

「どやされると言ったのはあなたよ?」

 抱きしめようとする腕をすり抜けてクラウスの所へ行く。

「ごめんなさい。クリスマスローズを持って帰るのを忘れてたわ」

「大丈夫ですよ。大方、旦那様が無理を強いたのでしょうから」 

 そう言われてまた火が出たように真っ赤になる。

「これが、奥方様のクリスマスローズですじゃ。旦那様もほどほどに」

「解っている」

 顔を見ると少し赤い。スヴェンでも恥ずかしいときがあるのね。

「何、じっと見てる」

 今度は不機嫌になる。

「胸に手を当てて考えるのね」

「エレオノーラ!」

「何?」

「昨夜の復讐か?」

「さぁてね。さぁ、クラウス、水やりを手伝うわ。スヴェンもするわよね?」

「当たり前だ。妻にやらせて夫がしないわけにはいかない」

「って、まだ嫁いでないんだけど?」

 私の突っ込みにクラウスとスヴェンが一緒だ、と突っ込む。

「もう、クラウスまで一緒にならないで」

「わしも男ですじゃ。旦那様の忍耐はようわかっております」

「もう。男同士で語り合ってなさい」

 私はまた井戸まで走る。風が冷たいけれど心地いい。スヴェンがすぐ追いついて、私が井戸からくみ上げようとしていたのを止める。

「水は冷たい。私がくみ上げよう」

「ありがとう。スヴェン」

 にっこり微笑むとなぜか顔が苦虫をかみつぶしたようになる。

「何か悪いこと言ったかしら?」

「その笑顔が魅力的すぎるだけだ。悪いことは何一つしていない」

「の割には不機嫌だけど?」

「だから、一種の嫉妬だ。この笑顔をクラウスにも見せるのだろう?」

「見せないわよ。これはスヴェン専用だもの」

「本当か?」

 じっとスヴェンが見つめる。

「本当」

 そうしてまたにっこり笑う。するとくみ上げていた桶を端っこに置くと強く抱きしめる。

「エレオノーラ。その笑顔だけは私に取っていてくれ」

「もちろんよ。旦那様」

「今宵、寝所に行っても良いか?」

 その言葉にドキッとする。

「一線は越えぬ。ただ、もう待ちきれないのだ。私の妄想ごっこに付き合って欲しいのだが、いけないか?」

 はぁ、と私はため息をつく。

「昨日の仕返しが早くも今夜にやってくるのね。いいわよ。ベルテにバレないようにね」

「それには慣れている」

「もう。いたずらっ子ね」

「今もいたずらを仕掛けたいぐらいだ」

 妄想がどかどか流れてくる。また、ため息をつきたくなる。これだから大人の男の人は手に負えないのよね。

「すまぬ。何故か勢いがとまらない」

「婚約の喜びからとまらないんでしょ。私も嬉しいもの。スヴェンの愛を感じられて。愛される喜びは何ものにも代えがたいわ」

「そうか。エレオノーラ」

「スヴェン」

 見つめ合う。そこへクラウスの声が入る。

「そういうことは部屋でしなさい。温室の水やりは一人でもできますからな」

 ばっと離れる私達。

「すまない。クラウス。恋馬鹿になっててな」

「見ていればわかりますじゃ。奥方様も舞い上がっておられますしな」

「クラウス!」

 恥ずかしさの余り叫ぶ。

 クラウスが笑う。平和な時間が無限に思える時だった。

 婚礼の日が決ってから館はばたばたと忙しくなった。やれ、ドレスの新調だ。やれ、靴はどうだ。果てはお世継ぎの衣だ、と婚礼一色になってしまった。

 そして、スヴェンは妄想ごっこに毎夜ベルテの目を盗んで現われる。ほぼ、一線こえてるんじゃ、というきわどい事まで仕掛けてくる。乙女には刺激が強すぎる。そう言うと早く乙女を卒業してくれ、と一言。そしてまた妄想ごっこに走る。余りのことに寝不足だ。ベルテが起こしに来る前までやってるのだから。しっかりと寝間着の乱れまで直して自分の寝所に戻る丁寧さがまた、憎らしい。不器用で優しいというのは撤回。器用すぎて困るわ。どこでそんな事を覚えたのやら。追求するとしどろもどろになっている。まさか、他に女はいないでしょーね、と突っ込むと神に誓っていない、とこれだけは断言する。これは真実のようで、仕方ないから新夫のスヴェンに付き合っている。もう、ここまで来れば婚約者どころか夫よ。

