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転生悪役令嬢、生き残る策を模索する

 豪華な内装、大きなベッドに、大きな鏡のある寝室。

 見たことのない景色だ。


 だが、瞬時に分かった。

 これは、『今』の私の寝室なのだ、と。


 私は起き上がり、鏡を見た。

 その瞬間、冷や汗が額から出ているのを私は感じた。

 その鏡には、金髪のウェーブがかった髪をした碧眼の女性が写っている。

 少なくとも、ついさっきまでの自分ではない。


 この女性の顔には見覚えがある。

 シュン・フォン・ユエラ。それがこの鏡に映る女性であり、そして、今の自分の名前だ。

 現実世界で私は事故って死んだ。それから目を覚ませばこれだ。軽く頬をつねるが、痛みはあるから夢ではない。

 要するにこれが異世界転生というものなのだろう。

 シュンの幼少期からの記憶も、しっかりと頭に入っている。


 しかし、それにしたって私は悪いことしたかと、思わざるを得なかった。

 本当にこれはまずい。


 何故ならここは、ゲームの世界だ。それも私がよく知っているゲームだ。

 城を舞台にしたそこに勤める男性を攻略して王女だったり側近になったりするよくある乙女ゲーが、今のこの自分の転生先だ。結構やり込んだ記憶もある。

 この乙女ゲーの中でシュンは主人公であるアリスに傍若無人を働きまくった末に追放処分され、アリスと攻略対象者との好感度次第では死刑。

 それがシュンとなった私に待ち構えている運命だ。


 これは、まずい。

 非常にまずい。

 転生して即死ぬのだけは割とご勘弁願いたい。


「えーとまずやることは……」


 考えた末にやることは一つだ。

 私ことシュン、そしてアリスにとって、他の攻略対象がどういう好感度になっているのかの確認、である。

 こういうときにステータス画面が出てくれると楽だが、異世界転生したところでそんな画面が出てくるはず……出た。

 鏡にステータスと好感度データが全部出てきた。


 見た瞬間、絶句した。

 ほぼ全員の攻略対象やアリスに対しても爆弾マークが着いている。

 要するに自分に対して不満がほぼ全員爆発寸前ということだ。


 非常にまずいタイミングで転生したと、転生させた存在をシュンは呪った。

 まずはここから好感度を上げていかねば自分の生きる道はない。


 しかしかといって周囲に味方してくれそうなのは……いる。

 一人だけ爆弾マークがかろうじてついていない攻略対象者がいる。


 ここまで来てしまったら今から全員の好感度を上げるなど不可能だ。

 この攻略対象の好感度を上げてどうにか死刑になる道を逃れるしか手はない。


 ていうかそもそも私何やったの?!


 そう思うと記憶が巡ってくる。

 あの乙女ゲーのセリフそのままで再生されている過去の記憶が蘇った。


 うん、ヒステリックにアリスに怒ったり、男八股くらいかけている上にダブルブッキングが発覚したら理不尽な言い訳を自分がかまして堂々とダブルブッキングを続けさせた記憶が蘇った。

