第62話 籠
愛するロザリーへ
こんにちは、ロザリー。元気?ついこの間会ったばっかりなのに、まるで1年も会っていないみたいだ。君に会えなくて寂しいよ。
サリーは事故で二度と歩けない体になった。あれから毎日サリーから手紙が届くんだ。手紙というより脅迫状に近いかも。内容は「ずっと前からあなたのことが好きだった」とか「あたしと結婚しないとみんな不幸になる」とかそんなものばっかり。城にも同じようなものが届いているかもしれない。
ロザリー、毎日手紙を書いてくれてありがとう。でも君の手紙を読むことはできない。だって……もし君の手紙を読んだら、全てを捨てて君を抱きしめたくなるから。サリーや教会、君の家族を犠牲にして僕たちだけが幸せになることなんてできない。僕だけならともかく君に悪い噂を立てられたらいやだ。君には幸せになってほしい。
さようなら、ロザリー。ずっとずっと大好きだよ。いっしょになれなくてごめんね。死ぬまで愛している。
ロバート
悲報が届いて以来、姫はずっと部屋に籠もっている。ノックをしても返事がない。ドア越しに話しかけても聞いているのか聞いていないのかわからない。ドアに耳を当てても物音すら聞こえない。王も王妃も臣下たちも心配しながら祈ることしかできなかった。
***
「また姫さまが部屋に籠もってしまった。」
「どうしたのかしら?王位継承権を捨てて結婚するって聞いたのに。」
「それが馬車に轢かれた女に脅されたんだって!婚約放棄しないと『姫が国を捨てて駆け落ちすることをバラす』って。」
「え~~?なんで?」
「その女……姫さまの婚約者のことが好きだったのよ。」
「ただの嫉妬じゃない!」
「横恋慕だわ!」
「なんでもわざと馬車に轢かれたらしいよ。同情してもらうために。」
「ひっどい!」
「姫さまかわいそう……!」
「せっかく明るくなったのに……。」
メイドたちのおしゃべりは終わらない。
「ねえ、聞いた?元・ルプトーヴ男爵のこと。」
「聞いた聞いた!あいつのせいで姫さまは前閉じこもっちゃったんだよね?」
「爵位を剥奪されてざまあみろと思ったわ!」
「あいつ、国外追放されたくせに結婚するんだって。」
「え~!?本当?」
「リリアンドとロサキネティカの国境付近で芸術活動してたら出資者が見つかって、出資者の娘と婚約したの!」
「ムカつく~。」
「姫さまをフッたくせに!」
「あいつ顔だけは良かったよね。」
「あの人姫さまのこと好きだったよね?パーティで姫さまに見惚れてたのを見たわ。」
「好きなのにフるとか意味わかんない。ただの臆病者じゃん。」
「あいつが不幸になればいいのに。」
「こ~ら~!お前ら~!」
掃除道具を持ったまま話すメイドたちに田舎丸出しのメイドが注意した。
「仕事サボるなッス!噂話禁止って聞かなかったっスか?!」
「きゃー!マーサ!」
「ごめんってば!」
「メイド長には言わないで!」
「言わなくても知ってるッス!メイド長の地獄耳なめるなッス!」
メイドたちは蜘蛛の子のように散った。
「まあ、本当の地獄耳は姫様のほうなんッスけど……。」
姫さまお気に入りのメイドはため息をつく。
―姫様……心を読めるって本当ッスか?
大好きな姫の気持ちを想像して、マーサは胸が痛んだ。
***
一人の男が姫のドアをノックした。手には花束を持っている。
「おい、きいろ……じゃなくてジャンヌ!俺だ俺。ロナルドだ。その……大丈夫か?フラれたんだって?……全く。その男は見る目がないな。お前のようないい女を捨てるだなんて!全てを捨てでもお前を手に入れる価値があるのに。その……なんだ。どうしてもっていうなら…………お、お、おおおおおお俺がもらってやろうか?!……ほ、ほら!お前に釣り合う男はなかなかいないからな!俺なら……まあ……ぎりぎり釣り合うかな~って……。王位はお前が継いでもいいし、俺たち共同でもいい…………それとも全部アルフレッドに任せて俺たちは田舎にでも住むか?………………なななな~んてな!冗談だ!でも、その、……もし本気にするなら……け、け、結婚してやるぞ?だから…………さっさと部屋から出ろ!飯を食え!俺は痩せてる女は好みじゃないんだ!」
そう言って従兄弟は去った。深紅の薔薇を置いて。
***
「……姫さま?」
幼なじみの少年はドアをノックした。やはり返事はない。足元には食事と花束が置いてあった。
「その……姫さま……ごめんね。」
マシューは立ったままドア越しに話しかけた。
「王様から聞いたよ。ボク……姫さまが心を読めるって知らなかった。姫さまがフレデリック男爵に拒絶されたことも……。ボクが収穫祭のことを話したから姫さまは城を抜け出したくなって……ロバートと会った。ミランダと会った。パトリシア、アーニャ、ティファニー、そして……サリーとも。」
少年は頭を下げた。次の言葉を考えている。
「城の外に出てたくさんの人と出会って姫さまは変わった。前より明るくなった。優しくなった。他の人のことも考えられるようになった。それって姫さまが成長したからだと思うんだ。」
謝りに来たと同時に慰めたかった。だけど慰めるのは違う気がした。少年は知っていた。姫はしくしく泣きながら慰められて、諦める人ではないことを。
「ボクの言葉がきっかけで姫さまは外に出て傷ついた。でも良いことも悪いこともたくさんあったよね?ずっとお城にいたら両方とも経験できなかった。」
何を言えばいいか考えてなかった。それでも行かなきゃとマシューはここまで来た。
「本当はちょっと……いや、かなりくやしかったんだよね。姫さまと親しいのはボクとマーサだけだったのに、ロバートやミランダとも仲良くなって、ロバートには姫さまを取られたしね。……けっきょく、結婚できなくなったけど。」
思いつくまましゃべるが、マシューは姫を傷つけてないかヒヤヒヤしていた。
「ええっと……何を言いたいのかというと……姫さまはこのままでいいの?」
あいかわらず部屋は静かだ。姫は寝ているのか、起きているのか。生きているのか、死んでいるのか。考えると恐ろしい。
「悪いことした人が幸せになって、悪いことしてない人が不幸になるってくやしくない?……姫さまは泣き寝入りする玉じゃないよね?だって姫さまは上玉だもん!国宝級の黒真珠!だから……。」
少年は迷ったが、どうせ姫に心が筒抜けなので思い切って言った。
「ボクといっしょに旅に出ない?国内だけでなくリリアンド、ハイビスカシア、ヒースクリファにも行こう!世界がボクたちを待っている!」
……静寂。マシューがしゃべらないと、部屋も廊下も静かだ。
「とにかく……旅に出たくなったらいつでも言ってね。」
そう言ってマシューは世界地図を置いて帰った。彼の足音が聞こえなくなるころ……ドアが開いた。