 ぶつぶつ、朝食の席に心の中で愚痴っているとスヴェンが名前を呼ぶ。

「何?」

「今日は不機嫌なのだな」

「誰のせいなの?」

「私のせいなのか?」

「半分はね」

「半分?」

「半分は私に対してよ。とにかく寝不足で頭がふらふらするの。誰かさんのおかげでね」

 そう言うとスヴェンはあっという間に私を寝所へ連れて行く。

「寝不足なら少し眠った方がいい。体を壊されては困る」

 そう言って寝台に寝かせる。

「今夜の妄想ごっこはお休みよ」

「わかっている。そこまで無理をさせていたとは思わなかった。温室の水やりはあとで一緒にしよう。それまで少し、休むといい」

「優しいのね」

 やっぱり、優しい人だった。しっかり反省もしてくれている。その気持ちが嬉しい。

「スヴェン、キスして」

「って、妄想ごっこは今夜は終わりと」

「今、キスして」

 じっと見つめるとスヴェンはそっと顔を近づける。そこへベルテの声がかかった。

「旦那様!」

 慌てて飛びすさるスヴェン。あっという間に消えた。

「もう」

「奥方様もそのような場所でキスを求めるんじゃありませんっ」

 ベルテの雷が落ちる。不意にデジャブが起こった。あの眠り姫の館で精霊のベルテに叱られていたことを。二人のベルテが重なる。涙があふれる。

「ベルテ。置いていかないで・・・」

 涙があふれる。

「奥方様、ベルテはここにいますよ」

 泣いている私にそっと上掛けを掛けてくれる。

「違うの。ここのベルテじゃないの。大事な私の精霊のベルテ・・・」

 意識が混乱している。寝不足のせいではないよう。それを察知したベルテはスヴェンに呼びに飛び出して行った。

 スヴェンはあっという間に戻ってきた。

「エレオノーラ! どうした。何があった?」

「スヴェン? 意識が交雑しているの。あの館の私と今の私が・・・。記憶が飛んでいくの。あなたとの宝の思い出が・・・」

 そう言って私は意識を手放した。

”姫様! 夫が逃げます。さっさと捕まえに行ってください。最後の男ですよ!”

 はっと目が覚めた。

「ベルテ? ここは?」

”何を世迷い言を。ほら、さっさと行ってくださいっ”

 ベルテの雷が落ちる。

「スヴェン・・・?」

 行かなきゃ。スヴェンが行ってしまう。

 私は慌てて寝台から飛び降りると玄関に向かう。開ければそこにスヴェンがいるはず・・・だった。

「いない? スヴェン? どこ?」

 後ろを見ても館はある。あの時消えたんじゃ・・・。

 戸惑っている内にどこかで、聞き覚えのある声がした。

「お父様?」

 振り返るとそこにはお父様がいた。

「スヴェンがいないの。お父様!」

「少し、魔術がきつくかかりすぎたようだ。ここは幻と現世の境。精霊のいる天とはまた違う領域。早く戻りなさい。夫が待っている」

「戻るって・・・スヴェン?」

 声が聞こえる。私を呼ぶ声が。その方向に歩き出す。

「そうだ。その方向に向いて歩くんだ。父には手出しできぬ領域だ。自力で戻るのだ」

「お父様?」

 振り返ると父はもういなかった。私はスヴェンの声が聞こえる方に向かう。眩しい光に瞼を閉じる。何か違う感覚が伝わる。

 手? 誰かが握ってくれているの? ああ。でも精霊のベルテに伝えてないことがあった。幸せ、だと。戻ろうとしてまた雷が落ちる。精霊のベルテが目の前にいた。

”私もここにいられる時間は限られています。早くお戻りなさいっ”

「わかったわ。ベルテありがとう。みんなありがとう。私、今、一番幸せよ」

”わかりましたから、さっさとお戻り遊ばせっ”