 しかもその時の男の顔は引きつっている。


「むしろこの状況下で今まで生きてるだけで奇跡だわ……」


 自分で唸らざるを得なかった。

 ていうか無礼討ちされても仕方ないじゃん、これ。


 手遅れになる前にその攻略対象のいる部屋へ行くことにした。

 一歩寝室から出るとまぁ視線は結構冷たい、というより恐怖しているのが感じられた。

 そりゃこんだけのハチャメチャ働いたらこういう視線向けられるわ。


 とりあえず無駄な抵抗だろうけど、全員に笑顔で会釈した。

 それをやる度に、全員がぽかんとした顔をしている。


 それもそうだ。これだけ暴虐を働いた人間が突然変貌するわけだから何があったのかと疑ってかかりもする。

 そうこうしているうちに銀髪の女性が目の前に来た。


「ごきげんよう、シュン様」


 よく見るとアリスだった。

 端正な顔立ちをしているからか主人公ながら女性人気も高かったキャラだ。

 確かに美人であるし、ライバルである私とは対象的な色合いのデザインをしている。

 こうして意識してみると、意外に違いが見えて面白い。


「ごきげんよう、アリス様」


 アリスからは少し侮蔑に近い目が向けられていた。

 それもそうだ。八股も堂々とかける奴はそういない。

 というか乙女ゲーやギャルゲーは得てしてそんな気がしないでもないが。

 ふと、アリスのステータス画面が見たくなった。


 アリスが去ってから近くの窓に念じると、アリスの好感度が出てくる。

 なるほど、確かに複数人から天使マーク、要するに高感度マックス状態になっている。


 しかし、ただ一人だけ、高感度を上げきれていない。

 その人物は、自分に爆弾マークがついていない人物と同じだ。

 その人物の部屋を、私は訪ねた。


「やぁ、シュン令嬢。それとも、悪役令嬢、とでも言うべきかね?」


 茶髪でタレ目の優男は、私が入るなりそう言った。

 エドワード。それがこの男の名前だ。

 城の中でも珍しい、まだこの世界で発展途上の科学に精通した男だ。


「悪役令嬢、確かにそうですね。今の私にはふさわしい名前でしょう」


 開口一番、こんな言葉が私から出た。

 実際このゲームの公式ページでもそういう紹介文になっていたのだから、私としては事実を言ったまでなのだが、エドワードは意外に驚いた顔をしていた。


「ほぅ、随分心構えが変わったね。前までは悪びれる雰囲気すらなかったのに」


 そりゃ中身が変わったのだからそうなるだろうと思ったが、話がややこしくなる気がしたから黙っていた。


「まぁいいや。私のところに来たということは、君も実験に付き合ってくれる気になった、ということだろう?」

「実験?」

「ああ、僕のところにあまり来なかったし覚えてなかったのも仕方ないか。何、ちょっとした科学の実験さ。ちょうど作り出したいものがあってね」

「何を作りたいのですか?」


 私がそう言うと、エドワードは体を乗り出し、目を輝かせながら言った。


「人工的な、魔術師じゃなくても使える電気だよ」

「電気、ですか?」

「そう、電気。エネルギーを生み出すにも今の世の中は魔術師は必須だ。それを魔術師なしでも出来るようにすれば、灯りだってそこら中に灯せるんじゃないかい?」


 確かに言われてみればこの世界には電気がない。部屋を明るくしているのは魔術師が強引に電気魔法を使ってエネルギーを作り出しているからにすぎない。それもそんなに明るくない。

 となってくれば、確かに電気があれば魅力だ。


 それに、私はこう見えて、元電気工事屋だ。

 技術は、慣れっこだった。


 その後は電気の実験に没頭した。

 電気を生み出すための金属の発注、それと実験。そのためにエドワードの部屋に通い詰めた。


 電気を生み出す法則はよく分かっていたから、正直銅と亜鉛、そして灯りを灯すのに必要な炭素さえあればどうにかなったが、これらの必要材料は意外にすぐ見つかったからホッとした。

