第7話 無邪気
あの日からフレデリックと何を話したのかは断片的にしか覚えてない。あの日は話す時間がなくなったので次の日に同じ時間・同じ場所で会うことを約束した。そしていつのまにか毎日その時間にその場所で会うことが当たり前になっていた。
あのころどんなことを彼とお話したかしら?親の職業、誕生日、好きな食べ物とか取り留めのないことを話した気がする。そんな会話の途中でいきなり彼に好きと伝えるのがお約束になっていた。
「フレデリック!やっぱり私あなたのことが好きだわ」
「えっ?」
彼は目をパチパチした。あの日以来彼の心は読まないようにしていた。勝手に彼の心を読むのは失礼だし私は普通に恋愛したかった。
「あなたと話しているととっても楽しいの。時を忘れるくらいに……。あなたのことを知るたびにうれしくなる。ずっとこの時間が続けばいいのに」
自然に笑みがこぼれる。嘘偽りのない自分の言葉。互いの機嫌を伺いながら表面を取り繕う貴族社会なんて大嫌いだった。おかげで相手に感情を悟られないためポーカーフェイスが上手くなってしまった。だけどフレデリックと話して気がついた。素直になるのってなんて楽で楽しいんだろう。だって相手に気を遣わなくてすむのだから。人間ありのままの自分でいることが一番だ。
「はははっ。何を言うのですか?姫。無理に決まってるじゃないですか」
「わかってるわよ。でも楽しいんですもの。あなたはこの時間がずっと続いてほしいと思わないの?」
私は口を尖らせた。数日前まで私がこんな子どもっぽい仕草をするとは思わなかった。フレデリックと話し続けるうちに本来の人間らしさを取り戻したのだろうか?肝心の彼は背中を向けてこう言った。
「さあ……わかりません」
彼は両手をあげた。顔が見えないから表情は読み取れなかったけど彼は平然を装うとしているように見えた。彼の声にはイタズラっぽさが含まれている。質問をしたのにまたはぐらかされてしまった。
質問をしたら必ず答えてくれる。でも返ってくるのは曖昧な答えばかり。イエスともノーとも取れる。だけどおしゃべりかと思えば突然黙ることもある。たとえばこんなことがあった。
「好きな食べ物は?」
「わかりません」
「世の中にはおいしい食べ物がたくさんあるものね。じゃあシチューは?」
「好きですね」
「ビーフシチューとクリームシチュー。どっちが好き?」
「ええっと……ビーフシチュー……でしょうか……」
「そう。私はクリームシチューよ」
「はあ……」
好きな食べ物は違うけど彼がビーフシチューを食べたいと言ったらビーフシチューを食べる。たとえ今の私が彼の好みじゃなくても彼の好みになってみせる。そう考えるくらいフレデリックのことが好きだった。だからいつものように彼に好きだと言いたくなった。
「フレデリック、誰よりも好きよ」
「……!?」
フレデリックは固まった。硬直した顔は少しづつほぐれていき喜びとも悲しみともおぼつかない表情になった。目が潤ってキラキラしている。まるで薔薇の花弁から零れ落ちそうな朝露のように綺麗だった。だけど彼は後ろを向いてしまった。
「フレデリック?」
「…………」
彼はずっと黙っていた。そのあとは結局何も話さず日が沈みかけたら「帰ります」と一言告げて帰ってしまった。
「明日も来てくれるよね?」
「…………」
彼は何も言わなかったけど翌日ちゃんと会いに来てくれた。純粋に私に会いたかったのか、それとも私が単に王家だったから逆らわなかったのかはわからない。あのとき心を読まなかったから。私とフレデリックの密会は何日か続いたけど6日目に途絶えてしまった。終わってしまった…………否、終わらせられたのだ。一番納得できない終わり方だった。