第9話 反転
「うわあああああん!!」
フレデリックにフラれてから数日間私は自室に閉じ篭もっていた。食事がドアの前に置かれているみたいだけどドアを開けるつもりはなかったし部屋から一歩も出なかった。城中にいる人が私のために上へ下へとバタバタしていたけどどうでもよかった。父と母がドア越しから会話を矯め見たけど「放っておいて!」と追い返した。
屈辱的だった。自分を好いている相手にフラれるだなんて普通ありえない。……否、あってはならない。人生で最高の思い出になると思っていた日々は6日目に180度変わってしまった。幸せな日々は他ならぬ思い人によって終わらせられたのだ。こんなことがあってもいいのだろうか?
「フレデリックの馬鹿馬鹿馬鹿ーーーー!!」
ベッドの上で手足をバタバタした。悔しくて悔しくて仕方がない。美しさ・賢さ・身分・お金・権力・読心術…………大抵の人が欲しがるものは全て揃っているのに肝心の欲しいものが何一つ手に入らない。友達は諦めた。だけど恋人は…………婚約者は、夫は欲しい!たった1人でいいから異性の理解者が欲しい。多くは望んでいないはずなのに、神はそれを叶えてくれない。腹は煮えるばかりでイライラする。怒りの矛先はやがて枕に向けられた。
「フレデリックの馬鹿!嘘つき!意地悪!意気地なし!自己中心!」
枕を殴った。右手を隙間がないくらい丸めて殴り、左手で逃げられないように押さえつけた。
「嘘つき!嘘つき!卑怯者!!」
涙がこぼれて枕が濡れた。鼻水が出ても気にせず枕を殴り続けた。枕ばかり見ていたら枕が段々フレデリックに見えてきてますます殴りたくなった。
フレデリックは逃げた。私と向き合う勇気がなかったから。自分が傷つくのが恐かったから。自分の保身ばかり考えて私の気持ちをちっとも考えてくれなかった。この国唯一の王位継承者の私と結婚するということはこの国を背負うことを意味する。十七歳の少年には重すぎたかもしれない。だけど私はちゃんと他の道も考えた。王位を放棄して、2人で異国の地で暮らすという選択肢も与えた。後から考えたらそれもかなり無茶苦茶だったけど少なくとも私の覚悟は伝わったはずだ。
私はフレデリックが好きだった。彼のためならなんでもする。彼と一緒に暮らすためなら身分もお金も権力も捨てられる。だけど彼にはその覚悟がなかった。私のことが好きなのに好きじゃないフリをした。
「…………嫌いだ。嫌いだ!嫌い嫌い嫌い嫌い大っ嫌いだ!」
純白だった心が黒く染まった。敬愛が嫉妬になった。愛が憎しみに変わっていった。やがて右腕が疲れたので殴るのをやめた。近くにあったハンカチで鼻をかむと目を閉じた。体中から力が抜けてやがて私は眠りについた。
おのれフレデリック!(怒)