「はぁい」

 軽口を叩いて光の中を進んだ。

「スヴェン・・・」

 目が覚めて一番始めに呼んだのは愛しい人の名前だった。

「どこ?」

「ここにいる。目が覚めて良かった」

 ぎゅっと手を握ってくれる。

「私、一体どうしたの? 急に記憶が混濁したわ。そして知らない領域をさ迷っていた。スヴェンの声がなかったら帰ってこれなかったわ」

「領域?」

 スヴェンが聞く。

「そう。幻と現世の境、とお父様が・・・」

 視線を動かすと父の姿が見えた。

「お父様、さっきのお父様は・・・」

「してはいけないことだが、エレオノーラの意識内に入った。すまない。術がきつくかかりすぎていたようだ。しばらく安静にしてるといい。気力がそがれている。いくら二人きりになっても妄想ごっこはしてはならんぞ」

「陛下!」

「お父様!」

 二人同時に叫ぶ。父はに、と不敵に笑うと出て行く。

 私達は生き延びた喜びの前に恥ずかしさで撃沈していたのだった。

 私はスヴェンの館でなく実家の寝所で休んでいた。懐かしい部屋はそのままだった。あれから何年か経って目覚めても相変わらず、変らない物は変っていなかった。スヴェンは自分の館ですることがあるので、転移魔法の部屋を使って毎日、私の元へお見舞いに来ていた。お見舞いしかだめ、ときつくアリーナに言われたらしく、妄想ごっこはなりを潜めていた。アリーナにも身に覚えがあるらしい。さすがはあの剛勇な妹だ。体験だけは私より上を行っていた。