 この世界の素材の類は現実世界と大差がないことは幸いしたと言ってもいいだろう。


 私の髪の毛とかはだいぶボサボサになっていたし、周囲からはなんか怪しい実験をしていると噂になっているそうだが、知ったことではなかった。

 そして一週間で電気誘導実験成功、更に一週間で電池の開発に成功し、更に一ヶ月ほど経った日、電池を使って電気を灯らせることに成功した。

 基本的に私の職業が生きた結果だったが、これほどサクサク進んだのは、エドワードが基礎理論を割と完成させていたのが大きかった。

 その明るさは今までの魔術師が灯していた灯りよりも遥かに明るかった。


 その翌日には王の前で電気を披露することになった。

 エドワードの隣には私がいる。


「エドワード、電気と電池、といったが、それは魔法とは違うのか?」

「はい。陛下、私には魔力がないので魔法が使えないのをご承知かと思いますが、それでもこれを使えば明るくできます。御覧ください」


 そう言うと、エドワードは電池に電灯をくっつけた。

 すると、部屋が明るくなった。

 周囲からはどよめきが起こっている。


「こ、これは……!」

「すごい光だ。これが魔法も使わずに出来るというのか!?」


 王も感心し、見事と褒めてくれた。

 まぁ、私は実験の助手をしていただけだが。


「素晴らしい。これが普及すれば、魔術師のいない街でも明るく出来るな。しかし、それだと魔術師の仕事がなくなってしまうのではないか?」


 確かに王の心配はもっともだ。魔術師業界から反対される可能性も否定できない。実際、攻略対象の一人である魔術師からは、今にも怒りが爆発しそうなほどの威圧感を感じる。

 しかし、ここで魔術師を敵に回すほど、私とエドワードは愚かではない。


 私は一歩、前に出た。


「恐れながら申し上げます。陛下、陛下のご心配はごもっともであると考えます。魔術師の方も、ご心配なさっていることは重々承知です。しかし、あくまでも私達の電気はまだ小規模しかできません。大都市を明るく照らすだけのエネルギーを使うには、魔術師の協力が必要不可欠です。それに火を起こしたり水をきれいにするのは未だに魔術師の専売特許でございます。なので、ここは分業制にする。というのはいかがでしょうか?」


 これはエドワードとも決めていたことだ。魔術師業界は未だに強大だし、それを敵に回せばろくなことがないのは目に見えている。

 それを私が言うと、魔術師は一つ、頷いた。


「シュン令嬢の言葉は結構説得力あるな。確かに分業制なら文句はないな」


 攻略対象だった魔術師が言ったので、それで丸く収まった。先程までの怒りの表情も見えなくなっている。

 少し、自分でもホッとした。


「ふむ、ならば問題はないな。エドワード、褒美を取らせよう。何が望みか?」

「陛下、これは私の一人の功績ではなく我が助手、いや、シュン令嬢がいなければ完成しませんでした。なので陛下、出来ればシュン令嬢にも温情をかけていただけるとありがたいのですが」

「ふむ、分かった。シュン令嬢も、何か褒美の望みはあるか?」

「いえ、私は特にございません。私のような悪女が望みを得るのは分不相応ですので」


 これは処世術だ。

 あれだけ悪逆無道を働いた過去があることを考えると、改心したと見せる必要がある。

 そうでもしなければまた評判が下がって追放か死刑コースまっしぐらだ。

 しかし、そんな私とは対象的に、王は驚いていた。


「ふむ、随分と、君は変わったようだ。良かろう。エドワード、彼女と結婚しなさい」

「シュン令嬢がよろしければ、ですが」


 すると、エドワードが私の前に跪いた。


「シュン令嬢、私と結婚してくださらないか?」


 思わず、赤面している私がいた。

 やはりこのエドワードも、よく見てみると乙女ゲーだからかだいぶ顔立ちもいい。

 それに、この偏屈な性格は、私と馬が合いそうだと思った。


「喜んで」


 そういって、私はエドワードと結婚した。


 それから三年。

 アリスは攻略対象としては結構有名だった王の最側近の一人と結婚し、この国の王女となり、今では私とも頻繁に茶会を開くような仲になっていた。

 今では私の当時の悪名は笑い話の一つになっている。


 そんな私はエドワードと結婚後、電気の普及に尽力している。

 結構いろんな街に行っては電灯を作る、それを部下とこなす毎日だ。


 そう、私にも部下ができている。

 エドワードが大臣、私が副大臣の電気普及事業の担当部門ができたのだ。

 忙しいが、結構楽しい、そんな毎日を送っている。


 あれ? 私そもそもなんでこんなに焦ってたんだっけ?

 ああ、そうか。もう一度死ぬことを恐れていたのか。


 今思えば、確かに焦りもするなと、他人事のように、私は思った。


 まぁいいか。それは昔のことだ。

 そんなことを感じながら、この乙女ゲーの全く知らないエンディング後の世界を生きている。


 街に電灯を灯し、その明るさに皆が驚き、歓喜する。それを見るのは存外に楽しく、悪くないと思えるのだ。

 エドワードと一緒なら、より楽しくやっていける。そう思える毎日が、ずっと続いている。


 生きているのは、意外に楽しい。


(了)


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