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第61話 呪いと祝福

 雨が止まない。悲しみが止まらない。誰かが言った。この雨は黄薔薇の姫の涙。妖精が彼女の悲しみを伝えるため雨を降らせたと。ミランダは窓のカーテンを閉じた。


「ロザリー……。」


 6日前の夜……全国で少女の叫び声が聞こえるという奇妙な出来事があった。ミランダとミランダの両親にも聞こえた。近所の人たちも聞こえた。それだけなら近くで誰かが叫んだということになるが、問題は全国民が同時に同じ声を聞いたということだ。国の端から端まで……だ。しかも耳から聞こえるというより頭の中で響く感じだった。


―嫌ああああああああああああ!!ロバート……どうして……どうして?私と結婚するって言ったじゃない!私を一人にしないで!!


その悲痛な叫びはロザリーのものだとミランダにはすぐにわかった。例えロバートの名を出さなくても声だけでも気づいていただろう。彼女はロザリーの親友なのだから。彼女はロザリーの手紙を読み返す。


(最後の手紙にはロバートにプロポーズされたって喜んでたのに……なにがあったの?)


 悲鳴を聞いたとき、ミランダはロザリーが近くにいないか探した。だけど誰も少女を見かけなかった。何件か家を回ってわかったことは、どの家も悲鳴が鮮明に聞こえたということ。すぐにでも彼女の元へ駆けつけたかったが彼女の家を知らないことを思い出す。リリアンドの裕福な花屋の娘ということは知っている。手紙はいつもマシューかマーサからの手渡しだった。


(ロザリー……どこにいるの?)


 7日前は小雨だった。雨は日増しに強くなっていき今では土砂降りだ。外出どころが店すら開けられない。……ドアが叩かれる音がした。気のせいかもしれないが、ミランダは急いでドアを開けた。


「ロザリー!!」


 びしょ濡れになった親友をミランダは引っ張った。


「お母さん!あったかいお茶淹れて!ロザリーが死んじゃう!」


 ミランダはそのままロザリーを自室に連れて行き、ローブをはぎ取った。濡れすぎて防寒の役目を果たしていない。


「ロザリー!脱いで!」


 しかし死人のように白い肌と青い唇になったロザリーは動かない。仕方なくミランダはロザリーの服をひっぺはがした。布で彼女の体を拭き、温かい服を着せる。ベッドに座らせて布団を被せた。仕上げは温かいお茶だ。ミランダの母はスープも温めて持って来ると言いロザリーの服を預かった。絞って乾かすためだ。


「…………。」


ロザリーは終始無言だった。ティーカップに映る自分を見つめている。


「お願いロザリー!お茶だけでも飲んで!」


 無表情だった顔が悲しくなる。ロザリーがお茶を飲み干すと、ミランダは抱きついた。


「ロザリー……会いたかった……。ずっと心配してたの。6日前叫び声が聞こえたけど、あれってロザリーだよね?何があったの?」


 ロザリーは(うつむ)いた。またティーカップと見つめ合っても困るのでミランダはティーカップを没収してテーブルの上に置く。


「ねえ……何か言ってよ!話したいことがあるからここに来たんじゃないの?」

「…………。」


 重い沈黙の後、ロザリーはようやく言葉を紡いだ。


「ロバートが……サリーと結婚する。」

「はあ!?」


 ミランダの声に怒りが籠もる。


「なにそれ?!ロバートはロザリーと結婚するんじゃなかったの?」

「責任を取るため私との結婚はやめてサリーと結婚するって……。」

「わけわかんない!馬車に轢かれたこと?あれはロバートのせいじゃないでしょ!」

「サリーの家族が城と教会を脅しているの……。ロバートがサリーと結婚しないと、あることないこと訴えるって。」

「そんなの無視すればいいじゃん!国が賠償金とかかなり払ったんでしょ?」

「それでも足りないみたい……。」

「あの強欲酒場!」


 もし足元に石があったら蹴っていただろう。ミランダの眉間にしわが寄る。


「サリー……ロバートのことが好きだったみたい。」

「えっ?そうだったの!?」


 ずっと怒っていたミランダは素っ頓狂な声をあげるが、すぐにまた怒る。


「だからって許されないわ!家族でグルってこと?たちが悪い……!」


 ミランダは悔しそうに親指の爪を噛んだ。


「酒場に殴り込みに行ってやる!」

「危ないわ……返り討ちに合う。」

「じゃあこっそり腐ったミカンを投げつける!」

「そんなことしても何も変わらない。」

「教会に行ってロバートを説得する!」

「雨だからどっちにしろ出かけられないわ。」

「じゃあどうすればいいの!?」


 しばらくミランダはわなわな震えていたが、やがて力が抜けたようにロザリーに寄り掛かった。弱弱しい抱擁だ。


「ごめん……あたし何もできない!ロザリーのこと大好きなのに……なんでもしてあげたいのに!!」


 いつも元気で強気なミランダだったが、とうとう泣いてしまった。言葉にならない声がこぼれていく。ロザリーはそっとミランダの背中に腕を回した。気づけば彼女も泣いていた。二人はベッドに座りながらぎこちなく抱き合って泣くことしかできなかった。


「ロバートってバカじゃないの……?サリーたちに呪われても、外国に行って二人で罪を背負って生きていけばいいじゃん……。」


 ミランダの言う通りだった。ロザリーは……いや、ジャンヌはそのつもりだった。サリーが自分の意思とはいえ歩けなくなったのは後ろめたい。それでも彼女が生活に困ることがないよう国が一生保証するのだから気に病む必要はない。ロバートと姫は罪悪感を背負ってでも、新天地で夫婦生活を始めればよかったのだ。


「あたしが……あたしが男だったらロバートの代わりに幸せにしてあげるのに……。」

「ミランダ……。」


 コトンと音がした。ドアを開けたら温かいスープが二人分置かれていた。ミランダの母が置いてくれたのだろう。二人は顔を見合わせ、黙ってスープを飲んだ。


「今夜は泊まっていきなよ。こんな天気じゃ出られないし。」


 二人の乙女はベッドに潜り込む。まるで姉妹のように。


「お泊り会なんて初めてだわ。」

「これからは何度でもできるわよ。」


 ロザリーはここに来て初めて笑った。


「でも最初で最後かも。」

「なんで?いつでもいいのに。」

「もうすぐ魔法が解けちゃうの。」

「えっ。なんの魔法?」


 ロザリーはイタズラっぽく人差し指を唇の前に立てる。


「私がロザリーでいる魔法。」

「ロザリー、もうすぐロザリーじゃなくなっちゃうの!?」


 まるで童話について語る小さな子どもたちだ。


「ええ。今夜だけロザリーよ。」

「朝にはロザリーじゃなくなっちゃうの?」

「明日の朝はぎりぎりロザリーかも。」

「ふふっ。なにそれ?」


 ひとしきり笑った後、ロザリーは急に真面目になる。


「ミランダ……。」

「ん?」

「ありがとう。」


 うるんだ眼でロザリーは呟いた。


「友だちになってくれてありがとう。」


 ミランダは返事をしようとしたが、その前に眠ってしまった。

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