「スヴェン! 今日も来てくれたのね」

 熱い抱擁を交わす私達の後ろでこほん、と咳払いが聞こえた。

「ベルント! ベルテ! あなた達も来てくれたのね。嬉しいわ」

「奥方様がいないと館は火が消えたようです。はよう、お戻りになってください」

「奥方様、私にその美しい髪を早く梳かせてくださいませ。ベルテは寂しゅうございます」

「ベルント・・・。ベルテ・・・。心配かけてごめんなさいね。今回のはどうも父の魔術がきつくかかりすぎていたらしいの。最初の眠り姫だから試行錯誤なのよ。許して」

「もったいないお言葉。ベルテもここに居座りたいです」

「それはスヴェンが困るからちゃんと帰ってあげて」

「奥方様・・・」

 ベルテがわんわん泣く。困った私にベルントが目配せをするとベルテを連れ出す。

「相変わらず、涙もろいベルテだ。子がいない故、そなたを娘代わりに思っているようだな。先日までは息子の私の母だったのだが」

「娘の方が権力が強いのかしら?」

「さぁ?」

「不思議ね。大人って」

「と言うそなたも大人だが?」

「それは旦那様の教育が良かったのよ」

「それを言うな。反省してるのだから」

 毎夜、毎夜、妄想ごっこに浸っていたのが相当、堪えたらしい。今は反省の念しか伝わらない。

「でも。旦那様。成婚の日以降は妄想ごっこの上よ?」

「それを言ってくれるな。そうとう気にしているのだから」

「え? まさか何もしないって事はないでしょうね?」

「だから、言うなと言うのに」

 そう言って熱いキスが落ちてくる。妄想ごっこが思い出されて私の肌は熱く燃える。

「そなたも意地悪だな。男が我慢しているというのに」

「意地悪はお互い様よ」

 会話を繰り返しているとアリーナが邪魔をしに来る。

「はい。面会時間終わりよ。お姉様。一時、本当に危なかったんだから。妄想ごっこの続きは今度ね」

「アリーナ!」

 二人して叫ぶ。

「はいはい。似たもの夫婦ね。お似合いだわ。でも、婚礼の日まで待ってね」

 にっこり笑ってスヴェンを追い返す。

「もう少しいてもよかったのに」

「それが命取りよ。お姉様」

「?」

「まだ、乙女のお姉様は知らなくていい事よ」

 また、乙女。自分でも言ってるけれど、アリーナとの逆転現象が起こっているわ。

「もう。みんなして離そうとするんだから。スヴェンと私は必定の相手じゃなかったの?」

「将来的にはね。今は、婚約者。じゃ。またゆっくり休んで。クリスタをお父様から引き離さないと。またお菓子をねだってるわ。きっと」

 そう言ってアメリアを抱っこしながら消える。

「一人なんて面白くないのに」

 そう呟いて私はまた眠りに落ちていった。

 そんな日が続いていたある日、部屋に父が入ってきた。

「すまぬな。何分、要領の得ない魔術だった故、不憫をかける」

「お父様?」

「なんだ」

「謝るなんてお父様らしくないわ」

「らしくない、か」

 父は苦笑いする。

「お前に短刀を突きつけられた時、大人しくやられればよかったが、運命はあいにくそう言うわけには行かなくてな」

 不思議な発言をする父を私はいぶかしむ。

「何を見ているの? お父様は」

「運命、だ。我々の歴史、そのものだ。また、細かい事は改めて告げる。今は早く体力を戻してスヴェンの元へ帰ってやれ。そうとう参っているからな。男として」

「?」

「娘のお前は知らなくていいことだ」

「また、乙女扱い?! そこそこ経験は積んでるわよ」

 私の危ない発言にまた父が苦笑いする。

「父親の前で発言する言葉ではない。言うならスヴェンに言え。男としての自信を失っているからな」

「スヴェンが?」

「妄想ごっこがお前を追い詰めたと思っている。そうではない。私の不手際だ。そう言っているのだが、なかなか納得しなくてな。お前の方からなんとかしてくれ。その内、スヴェンの館で療養させる。そこで話し合って欲しい」

「欲しい、って。お父様!」

「なんだ?」

「お父様が変だわ。お父様らしい発言じゃないもの!」

「そこまで言えばお父様も可哀想よ。娘を思う気持ちはあるのだから」

「お母様!」

「とことん、信用がないらしい。それもそのはずだな。お前の進言を取り合わなかった。父として対応出来たはずだが、私はそうしなかった。すまない」

 少し、暗い表情で出て行こうとする父を呼び止める。私は寝台から飛び降りると後ろから抱きしめる。

「全部背負わなくてもいいのに。娘だって役に立つこともあるのよ。一人で孤独を抱えないでください」

 回した手に父が手を重ねる。

「エレオノーラ。ありがとう。運命に向かう気力がでる。すべてが収まるよう、努力しよう」

 そう言って父は出ていった。何を背負っているの? お父様。私の疑問は音にならなかった。

 翌日には父が言ったとおり、スヴェンの館の寝所で体力が戻るのを待つことになった。スヴェンは何故か来ない。感じるのは恐れ。失う恐れ。父の魔術の関係だというのに相変わらず、妄想ごっこが過ぎたせいと思い込んでいるスヴェン。事実を知っているのに話す機会がない。

 私はついに、歩いてスヴェンの元へ行く決心をした。ベルテを呼ぶ。

「どうしいたしましたか? 奥方様」

 館に帰ってきてからベルテは笑顔の大安売りだ。奥方様が帰ってきたと大喜びしている。その素直さをスヴェンにも突っ込んでほしいものだわ。

「着替えるから手伝って。湯浴みの用意も。あちこちかゆいわ」

「奥方様! まだ、体力が」

「弓持てるぐらいには回復してるわよ。寝たきりの方が筋力が落ちるのよ。たまには起きて散歩ぐらいしないと」

 そう言って立ち上がる。ふら、としたけれどちゃんと立てた。

「ほら。転けることもなく立てるわ。スヴェンとちゃんと話さないといけない事があるの。手伝ってくれるでしょ? 息子と娘の危機なんだから」

「危機、と言いますと・・・」

 本当にベルテはなにも知らないらしい。ベルントは気づいているようだけど。

「私達どこかですれ違ってしまったようなの。それを元に戻さなければ婚礼なんて出来ないわ」

 まぁ、とベルテは目を丸くして驚く。乙女の心の持ち主はベルテよ。しっかり思う。私は少し意地悪な乙女よ。覚悟してて。スヴェン。

 臨戦態勢を整えるべく、湯浴みする私だった。

「スヴェン。入るわよ」

 騎士といえど戦うだけが仕事じゃない。自分の領地の仕事もある。その仕事場へやって来たのだ。

「エレオノーラ! まだ、寝台に寝ていないと!」

「もう。それはいいの。しんどくなったら自分で寝に行くわよ。それより、スヴェンとは話し合わないといけない事があるわ」

「話し合い?」

 スヴェンが不思議そうにする。その表情も愛しい。

「妄想ごっこよ」

 確信を一気につく。

「スヴェンはアリーナに何を言われたか知らないけれど、妄想ごっこが原因で倒れたのじゃないわ。父の魔術の加減よ。試作段階の魔術で誤作動を起こしたのよ。父に話を聞かなかったの?」

 スヴェンは自分の椅子を持ってきて私に座るように言う。私はこれ以上ないぐらい優美に、そして魔皇帝の娘らしく威厳高く座った。その姿にスヴェンがあっけにとられている。

「話は聞いたが、体力が落ちているところにひっかかったと聞いた。陛下は謝罪もなさってこちらはただただ、恐れ入るばかりだった。怖かった。ずっと。もうエレオノーラを失うぐらいなら何もしないでおこうと」

「そうね。その恐れを私は館から帰ってきてすぐに感じ取ったわ。でも肝心の本人が来なきゃ、説明のしようもないわ。だから私から出向いたの」

 より一層気高い雰囲気を纏って言う私にスヴェンはまた、あっけにとられる。

「婚礼の夜、覚悟しておいてね」

 思いっきりの妄想を送りつけて私は立ち上がる。威厳高くその真逆の妄想を送りつけられたスヴェンがおおいに困っている。

「愛しているわ。私のスヴェン」

 そう言って私の方から熱いキスをする。スヴェンが自分を必死に抑えているのがわかる。

 少し唇を離して言う。

「我慢する必要はないのよ。スヴェン。私を愛して」

 今までしたこともなかったおねだりにスヴェンの理性が崩れる。私達の妄想ごっこがまた戻ってきた。

 帝国教会の鐘が鳴る。アリーナ達もここで二回目の式を挙げたと聞いてびっくりした。そして最初の式で起こった事件も。今は、それよりも統治が行き届いていて警備も思いっきりしてるそうで、事故は起こらない、と父もエドウィン王も言っていた。

 父の腕に手をかけ、スヴェンの元へ歩く。教会堂で再会した父は綺麗だ、と褒めてくれた。そしてすまなかった、と言った。この人も人の子なのだ、と実感した。失敗することもある。そして人より違う物を見ている人。その苦悩はどれほどか。何故、魔皇帝とも言われるほどこんなに戦をしたのか少し、垣間見えた。見えすぎること程大変なことはない。なんでもいいことばかりしてればいいわけではないのだから。そんなことをつらつら考えながら歩いていると、父のありがとう、という思考が入ってきた。面と向かって何度も言うのは恥ずかしいのかもしれない。私は軽く頷いた。すぐにスヴェンが見えてきた。手と手が移動する。私はスヴェンに手を取られながら、神父の誓いの言葉を繰り返す。そして指輪をはめてもらう。また、赤いルビーの指輪。私の怒りの炎を収めるという曰く付きの。

「もう。怒らないわよ。人妻になるんだから」

「さぁ。何で怒り出すか解らないからな。妄想ごっこしすぎても怒るししなさすぎても怒るし。私はどうすればいいかわからない」

 こそこそ話していると咳払いの音が聞こえた。父だった。確かにきわどい会話を聖なる教会堂でするのは不適切だ。二人して火が顔から出るような思いをしながら式を続ける。

「そなたが運命の花嫁でよかった」

 そう言ってスヴェンが誓いのキスをしてくれる。

「私も夫があなたで良かったわ」


 花嫁の私は今宵から妻となり、夫と一緒の運命をたどっていく。まだまだ続きそうな運命の日々は今始まったばかりだった。



半日これに費やしてしまいました。これ終わったらまじで昼寝します。

他の話も載せますので少々お待ちください。

それではここまで読んでくださってありがとうございました。

ご縁があるならまたお会いしましょう。

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